企業価値の最大化を目的とする事業会社と異なり、電力会社は消費者に安価・安定・安全な電力を提供することを目的としている。電力会社の企業統治は規制のあり方、エネルギー政策と原子力発電安全基準に大きく依存する。福島第一原子力発電所事故は、内外のエネルギー政策と原子力発電安全に大きな影響を及ぼしている。このコラムでは、日々の株価を用いたイベントスタディーと呼ばれる手法で、エネルギー関連銘柄の株価変動と規制・政策変化の関連を分析する。内外の分析結果に基づきながら、日本のエネルギー関連株に対する第一原子力発電所事故および政策の影響を分析し、展望を述べることが狙いである。
先行研究として、スリーマイル島、チェルノブイリ原発事故に関する2つの研究が挙げられる。1つは、原発事故に対する市場リアクションを分析するものであり、もう1つは株式のシステマティックとアンシステマティックなシフトの有無を確認する研究である。Ferstl、Utz and Wimmer (2011)は、日独仏米4国の原子力発電(出力1000メガワット以上)を運営する上場会社と代替エネルギー会社(Thomson Reuters Datastream分類)の株価変動をFama・Frenchスリーファクターモデルで推定し、仮説を検証した。事故直後の1週間、日独仏の原子力発電事業会社の株式超過収益率が有意にマイナスであり、その後日本の電力株は事故後第3週に再び大きく下落したが、独仏では有意な変化はなかった。これとは対照的に、独の代替エネルギー株は事故後1週間で4割弱上昇した。フランスでは、代替エネルギー株は事故後1週間で13.6%上昇した後、統計的に有意な変化はなかった。サンプルに含まれた1銘柄の日本の代替エネルギー株は、第一週目で乱高下を続けたが、その後は小幅な変動となった。対照的に、福島原子力事故後、米国の原子力事業会社と代替エネルギー会社の株価変動はいずれも有意な変動はなかった。
Mama and Basen (2011)は、STOXX All、Europe 800 Utilities、STOXX Eastern Europe 300 Utilities and STOXX Japan Total Marketから一般電力事業会社、風力や太陽光発電などの代替電力会社、ガスや石油などの一般エネルギー会社、クリーン・グリーンエネルギーなどの代替エネルギー会社111社(うち日本の電力会社11)を抽出し、リスクシフトを考慮し、2011年3月11日-4月15日の間の株価変動を分析した。原子力発電所を持っていない電力事業者も一般電力事業会社に含まれているため、欧州全体の一般電力事業会社の株価はわずかに下落し、代替エネルギー株の価格は事故直後に7%近く上昇したが、その後有意な変化はなかった。東電の株価は大幅に下落し、他の日本の電力会社の株価は24営業日の間に15%下落した。他方、ドイツの代替エネルギー株は2011年4月15日までに12%上昇し、フランスの代替エネルギー株も19%上昇した。
前述した結果は、ドイツの原子力政策の変換の効果に焦点を当てたBetzer、Doumet and Rinneの研究でも確認されている。福島原子力事故直後、ドイツでは一般電力株は約4%下がり、再生可能エネルギー株は取引量の急増とともに約20%上昇した。ただし、電力株と再生可能エネルギー株の時価総額の変化は軽微なものである。ドイツ以外の欧州の電力株と再生可能エネルギー株の変動は、まちまちであった。
日本の電力会社だけを対象にして株価変動とリスクシフトを分析した研究として、Kawashima and Takeda (2012)が挙げられる。東京電力、地震被害を受けた東北電力を除いて、電源開発を含む9銘柄を、原子力発電所を持っている電力会社、原子力発電所を持っていない沖縄電力と電源開発にグループ分けし、原子力発電所を持っている電力会社が原子力発電所を持っていない電力会社と比べて事故後に株価を大きく下げたと結論付けられている。
上記の論文は、国別にエネルギー株を原子力発電所関連の一般電力株、一般エネルギー銘柄と代替エネルギー銘柄にグループ分けし、グループ間の株価変動の差異を捉えようとするものである。しかし、原子力発電の出力が電力会社によって大きく異なるはずである。原子力発電出力の割合、売上高に占めるクリーン・グリーンエネルギーの割合によって、福島原子力事故後の超過収益率が大きく異なる可能性が考慮されるべきである。この点を考慮して、国際原子力機構(International Atomic Energy Agency、IAEA)の発電炉情報システム(Power Reactor Information System、PRIS)に含まれる原子力発電所を所有するエネルギー会社の事業構成から原子力発電の売上高割合、再生可能エネルギーの売上高シェアに超過収益率を回帰させた。超過収益率に対して、原子力発電の売上高割合の係数は、統計的にはであるが、経済学的には僅少であった。残念なことに、再生可能エネルギーの売上高割合は統計的に有意ではなかった。
青山学院大学芹田敏夫教授との共著論文(Serita and Xu, 2012)で、われわれは原子力、太陽発電、風力発電、地熱発電、火力発電をキーワードに東洋経済の会社四季報CD-ROM版で事業構成や特色から会社を特定し、さらにFQデータベースからセグメント情報を確定した会社を抽出した。状況が少しずつ悪化する情報の流れを考慮し、我々は日時データの代わりに週時株価データを用いた。分析結果は以下の通りである。直接原子力事故からダメージを受けたことをコントロールしたうえで、原子力発電出力割合が大きい電力会社ほど株価の下落が大きい。また、原子力関連事業の売上高が多ければ多いほど原子力事業関連会社は株価が大きく下がっていた。ガス会社の株価は有意に変動しなかった。電力会社以外の火力・風力発電の割合は株価を有意に高めていた。また、太陽発電装置、クリーン・グリーンエネルギーのシェアが高いほど株価は大きく上昇していた。こういった効果は統計的に有意だけではなく、経済学的にも重要なものである。
原子力損害支援機構法案の閣議決定後、東京電力株の価格は60%以上も上昇し、他の電力会社の株価も軒並み上昇した。国の責任の明確化、ステークホルダーの責任などが盛り込まれた修正案が衆議院特別委員会で可決されると電力株の価格は下落に転じた。われわれの論文は、原子力損害支援機構法の効果を検証した最初の研究である。
ただし、株価を用いた研究には限界がある。株主はダウンサイドのリスクを負うが、アップサイドの規制レントを得ていたとは限らない。他のステークホルダーが規制レントを得ていたならば、そのレントを損害賠償の原資にすべきである。あるいは、原子力発電の安全のために、ステークホルダーにレントを支払っていたならば、原子力事故を起こした電力事業者のステークホルダーからレントを取り上げて、それを損害支援の原資に回すべきである。安価・安定・安全な電力供給を達成するために、どのような電力会社のガバナンス構造を再構築するかは、持続可能な成長を達成するために欠かせない重要な課題である。