従業員持株会の役割

大湾 秀雄 ファカルティフェロー / 東京大学教授

宮島 英昭 ファカルティフェロー / 早稲田大学教授

RIETIの「企業統治分析のフロンティア」分析研究グループの成果として、『企業統治制度改革と日本企業の成長』が出版される予定です。
そこで各章の内容に関するコラムを連載していきます。

従業員持株会は生産性を改善

日本の従業員持株会の歴史は戦前に遡るが、現在のような常設の組合による月掛投資方式の制度が確立し普及し始めたのは、1960年代末である。1967年から始まった資本取引の自由化への対処として、大手証券会社の提唱で普及し始め、1980年代後半に上場企業の9割以上が導入するに至った。

従業員持株会がこれだけ普及している国は他には例がない。普及しているからには日本的経営と補完性があり、経済的合理性もあることが予想される一方で、今世紀に入って多くの企業が株式の持ち合いの解消に動いたように、経済的便益が低下していて将来多くの企業が見直す可能性も否定できない。1980年代初頭までのデータを用いて、持株会導入の正の効果を計測した先行研究はあるが、それは、現在でも正の効果を持っているかはわからない。従業員持株会は、企業業績にプラスに働いているのであろうか? 現在のコーポレートガバナンスの枠組みで、どのような役割を果たしているのであろうか? そうした疑問に答えるために、筆者らは、加藤隆夫コルゲート大学教授と共に共同研究を行った。

導入率が大きく動いている時期には、持株会の有無で効果を計測することは意味があるが、1980年後半以降一貫して上場企業の9割以上が持株会を維持している中では、制度の有無ではなく、参加の度合いの変化を用いてその業績への影響を図る必要がある。筆者らは、東京証券取引所が証券会社を通じ収集した1990年から2014年までの最近の25年間の詳細な時系列情報(従業員持株会状況調査)を用いることで、先行研究が踏み込めなかった持株会参加と企業業績の間の因果関係をある程度明らかにした。

その内容はまず、従業員持株会への参加が生産性や企業業績に対して、平均的には、正の効果を持つことが確認できた。その規模は、推計モデルにより異なるので、含みを持って捉える必要があるが、1人当たり保有金額の10%の増加は、付加価値を、0.76%、ROAを0.08%、トービンのQで測った企業価値を1.6%引き上げる。また、賃金に対しても、1人当たり保有金額の10%の増加は、約0.2%の引き上げ効果をもち、これは生産性の上昇の4分の1程度にあたる。つまり、従業員も賃金の増大を通じて生産性上昇の恩恵を受けていることになる。

正負の効果の大小関係に影響を与えるもの

このプラスの効果はどのように生まれたのであろうか? 上場企業の多くは、何百人、何千人の従業員数を持つ。株主になっても、自分の努力が資産に与える影響は無視できるほど小さい、つまりただ乗り問題が働いてインセンティブ効果はかなり小さいと考えるべきではないか? そうした疑問に答えるため、まず持株会の経済的効果を整理してみよう。まず、正の側面としては、持株会制度がいくつかの経路を通じて、加入する従業員の企業活動への参加を促進する。第1に、株主としての視点を持つことで、企業価値に配慮した行動を取ることを促す。これは株主との利害対立を弱め、部門間職能間の調整を容易にする。第2に、従業員が株主になることによって、企業と従業員の間で形成されうる関係的契約(信頼関係)の範囲が広がり、従業員と経営陣双方のコミットメントが高まる。第3に、株主となった従業員は、内部の監視人として、従業員組合などを通じ、経営陣に対する規律付けのための影響力を行使することも期待される。

逆に、負の効果としては、2つの可能性がある。まず、従業員が株主となり、その発言力が高まると、経営陣が従業員利益により配慮した意思決定を行う傾向が強まる。過度の雇用保障、高い従業員待遇の維持、リスク回避的な投資姿勢を生み出し、人員整理、事業転換、組織リストラクチャリングが遅れる傾向が生ずる。もう1つの可能性は、塹壕(エントレンチメント)効果である。従業員持株会が、安定株主として経営陣を支持する投資家層に加わるので、市場の圧力が弱まり、経営陣に対する規律が低下する。

全体として正の効果が検出されたということは、正の効果が負の効果を上回ったと考えられる。米国企業のパネル・データを用いた別の研究でも、従業員持株制度の導入効果は、その保有比率が5%を下回る場合には、賃金と企業価値に平均で有意に正の影響を与えるが、5%を上回る場合には、正の効果が負の効果に相殺され、賃金と企業価値に対する影響は中立的となることを示している。日本の持株会の株式保有比率は、観測期間中平均が1.49%、5%を超えるケ-スは、全体の4.5%にとどまるため、塹壕効果が企業価値を棄損するというのは日本企業の大部分では杞憂に過ぎないといえる。

我々の分析では、これらの効果がどのように絡み合っているかについても、わずかながらも知見が得られた。第1に、この持株会の企業業績に対する効果は、主として、1人当たり保有金額の増大を通じて発生しており、参加率は全く有意な影響を持っていなかった。ということは、持株会の正の効果は、中核的人材がより企業価値向上に配慮をした意思決定を行ったり、お互いや経営陣のモニタリングを行うことで価値を生み出している可能性が高い。組織の末端まで幅広く株式を持たせることで生まれるメリットは、デメリットで相殺されてしまう。したがって、持株会の設計においても、職階ごとに、異なる奨励金比率や月掛投資上限を設定することが検討されて良い。

第2に、従業員利益への過度の配慮や安定株主比率上昇による塹壕効果(エントレンチメント)という持株会の負の効果は確かに存在している可能性が高く、それは市場圧力によって相殺できるということを示した。株主からの圧力によって、従業員持株会の効果がどう変わるか計測するために、機関投資家/外国人投資家の保有比率の高い企業群とそれ以外の企業群で持株会の効果に差があるかを検証した結果、持株会が特に強い正の効果を持つのは、機関投資家/外国人投資家保有比率が高い企業群であることがわかった。この結果は、しばしば対立的と見なされる従業員へのコミットメントと外部からのモニタリングの間に実は補完性があることを意味する点で注目に値する。

政策インプリケーションと今後の課題

従業員持株会に生産性押上げ効果があり、生み出された利益の一部が賃金として還元されるのであれば、日本でも米国やフランスのように従業員持株制度に税制上の優遇措置を付与することを検討してはという意見も出るかもしれない。しかし、そうした主張を支持することに対して、我々は慎重である。1つには、外部性など市場の失敗を示唆する現象は見られないため、政府が介入する余地はそれほど大きくない。2つ目に、持株会の保有比率が上昇するにつれ、負の効果が正の効果を相殺することが予想されるため、税制で一律に奨励するのは良くないという判断がある。3つめに、米国のエンロンのケースでも明らかなように、過度に自社株を持つことは、雇用・所得と金融資産を同じリスクに晒すことになるが、我々の研究では、リスクを考慮に入れた社会厚生への影響を分析していない。

最後に、従業員持株会は、従業員の経営参加、つまり生産性改善のための小集団活動や労使協議会を通じた労使の情報共有、および長期雇用保障といった日本的経営の中核的要素と補完的であると考えられる。こうした人事システムの特性を加味した分析を行えば、より従業員持株会の役割に対する理解が深まる。また、海外機関投資家がこうした2面的効果をもつ従業員持株会をどのように評価しているかも興味を引く論点である。これらの点をテーマとして今後の研究を続けていきたい。

2016年9月20日掲載

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