プログラム

「地域経済」プログラムについて

かつて国は、地方の特定拠点のインフラ整備を進めつつ、大企業工場の地方移転を促進する地域政策を進めた。生産の分散によって規模の経済を犠牲にしても、成長する雇用の受け皿を地方圏に広げることで、都市圏の混雑緩和と地域格差が軽減され、日本経済の持続的成長を支えた。円高下で産業の空洞化が進む現在の日本経済にとって、高度技術を含む工業製品やサービス等の知識集約的活動が成長産業と考えられているが、知識のスピルオーバーを享受できる産業は大都市圏にいっそう集積するべきものであり、均衡ある地域発展の理念との間にはジレンマが生じる。

地域経済プログラムでは、地域間の均衡ある発展を考えることが、日本経済全体の成長を維持することに結びつくという視点を提示したい。

利用可能な生産資源は地域ごとに多様である。資本財や知識集約的労働力のように可動性の高いものは地理的に集中する度合いが高いが、一般的な労働力は分散して立地しているし、土地のように移動不可能な資源もある。伝統産業における地域共有知識のように、地域への粘着性が強いが地域社会の崩壊とともに消えてしまう資源もある。重要なのは、大都市圏の知識集約的産業を発展させて地方圏に所得を再分配することではなく、地域がそれぞれの特長を生かしながら、市場メカニズムと整合的な成長戦略を探求することである。それは、経済のグローバル化や東アジアの経済統合を前提とし、外部の成長のダイナミズムを取り込もうとするものでなければならない。すなわち地域にあっても市場はグローバルであり、不足している資源は地域外から取り入れて、規模の経済を発揮しながら地域が豊富に持つ資源を最大限に活用するということになる。

たとえばクラスター政策の成功でも知られるフィンランドの人口は500万人強で、日本の東北地方の人口の約半分であるが、ドル換算名目値の1人当たり所得は約1.5倍に上る。豊かな生活水準を保つために経済のサイズはさほど重要ではない。東北地方の輸出は地域総生産の2%でしかなく国内需要への依存が高いが、フィンランドはEU市場向け(東北にとっての国内需要と同じ意味合い)を除いてもGDPの20%以上を輸出しており(EU向けを含む全輸出はGDPの45%)、日本の地方よりも外に目が向けていることがわかる。

グローバル化によって、これまで以上に海外に日本企業の生産が移っていくことは不可避であろうが、日本国内の地域間、あるいは各地域と世界経済の結合によって、日本に残り成長する生産活動や地域間の経済バランスの状況が異なるだろう。本プロジェクトは生産要素の移動を明示的に考慮する空間経済学の視点に立って、このような問題意識に対して理論的な予測を行い、統計情報を実証的に分析し、質的な情報を丹念に収集・分析する。

たとえば、東日本大震災で甚大な被害を受けた茨城県から東北地方にわたる地域には、自動車産業やエレクトロニクス産業のサプライチェーンの中で容易に代替品が見つからない部品を生産する企業が立地していたことが改めて認識された。このような生産が存在した要因の一部として、世界的に商品を提供する企業が依存を深めるほど、良い技術と量産を可能にする人材と工場用地が適切なコストで利用可能であったことをあげることができるだろう。量産型の製造業が地方圏で今後ともしっかりと日本に根付くことは、大都市圏において高度に創造的な研究開発活動が発展するための基盤ともなり、均衡ある地域発展の要請にも応えることができよう。本プログラムでは、このような政策視点に立った地域政策や都市政策および地域行政のありかたについて、研究を発展させる。

ただし、震災後に企業の事業継続計画(BCP)に注目が集まり、特定の部品の生産が地理的に集中していることのリスクがより明示的に評価されるようになったことは、規模の経済を追求する結果の産業集積とのバランスを取ることが、「日本外し」を起こさせず国際競争力を保持するうえで重要な意味を持つという新たな課題を突き付けられることになった。本プロジェクトは、地域間や地域と世界の結合を強めるだけではなく、サプライチェーンのリジリエンス(復興力)を強化するための産業立地政策や地域政策のありかたについても研究する。