著者からひとこと

民意民力 公を担う主体としてのNPO/NGO

民意民力 公を担う主体としてのNPO/NGO

経済政策レビュー9
民意民力 公を担う主体としてのNPO/NGO

    編:澤 昭裕、経済産業研究所「公を担う主体としての民」研究グループ

編著者による「はしがき」より

NPOはどこまで「国のかたち」を変えられるか

この本は、今流行のNPOの運営マニュアル本ではない。純粋な志が、どこまで「国のかたち」を変えられるものかを、多くの方々の協力を得て、探ろうとした本である。

今、「国のかたち」が揺らいでいる。人は社会に入って10年も経つと、世の中を動かしている原理や慣習に気がつく。気がついた後の反応は、人によってさまざまである。ある者は憤り、ある者は順応し、ある者は利用する。しかし、時が過ぎ、人生が半ばを過ぎる頃には、大半の人間が、自分のまわりに存在する構造を所与のものとして受けとめるようになる。そして、不満は託つものの、改革しようとする意気込みは失せ、「どうせ世の中変わらない」という諦念が頭をもたげはじめる。そうして現在において改革の犠牲を払うことなく、皆来ることが分かっている将来の破局に向かう。これが、現代日本の真の危機ではないだろうか。

本書はどのようにして生まれることになったのか。その経緯から話をはじめたい。本書のプロジェクトは、独立行政法人経済産業研究所の設立の際、青木昌彦所長が新研究所の研究分野のひとつとして、「行政と市民社会」(政治経済システムクラスターの一部)を構想したことにはじまる。私はその当時、研究調整ディレクターの職にあり、研究者のリクルートに当たった。その際、単に机に向かって論文を書いている研究者ではなく、実際の活動にも携わっている人物をスカウトしてこようと考えた。それは、研究所という組織の既成概念を変え、主張や提言を行うだけの機関ではなく、現実世界を変えていく行動をもその目的のひとつとした組織を築き上げたかったからである。

そうした観点から最初に名前が浮かんだ二人の候補が、それぞれ本書の第6章、第8章を執筆した目加田説子、村尾信尚両氏である。目加田氏は、私の古くからの友人であり、地雷廃絶運動などの国際NGO研究の第一人者である。また、自らもそうした活動に積極的に参画されている。村尾氏は、大学の先輩であるとともに、同氏が三重県総務部長に出向されていた時期に、私も宮城県商工労働部次長に出向しており、自治体改革の手ほどきを受けた方である。その後も、本書にも登場する「WHY NOT」という納税者のための行革推進ネットワーク(http://webs.to/WHYNOT)で、ともに活動させていただいた。

この二人に加えて、目加田氏の勉強会で出会った菅谷明子氏に研究所に来ていただいた。同氏は、メディア・リテラシー問題や公共図書館の役割研究などを専門とし、市民活動に造詣の深いジャーナリストであり、われわれの研究所構想にマッチすると考えた。

実は、本書の構想は、この三人が生み出したものである。一年半ほど前のある日、私を含めた四人が夕食をとっていたとき、これからの「公」を担うのは「官」ではなく「民」ではないか、NPO/NGOがこれからの社会のなかでどのくらい影響力を持つことになるのか、一般市民が実際にNPO/NGO活動をする際にはどんな壁が待ち受けているのかなどの話題で議論が沸騰した。その熱はその後も冷めることなく、「公を担う主体としての民」という主題で、ワークショップを開き、その結果をまとめて世に問おうということになったのは、自然の成り行きだったと言ってよい。そのワークショップでの議論を編集したのが、本書第9章の座談会である。その後、三人はそれぞれの仕事や研究に忙殺されるようになり、結果的に私が本書編集の任を担うことになったが、実質的にはこの三人の研究や思考の成果だと思っている。本書の編者にある『公を担う主体としての民』研究グループは、この三人によって構成されている。

本書の構成は、次のとおりである。冒頭に青木昌彦経済産業研究所所長と北川正恭前三重県知事との対談を置き、本書の探ろうとする「民意」(志)や「民力」(市民活動)が民主主義をどう変革するかという主題を議論していただいた。

第I部では、「公」の分野を「官」から取り戻すべく、それぞれの現実世界で活動しておられる方々や、新しい「官」のかたちを模索している方々が、それぞれ、どのような思い、志でその活動を進めているのかを、実際に生じている問題点とともに執筆していただいた。また第II部には、目加田、菅谷、村尾各氏が、お互いに議論を重ねながら本書の構想を練っていた際に、それぞれが関心を持っていたテーマを掘り下げて執筆している。

この本をつくろうと集まった人々は、日本の政治・社会を成り立たせている諸々の制度や習慣的思考を、もう一度根底から問い直そうとしている人たちである。彼ら彼女らは、それぞれの世界で、自ら発言し、行動し、世の中を動かそうとする志を持ち続けている。実際の活動のなかでは、当然、手練手管も使うことがあるだろうし、巧みな動きで自らの影響力を行使することもあるだろう。しかし、志において、公(おおやけ)を思う純粋さを保つことで、「国のかたち」を変えようとしている、という意味では共通項を持っている人たちである。

一年半前に議論された当初の構想どおりに編集できたかどうか、私には自信はない。しかし、少なくとも経済産業研究所の活動としては、ユニークな執筆陣を得られ、問題設定も時宜にかなったものになったのではないかと思っている。これからの日本の政治・社会変革に向けて、ひとつの問題提起の書となれば幸いである。

2003年春
編者を代表して 澤 昭裕

著者(編著者)紹介

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澤 昭裕

経済産業研究所コンサルティングフェロー、経済産業省技術環境局環境政策課長。一橋大学卒業。通商産業省入省。工業技術院人事課長、経済産業研究所研究調整ディレクターなどを経て現職。主な著書・論文に『大学改革 課題と争点』(編著)、「研究危機を生んだ大学の責任」等。