コラム

ファミリー企業研究の変遷
理論、パフォーマンス比較から行動・戦略比較へ

淺羽 茂
早稲田大学ビジネススクール教授

Bere and Means (1932)以来、現代企業では株式は分散所有され、専門経営者によって経営され、所有と経営の分離が進むという考えが経営学では支配的であった。それゆえ、創業家が株式の大半を掌握し、経営も担っているファミリー企業は、遅れた経営形態であり、そのうち所有と経営が分離した経営形態にとって代わられると認識されていた。

しかし、BereとMeansの研究から80年たった今日でも、ファミリー企業は世界中にあまねく存在し、経済活動において大きな比率を占めている。ファミリー企業は、S&P 500の3分の1を占めている。北米の全企業の80%から90%はファミリー企業である。西欧諸国でも、ファミリー企業は主流である。アジアや南米においては、ファミリー企業の比率は北米以上である。

そこで、1990年代ごろから、ファミリー企業についての研究が、経済学、社会学、心理学などをもとに行われるようになった。主にファイナンス研究者は、経済学で発展したエージェンシー理論にもとづき、創業者一族によって所有かつ経営されているファミリー企業の利点は、所有者と経営者との利害の一致によるエージェンシー問題の低下であると考えた。他方、社会学や心理学では、リーダーは自己の利益のためだけでなく、自分以外のすべての利害関係者の利益にもなるように尽くす存在であると考えるスチュワードシップ理論が提示された。ファミリー企業研究者のなかには、ファミリー企業の経営者は事業を通じて達成したいと思う価値やミッションを強く意識しており、スチュワードとして行動するのではないかと考えるグループがある。さらに、ファミリー企業を所有する創業者一族は、財務的なリターンだけではなく、事業を通じて得られる非財務的な価値(ファミリー・アイデンティティやファミリーの影響力・市配力など)、すなわちsocioemotional wealthに関心があるという考え方もある(Gomez-Mejia, Haynes, Nunez-Nikel, Jacobson, & Moyano-Fuentes, 2007)。

これらの理論をベースに、2000年前後から、ファミリー企業についての実証的な研究が行われるようになった(Anderson & Reeb, 2003)。その多くは、ファミリー企業と非ファミリー企業との間で経営成果を比較する研究であった。ファミリー企業は非ファミリー企業よりも業績がよいという実証研究も少なくなく、さらにどのようなタイプのファミリー企業(経営者が創業者か後継者か、ファミリーが所有しているのか経営しているのか両方かなど)の業績が良いのかといった研究が行われていった。

多くの経営成果の比較研究が行われたが、そもそもファミリー企業の特徴として指摘されるもののなかに、経営成果にプラスの効果をもたらすもの(エージェンシー・コンフリクトの抑制、長期志向、継続性など)とマイナスの効果をもたらすもの(身びいき、優秀な経営者のプールの小ささなど)とが混在している。それゆえ、各特性がもたらす行動・戦略を調べないと、どの特性がパフォーマンスに影響を及ぼしているのかわからない。

そこで、ファミリー企業の行動・戦略の特徴を実証的に明らかにしようとする動きが起こった。すでに、多角化、海外展開、M&Aについて、ファミリー企業の特徴を明らかにしようとする研究が行われている。筆者の研究に限って言えば、1つには、日本の電機産業を対象としたファミリー企業の設備投資行動についての研究がある(Asaba, 2013)。そこでは、一般に需要変動は設備投資を抑制するが、ファミリー企業は非ファミリー企業よりも、需要変動の設備投資抑制効果が弱く、我慢強い投資が行われていることがわかった。

また、最近われわれは、日本の医薬品産業を対象に、R&D活動におけるファミリー企業の特徴を分析した(Asaba & Wada, 2014)。多くの既存研究では、ファミリー企業は非ファミリー企業に比べて研究開発集約度が低いという実証結果が得られており、われわれも日本の医薬品産業においてこの結果を確認した。しかし、医薬品産業は典型的な研究開発集約的産業である。もし低い研究開発集約度が研究開発活動の不活発さを表しているのだとすれば、ファミリー企業がどうやって高度に研究開発集約的な産業で生き残っているのかという疑問が生じる。そこで、R&D支出あたりの特許出願件数を比べたところ、ファミリー企業は非ファミリー企業よりも多くの特許を出願していることがわかった。

そこで、このような一見矛盾するような結果を説明するいくつかの仮説を設け、特許データを使って分析してみた。立てた仮説は以下の通りである。

(1)ファミリー企業は、非ファミリー企業に比べて、すでに企業内部に蓄積されている(新たにR&D支出が必要ない)技術を活用する度合い(自己引用比率)が高いので、R&D 活動が効率的である。
(2)ファミリー企業は、非ファミリー企業に比べて、開発対象範囲(出願特許や引用特許の技術分類シェアのハーフィンダル指数)が狭いので、(R&D投資が広範な分野に拡散しないので)効率の良い開発ができる。
(3)ファミリー企業は、リスク回避的なので、成功確率は高いが価値(被引用数)の低い技術の開発を選好する。非ファミリー企業は、リスク追求的な一般投資家の意を汲んで、成功確率は低いが価値の高い技術の開発を選好する。その結果、ファミリー企業の特許の被引用数の頻度分布は、非ファミリー企業のそれに比べて、テールが薄い(正の歪度が小さい)。

分析の結果、仮説(1)を支持する結果は得られなかったが、仮説(2)、(3)を支持する結果は得られた。つまり、ファミリー企業は、開発対象範囲を狭めることによって研究開発を効率的に行っていると同時に、ブロックバスターにつながるような価値の高い技術よりは、インパクトは小さいが多くの技術を安定的に開発しているために、研究開発集約度が小さいにもかかわらず、多数の特許を出願し、研究開発集約的な医薬品産業においても生き残っているのではないかと考えられるのである。

このように、ファミリー企業の行動、戦略の特徴を探る研究はいくつか見られてはいるが、まだ始められたばかりである。今後も、さまざまな種類の行動、戦略について研究が積み重なることが期待されるし、そうすればファミリー企業の理解が深まるであろう。

2014年3月13日
文献
  • Anderson, R. C., & Reeb, D. M. 2003. Founding-Family Ownership and Firm Performance: Evidence from the S&P 500. Journal of Finance, 58, 1301-1328.
  • Asaba, S. 2013. Patient Investment of Family Firms in the Japanese Electric Machinery Industry. Asia Pacific Journal of Management, 30: 697-715.
  • Asaba, S., & Wada, T. 2014. Contact Hitters or Sluggers?: R&D Behavior of Family Firms in the Japanese Pharmaceutical Industry. Mimeo.
  • Berle, A., & Means, G. 1932. The Modern Corporation and Private Property, New York: Macmillan. (北島忠男訳.1958.『近代株式会社と私有財産』文真堂)
  • Gomez-Mejia, L. R., Haynes, K. T., Nunes-Nickel, M., Jacobson, K. J., & Moyano-Fuentes, J. 2007. Socioemotional Wealth and Business Risks in Family-controlled Firms: Evidence from Spanish Olive Oil Mills. Administrative Science Quarterly, 52: 106-137.

2014年3月13日掲載

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