日本企業の雇用削減行動は変化してきたのか

久保 克行 早稲田大学

RIETIの「企業統治分析のフロンティア」分析研究グループの成果として、『企業統治制度改革と日本企業の成長』が出版される予定です。
そこで各章の内容に関するコラムを連載していきます。

いわゆる日本的雇用慣行は崩壊しているのだろうか。この問題はわれわれの生活と密着しているだけに、多くの注目をあびてきている。日本的雇用慣行とよばれるものの1つが終身雇用である。終身雇用が崩壊しているのか、というテーマが興味深いのは、メディアの認識と実証研究によって得られる知見に大きな違いがある事である。

新聞や雑誌などのメディアでは、長期雇用が崩壊しつつあるという論調をしばしば目にする。このような主張は、正社員がリストラで職を失っているケースや、非正規雇用が増加している事などを根拠にしているようである。このような問題意識から長期雇用が変化しているかどうかについて多くの研究が行われてきた。驚くべきことに、これらの実証研究の多くは、大企業の正社員については長期雇用の傾向に変化はないという結果を示している。これらの研究の多くは国の統計の個票データなどを用いた詳細かつ大規模なものであり、結果の信頼性は高い。

このような問題意識をもち、私は企業の雇用削減行動に注目して分析をおこなった。ここではその分析の結果を紹介したい。今回の研究では、1988年から2011年の上場企業552社のデータを用いて企業がどのような状況で大規模な雇用削減を行うかを分析した。特に1990年代と2000年代で雇用削減行動に違いがあるかに注目している。データをこの時期で分割したのは、1990年後半から2000年代にかけて、いくつかの制度的な変化が起きたためである。これらの変化の例としては、いわゆる純粋持株会社の解禁、株式交換や株式移転制度の創設、会社分割制度の創設、連結納税制度の導入などがあげられる。これらにより資本市場を通じて企業の組織再編成を行う事が容易になった。このため、企業が企業組織の再編成を通じて従業員の削減を行う可能性が高まったと考える事ができる。

本研究ではいくつかの重要な結果が得られている。まず確認できることは上場企業において雇用が大きく減少しているということである。このことを示したのが表である。この表は、1988年と2011年の時点でこれらの企業に雇用されている従業員が何人いるかを産業別に示したものである。たとえば、食料品について見てみよう。 食料品産業に含まれる企業が19社サンプルに含まれていることが表からわかる。また、1988年時点でこの19社に雇用されていた従業員数が4万3960人であったのに対して、2011年時点では従業員数が全体で2万9555人と30%以上減少していることが示されている。

この表をみると、食料品産業の企業だけではなく、サンプル全体で雇用が大きく減少している事がわかる。1988年時点では、サンプルの552社全体でおよそ226万人が雇用されていた。これに対して、2011年時点では同じ552社に雇用されている従業員数が174万人に減少している。すなわち、この24年間で全体の30%、50万人以上の雇用が失われている事がわかる。

この表からは、ほとんどの産業で雇用が失われている事もわかる。全体で29の産業がサンプルに含まれているが、そのうち24の産業で雇用が減少している。一方で、雇用が増加しているのは情報・通信、不動産業など5つの産業にすぎない。雇用の減少数がもっとも大きいのは電気機器で、この期間に15万人もの雇用が失われている。次に雇用の減少数が大きいのは鉄鋼産業で、24年間に60%を超える約9万6000人もの雇用が失われている。このほかにも、数万人単位で雇用が失われている産業は建設業、食料品、繊維製品、化学、機械など数多くある。これらの多くは製造業である。なお、製造業で雇用が増加している産業はない。上述のように非製造業のいくつかの産業では雇用が増加している。しかし、これらの雇用の伸びも数千人単位であり、製造業における雇用の減少よりもかなり小さい。

今回の研究で得られたもう1つの重要な分析結果は、企業の雇用削減行動が1990年代と2000年代で大きく異なっていることである。一言で言うと、企業は以前よりも雇用を削減する傾向が強くなっている。この結果はいくつかの統計的手法を通じて明確に示されている。たとえば業績が一定程度、悪化した時に雇用を5%以上削減する確率は1990年代には25%程度であったのに対して2000年代には35%程度まで上昇している。

今回の分析結果は、いわゆる日本的雇用慣行が変化しているという見方と整合的である。ただし、企業が危機にある時には、過去の日本企業は雇用を削減してきたということに留意する必要がある。石油ショック時に多くの企業が指名解雇を含む大規模な雇用削減を行っている。このことを考えると、2000年以降の日本企業の行動が特別なものではない可能性もある。今回観察された行動の背後にどのようなメカニズムがあるかを分析するのは今後の課題であろう。

表:産業別に見た1988年から2011年までの従業員数の変化
産業 産業コード 社数 従業員数(人、1988) 従業員数(人、2011) 従業員数の変化(人) 成長率
水産・農林業 50 1 3,772 1,230 -2542 -0.674
鉱業 1050 1 1,090 643 -447 -0.410
建設業 2050 58 178,853 161,300 -17553 -0.098
食料品 3050 19 43,960 29,555 -14405 -0.328
繊維製品 3100 15 43,192 22,993 -20199 -0.468
パルプ・紙 3150 6 16,777 13,938 -2839 -0.169
化学 3200 56 114,317 87,594 -26723 -0.234
医薬品 3250 17 43,445 40,102 -3343 -0.077
石油・石炭製品 3300 1 3,062 2,135 -927 -0.303
ゴム製品 3350 6 13,084 9,346 -3738 -0.286
ガラス・土石製品 3400 12 28,898 22,750 -6148 -0.213
鉄鋼 3450 20 152,790 56,780 -96010 -0.628
非鉄金属 3500 13 52,632 28,535 -24097 -0.458
金属製品 3550 10 19,829 19,752 -77 -0.004
機械 3600 54 169,764 136,795 -32969 -0.194
電気機器 3650 80 533,286 381,593 -151693 -0.284
輸送用機器 3700 36 266,974 228,474 -38500 -0.144
精密機器 3750 9 20,224 16,006 -4218 -0.209
その他製品 3800 16 56,435 46,378 -10057 -0.178
電気・ガス業 4050 14 169,853 137,928 -31925 -0.188
陸運業 5050 19 151,175 105,471 -45704 -0.302
海運業 5100 3 6,288 2,564 -3724 -0.592
空運業 5150 1 11,950 12,848 898 0.075
倉庫・運輸関連業 5200 6 6,230 4,597 -1633 -0.262
情報・通信業 5250 9 12,497 20,609 8112 0.649
卸売業 6050 33 61,875 50,963 -10912 -0.176
小売業 6100 28 64,850 70,052 5202 0.080
不動産業 8050 4 4,156 12,011 7855 1.890
サービス業 9,050 5 8,427 13,115 4688 0.556
合計 552 2,259,685 1,736,057 523,628 -0.302

2016年5月6日掲載

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