リレーコラム:『日本の企業統治』をめぐって

第9回「企業は雇用と配当のどちらを重視するのか」

久保 克行
早稲田大学商学学術院

本稿は、『日本の企業統治:その再設計と競争力の回復に向けて』第10章「配当政策と雇用調整:日本企業は株主重視になってきたのか」のエッセンスを紹介しています。

近年、雑誌や新聞などで企業が以前よりも株主の利害を重視するようになっている、という主張がなされることがある。このような主張によると、日本の企業は伝統的に従業員の利害を重視するように経営されてきたのに対して、近年、アメリカ的なコーポレート・ガバナンスの導入により、株主利害が重視されるようになっている。さらに、そのことにより、株主の配当が増加し、従業員の処遇が悪化している。このような主張は正しいのだろうか。

企業がだれのものか、企業はだれのために経営されてきたのか、という質問は多くの注目を集めてきた。しかし、この問題を実証的に検証することは容易ではない。そこで、次のような状況を考える。すなわち、企業が業績悪化のため、配当削減と従業員の削減のどちらかを選ばなければいけないような状況にあるとする。このときに、企業がどちらを選択するのか、という問題を分析する。もしも企業が従業員を重視するように運営されているのであれば、雇用を維持するために配当を削減するであろう。一方、企業の目的が株主利益を最大化することであれば、配当を維持し、雇用を削減するだろう。

この問題を分析するために、『日本の企業統治』「第10章 配当政策と雇用調整:日本企業は株主重視になってきたのか」ではデータを用いて、日本企業の配当と雇用調整の決定要因を分析した。具体的には、日経平均株価の計算に用いられている225企業に含まれている143社について1996年から2009年まで14年間のデータを収集し、解析を行った。

本論文には2つの特徴がある。1つは、コーポレート・ガバナンスの影響を分析したことである。具体的には外国人持株比率および取締役改革の影響に着目した。企業が株主と従業員のどちらの利害を重視するか、ということはコーポレート・ガバナンスの状況によって異なるはずである。もしも外国人株主が株主利害を重視するのであれば、外国人株主比率が高い企業ほど配当を重視する可能性がある。また、取締役会改革によって企業が株主価値を重視するようになったのであれば雇用調整や配当行動に違いがあるはずである。

本論文のもう1つの特徴は、1996年から2009年という直近までのデータを対象に分析していることである。これにより、この時期の日本企業の行動の変化を分析することが可能となる。近年、投資ファンドなどの発達により株主の力が増大しているという指摘がある。このような指摘が正しいのであれば、配当を重視し、雇用を削減するという傾向は、近年強くなっているかもしれない。このことを分析するために、サンプルを前半と後半に分けて、傾向が異なるかどうかを分析した。

本論文ではいくつかの重要な事実が確認されている。1つ目は、企業は、この時期に雇用を大きく削減しているということである。まず、1996年から2009年の14年間の従業員数の変化をみてみると、ほとんどの企業で従業員数が減少していることがわかる。サンプルの143社中、14年間で従業員数が増加したのはわずか19社であり、124社では減少している。増加している19社にしても合併を通じて増加したものが多く、上場企業が雇用の受け皿としての機能を弱めていることが分かる。サンプル企業の中でもっとも雇用を減少させたのは日立製作所で7万5590人が3万7283人とほぼ半減している。東芝もほぼ同数の削減を行っている。削減している企業は数万人単位で減少させているのに対して、従業員を増加させている企業の増加は大きなものではない。トヨタは2475人従業員を増加させているが、6万8641人から7万1116人への増加であり増加率としては大きくはない。このことからも、この時期の日本企業が雇用を減少させてきていることが分かる。さらに、サンプル期間中、この143社全体の従業員数は176万8756人から125万1803人に減少している。さらに、毎年、平均約10%の企業で従業員を1年で10%程度削減していることも示されている。サンプル期間中に一度も雇用を10%以上削減していないのは全体のわずか31%の45社にすぎない。いいかえると全体の69%の企業では、一回は雇用を10%以上削減したことが示されている。このことから、日本の大企業が雇用調整を頻繁に行っていることが分かる。従業員数の削減を考えるときに注意すべきことは、サンプル期間中、赤字であるサンプルが全体の6.7%であったことである。これに対して従業員数を10%以上削減する頻度は9.3%である。すなわち、黒字の状況であっても雇用を大幅減少する企業が多いことが分かる。本論文から得られるもう1つの結果は、企業は配当も頻繁に削減しているということである。配当を10%以上削減する確率は平均で19.5%であった。サンプル期間中に配当を一度も削減したことのないのは143社中37社、1回しか削減していないのが35社であった。

本論文では、さらに、配当行動と雇用削減行動がどのような要因によって決定されるかについて分析を行った。そこでは、まず、前期と後期で企業の行動が変化していることが確認された。特に、後半では業績が悪化しても配当を削減する確率が小さくなっていることがわかる。これは、前半と比較して企業が配当を重視するようになった、という考え方と整合的である。

次に得られた重要な結果は、外国人投資家の存在や取締役会改革は企業の雇用削減行動や配当削減行動に影響を与えている、ということである。ここでは特に外国人持株比率が高く、取締役改革を行った企業と、外国人持株比率が低く取締役改革を行っていない企業を比較する。本論文では前者を革新型企業、後者を伝統型企業と呼ぶ。外国人持株比率が高く、取締役改革を行った企業、すなわち革新型企業では雇用を削減する傾向が強く、配当を削減する確率が低い。ROAが-4.8%と業績が悪い時の雇用・配当削減行動を革新型企業と伝統型企業で比較すると次のようになる。業績が悪い時に革新型企業では雇用を削減する確率は22%であるのに対して、伝統型企業では6.6%であった。またこの時に配当を削減する確率は革新型企業では51%であったのに対して、伝統型企業では83%であった。これらの結果は外国人投資家の存在や取締役改革によって企業が株主利益を重視するように変化したという考え方と整合的である。

この論文の結果は、日本企業が株主重視に変化してきた、という考え方と整合的であった。このことが本当に望ましいかどうか、ということも重要な課題であるが、本論文では議論することができない。本研究の限界を克服し、より説得力の高い推計を行うこととともに将来の課題としたい。

2012年2月16日

2012年2月16日掲載

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