コラム

日本企業と株式市場:投資家と信頼構築急げ

コリン・メイヤー
オックスフォード大学ザイード・ビジネススクール教授

宮島 英昭
ファカルティフェロー / 早稲田大学教授・同大学高等研究所所長

日本の企業は、過去50年以上にわたり、経済の成功と失敗の双方で、重要な役割を担ってきた。1970年代~80年代の成功は、急速に成長した経済の要求に適応し、失敗は発達した経済における変化に適合できなかったことを意味する。つまり、企業の統治は、日本経済のマクロの業績に影響を与え、20世紀中における企業の歴史は、21世紀の日本経済においても重要な示唆を与えているといえる。

ロンドン・ビジネス・スク-ルのジュリアン・フランク教授との共同研究によれば(Julian Franks, Colin Mayer and Hideaki Miyajima (2012), "The Ownership of Japanese Corporations in the 20th Century")、20世紀の前半、日本には、多くの個人投資家や、保険会社のような機関投資家などの多様な株主が、企業に潤沢な資金を供給する株式市場があった。

驚くべきことに、強力な金融規制や投資家保護がないこの時期に市場は繁栄した。企業の取締役会に参加した経済界の名望家や、財閥と呼ばれる同族の株主が、その企業の質に対する保証を一般の株主に与え、これが市場における投資家と企業間の信頼関係を保っていた。戦後になり、この仕組みは徹底的に解体され、より強力な金融規制と投資家保護の形に置き換えられた。投資家保護があれば、市場は繁栄すると考えられていた。

だが、実際は、正反対のことが起こった。この枠組みの下で一時的な株式ブームが生じたが、信頼関係を支える制度が解体されたために、株式市場は企業の資金供給源としての機能を失い、代わりに企業は銀行への依存度を高めた。銀行は有力な株主であり、資金提供者になった。

これは70年代と80年代の高成長を促進したが、他の株主との深刻な対立を生じさせた。バブル崩壊後の90年代に企業と銀行の関係が弱体化した際には、企業は銀行に代わる株主や資金調達の手段を失った。

一方で外国人投資家は、この10年の間に、日本企業の株式保有を拡大したが、いぜん有効な支配権は多数派の国内機関投資家の手中にある。この中途半端な状態は、オリンパスの不祥事とその後の再編過程における外国人株主の反応と不十分な関与によく現れている。

日本が直面する問題は、既存の統治構造をどう改革するか、新たな仕組みをどう作り上げていくかにある。日本企業の歴史から学ぶべき重要な教訓は、規制だけではすべての解決策を提供できないということである。20世紀の前半においては、強い規制によって株式市場の活性化を支える必要はなかった。他方、強い規則は、20世紀の後半においては株式市場の活況を維持することができなかった。株式市場の繁栄に決定的に必要だったのは、企業と投資家の信頼関係とその信頼を支える制度であり、それ以降の市場を弱体化させた要因の1つは、そのような制度の欠如だった。

従って、今後日本企業が経営、所有構造、資金調達を改革する上で不可欠なことは、投資家と企業との信頼を再構築できる仕組みを作ることだ。

筆者の近年の研究(Colin Mayer (2013), Firm Commitment: Why the Corporation is Failing Us and How to Restore Trust in It, Oxford: Oxford University Press)によれば、信頼の再建には、3つの重要な要素がある。1番目は、株式の所有権が自己の短期的な利益だけを求める株主ではなく、企業の将来や、長期的な利益に強い関心をもつ株主の手にあるべきということだ。

次に、企業は自社の顧客、従業員、取引業者、地域コミュニティが何を求めているかを反映させた明確な価値基準を持つべきだ。

第3に、この価値基準を遵守し、関係者間の紛争を解決することに責任をもつ取締役会を持たなくてはならない。この仕組みは、株式を長期保有し、企業の財務業績を客観的に見ることができる個人投資家や、機関投資家に所有権の多くが移動することを求めている。こうした投資家は中立的な立場で、日本企業が終身雇用や中長期投資を維持し、製品の品質を重視する経営を許容するに違いない。

本コラムは、The Daily Yomiuri, "The 20th Lessons for Japan Inc." 2013年1月18日を抄訳したものである。コリン・メイヤーは英オックスフォード大ザイード・ビジネススクール教授。専門は金融論。米ハーバード大、スタンフォード大などの研究員も歴任。宮島英昭は、早稲田大学教授・同大学高等研究所所長・RIETIファカルティフェロー

2013年1月30日

2013年1月30日掲載

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