コラム

国営企業の民営化は企業価値を向上させるのか

久保 克行
早稲田大学商学学術院教授

政府による株式所有について、近年、改めて注目が集まっている。1980年代以降、多くの国で民営化が進められた。日本をはじめ多くの国で国営企業が民営化され、また旧共産主義国家では大規模な民営化がすすめられた。これらの民営化については、従来から多くの研究があり、展望する有益な論文もいくつも出版されている(Megginson and Netter,2001, Megginson and Sutter, 2006, Estrin, 2009)。 特に中欧東欧の民営化については多くの研究がなされてきている。これらの研究の多くは財務データを用いて民営化の前後の業績を比較したり、企業の業績と政府による株式保有比率の関係を分析したりしている。中欧および東欧諸国の民営化については、概して民営化は効率性の向上に貢献したという評価が多くなされてきた。

ここで民営化がなぜ効率性を向上させるのかということについて、いくつかの考え方を紹介しよう。まず、重要なのがソフトな予算制約(ソフト・バジェット・ コンストレイント)という言葉である。この言葉は分かりづらいが国営企業の特徴を説明する際にしばしば指摘されることである。当たり前であるが、通常の企業では、資金不足を起こさないようにする必要がある。たとえば、決められた期限に債券を償還できなかったり、支払いを行うことができなかったりすれば倒産する。そのため、経営者は資金が不足しないように一生懸命経営するインセンティブをもつ。具体的には企業の効率性を向上させる必要がある。このことを資金制約が厳しい(ハード)であると考える。ところが国営企業では、資金不足になったとしても政府がさまざまな形で補助をすることがある。このため、経営者は 民間企業と比較して効率性を重視しない可能性がある。このことをソフトな予算制約と呼ぶ。政府は危機に陥った国営企業に対して直接資本を注入するだけではなく、税制面での優遇、借り入れの保証、借り入れの際の優遇措置などさまざま形で支援を行うことができる。

国営企業の効率性を考える際に重要なもう1つの観点は、経営者に対する規律付けである。通常の株式会社であれば、業績が悪化した場合、株主や取引銀行などから経営者を交代させるような圧力を受ける。株価が大幅に下落した場合、投資家が買収して経営者を交代させる可能性もある。株主は経営者が企業価値を最大化するようにストックオプションを付与するかもしれない。ところが、国営企業ではこのようなメカニズムが働かない。国営企業では、だれが経営者になるかを 決定するのは政府である。政府は保有する株式の株価を最大化する活動しているわけではないため、経営者は企業価値を最大化させるような強いインセンティブ を持たないことになる。官僚や政治家が政治的なキャリアの一貫として国営企業の経営者の地位につくこともある。これらの経営者は国営企業の経営者を経験した後、政治家としてキャリアを積み重ねるものもいる。このような経営者にとっては企業価値の最大化よりも自分自身の政治的なキャリアのほうが大事かもしれない。このときにも、国営企業は企業価値を最大化しないことになる。

国営企業の行動を理解するためのもう1つの視点は「企業の目的」という観点である。上にも述べたように、政府が企業を所有する目的は、株価を最大化させるためではない。そのため国営企業は社会的・政治的な目的を重視すると考えられる。企業の効率性を維持するために不採算部門を解散し、大規模な人事のリストラクチャリングを行うことは企業価値という観点からは望ましい場合もある。しかし、政府や政治家がこのような状況を好まない場合、国営企業はリストラクチャリングを行わないだろう。政治的に重要ではあるが、利益を生まないようなプロジェクトを実行するのに国営企業を用いることもある。このようなプロジェクトは社会的に望ましいものかもしれないし、そうではないかもしれない。

以上の3つの要因を考えると国営企業の効率性は悪く、民営化は効率性を向上させることになる。それでは、政府所有は常に企業の業績に悪い影響を与えるのだろうか。上とは逆に、政府所有が企業の業績を向上させるメカニズムを考えることもできる。国営企業は政府からの情報を入手しやすい。政策の変更、新たなインフラストラクチャーの計画などについて、より早く情報を得ることで国営企業は他の企業よりも優位な立場となる。また、国営企業は政府に対して自らにとって有利な規制を導入するよう働きかけることもできるだろう。このときも同様に優位な立場となるだろう。さらに、新興国などでは、いわゆる法の支配が行き届いていない場合がある。このような市場ではビジネス上の紛争があったときに法律ではなく、政治的な力で解決されることがある。また、新興国では競争環境が整っておらず、新規参入のルールが定まっていないこともある。これらの状況では、政府との強い関係がある企業は、問題があったときに、自らに有利に解決することができる。このような状況が社会的に望ましいかどうかは別として、国営企業が有利な立場になりうるであろう。このような状況を考えると、国営企業の業績は必ずしも悪いとは言い切れない。

以上の議論は伝統的な国営企業の民営化を念頭においた議論であるが、近年、新たなタイプの政府所有の形態が注目されるようになってきた。いわゆる国家ファンド(Sovereign Wealth Fund, SWF)である。豊富な資金をもつノルウエー、クエート、中国、アブダビなどの国家が運営する投資ファンドである。これらは投資ファンドとして巨額の資金をさまざまな市場に投資するが、本質的には政府が株式を所有していると考えることができる。近年の研究では国家ファンドの投資は株価を向上させる効果がある(Dewenter et al, 2010) 。それだけではなく、投資をしたあとに取締役を派遣したり、あらたな取引関係を提案したりするなど積極的に企業価値向上に貢献している。国家ファンドは国営企業の民営化とは異なる文脈で語られることが多いが、政府が株式を保有とするという意味では同等である。日本では明示的な国家ファンドは存在しないが危機に陥った企業に対して政府が何らかの形で資金を供給することがある。これらは国営企業と別の文脈で考えられることが多いが、国家ファンド同様、政府による 出資という意味では同等に考えることができる。これらの効果について、更なる議論や分析が必要であろう。

2014年4月14日
文献
  • Dewenter, K. X. Han and P. Malatesta (2010) "Firm Values and Sovereign Wealth Fund Investments," Journal of Financial Economics 98 256 - 278.
  • Estrin, S., J. Hanousek, E. Kocenda and J. Svejnar (2009) "The Effects of Privatization and Ownership in Transition Economies," Journal of Economic Literature, 47, 699 - 728
  • Megginson, W. and J. Netter (2001) "From State to Market: A Survey of Empirical Studies on Privatization," Journal of Economic Literature 321-389
  • Megginson, W., Sutter, N. (2006) "Privatization in Developing Countries," Corporate Governance an International Review 14, 234 - 265

2014年4月14日掲載

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