コラム

企業間取引ネットワークと「ゾンビー融資」

小倉 義明
早稲田大学政治経済学術院 准教授

産業の新陳代謝の活性化が日本経済の課題であるといわれている。この問題の原因として指摘されるのが、慢性的な業績不振にもかかわらず銀行融資によりかろうじて存続することができている、いわゆる「ゾンビー企業」の存在である。ゾンビー企業に資金や人材などの資源を無駄に投入し続ける結果、有望な新興企業の成長にこれらの資源が生かされないことが問題視されている。実際、1990年代末から2000年代前半の日本において、建設業、不動産業、あるいはサービス業に分類される上場企業向けにこのようなゾンビー企業向け融資が発生し、この分野における雇用、資本、生産性の成長を阻害していたことが、統計的事実として国際的に受け入れられている(たとえば、Peek and Rosengren 2005、Caballero, Hoshi, and Kashyap 2008)。

一方、同時期の未上場の中小企業のデータを用いた研究では、そのようなゾンビー融資は顕著ではなく、信用リスク上昇に応じた融資金利の上昇、あるいは融資の減少が観察されている(たとえば、Sakai, Uesugi and Watanabe 2010)。従って、ゾンビー融資はすべての企業に対して起こりうるわけではなく、ゾンビー融資の発生には、企業規模などの他の要因も関連していることが予想される。

これまでにも、ゾンビー融資を経済合理的に説明する研究はあったが、既存の経済学の研究による説明は、上記の実証結果と整合的ではない。なお、このようなゾンビー融資の発生する原因として、銀行による自己資本不足隠ぺいの動機がしばしば挙げられるが、特別背任などの罪に問われる可能性を銀行役員が認識しているとすれば、これは十分に経済合理的な説明とは言い難い。さて、この文脈でもっとも頻繁に引用されるDewatripont and Maskin (1995) によれば、以下のように、ソンビー融資を経済合理的に説明することができる。銀行はある企業との間で取引関係が繰り返されると予測すると、この企業の情報をしっかりと集めてモニタリング能力を向上させる。向上したモニタリング能力のおかげで、この企業が追加融資を必要とした際に、他の銀行では到底融資できないほどにこの企業の経営状態が悪くても、この銀行は融資を実行して、利益を上げることができる。モニタリング能力の蓄積を観察できない第三者の目から見れば、これはゾンビー融資のように見える。このような銀行との長期的融資関係(リレーションシップバンキング)に頼るのは、通常、未上場の中小企業であるから、この理論が正しいのであれば、中小企業でゾンビー融資が顕著となるはずである。しかし、実際にはむしろ上場企業の方で、ゾンビー融資が顕著であったことは上述のとおりである。

しかし、銀行が同時に多くの企業に対して融資を行っている現状を考慮すると、ゾンビー融資の発生経路について新しい視点が浮かび上がっている。既存のリレーションシップバンキングの理論の多くは、銀行と企業の1対1の関係のみに焦点を当てている。しかし、実際の銀行は、数千、数万の会社に対して同時に融資を行っている。また、通常、銀行は融資判断のために各企業の販売先や仕入先に関する情報も収集している。したがって、銀行は不完全ながらも融資先企業間の取引ネットワークを観察することができる。たとえば、「この融資先は地域の中心的企業であり、この融資先がつぶれてしまうと、地域経済全体が全面的に回復不能なダメージを受け、他の企業への債権もすべて不良債権化してしまう」というように、図1の中心に示されるようなハブ企業の存在を認識して、融資判断あるいは融資条件にこの情報を加味する可能性がある。極端な場合、他社から多くを仕入れるハブ企業であれば、業績が回復する見込みがなくても、継続的に低金利による救済融資が行われる場合もありうる。地域において高いシェアを誇る有力地域金融機関であれば、このような救済融資のコストを、その恩恵を被る他の周辺企業への金利上乗せにより埋め合わせることが可能であるので、このような救済融資を行いやすい。この説明に従うと、救済融資は、取引先の多い大企業に対して行われやすく、中小企業に対してはあまり行われないと予想される。従って、こうした救済融資がデータ上はゾンビー融資として現れているとすると、実証研究の結果と整合な説明になりうる。

図1 企業間取引ネットワーク
(点:企業、矢印の方向:モノの流れ、矢印の太さ:販売額)

図1 企業間取引ネットワーク

以上のような直感を、理論モデルとして整理し、このモデルを用いた統計的実証分析を京都大学の奥井亮氏、および本研究所の齊藤有希子氏と共同で試みている。これまでのところ、理論モデルからは、銀行の利潤最大化の結果、1)単体では利益を出さないことが明らかなハブ企業がプライムレート以下の金利で上記のような「ゾンビー融資」を受ける場合があること、2)このような一見不合理な融資判断が経済効率的な場合があること、3)金融市場が独占的である場合、あるいは競合する金融機関が暗黙裡に協調しうる場合にこのような融資が生じうること、などの仮説が導き出されている。これらの仮説のデータによる検証は現在進行中である。

2014年1月31日
文献
  • Caballero, R. J., Hoshi, T., and A. K. Kashyap, (2008). "Zombie Lending and Depressed Restructuring in Japan," American Economic Review 98: 1943-1977.
  • Dewatripont, M. F. and E. S. Maskin, (1995). "Credit and Efficiency in Centralized and Decentralized Economies," Review of Economic Studies 62: 541-555.
  • Peek, J., and E. Rosengren, (2005). "Unnatural Selection: Perverse Incentives and the Misallocation of Credit in Japan," American Economic Review 95: 1144-1166.
  • Sakai, K., Uesugi, I., and T. Watanabe, (2010). "Firm Age and the Evolution of Borrowing Costs: Evidence from Japanese Small Firms," Journal of Banking & Finance 34: 1970-1981.

2014年1月31日掲載

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