コラム

第14回「独立取締役の導入は、海外投資家の市場参加を促すのか」

新田 敬祐
ニッセイ基礎研究所金融研究部門主任研究員

海外投資家から、「日本企業の取締役会に、独立性の高い社外取締役(以下、独立取締役)を導入せよ」との要望が声高である。こうした主張は、かなり以前から継続的にあったが、2008年5月に、エイシアン・コーポレート・ガバナンス・アソシエーション(ACGA、海外の有力機関投資家を主要会員とする非営利団体)が、「日本のコーポレート・ガバナンス白書」を発行し、日本企業に最低3人の独立取締役の導入を求めるなど、近年、その動きが活発化している。

一方、現在、日本でも、「企業統治研究会(経済産業省)」や「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ(金融庁)」など、社会的影響力が強い研究会で社外取締役の導入が重要なテーマとして取り上げられ、日本企業の経営組織はどうあるべきか、どうすれば海外投資家の支持を得られるのかといった点が、真剣に議論されているようである。従来、投資家と企業経営者の間で、すれ違いが多かったこの問題について、議論を深めようとの機運が高まっている。

では、何故、海外投資家にとって、独立取締役が重要なのだろうか。第1に、企業統治におけるグローバルスタンダード化の動きがある。海外主要市場の上場企業では、経営の監督機能がより明確で、監督者には高い独立性が求められている。日本の企業統治の仕組みはここから大きく乖離しており、十分な信頼が置けないということである。第2に、内部昇進者中心に構成されている日本の取締役会は、経営の透明性が低いとみられている。透明性を高めるには、外部者の視点での経営のモニタリングが必要ということになる。こうした理由から、海外投資家は、日本企業に安心して投資できないと主張しているのである。

もし、この主張が現実の投資行動にも影響を与えているとしたら、日本企業の株価には、企業統治ディスカウント(割安な株価で放置)が存在する可能性が高い。しかし一方で、独立取締役の導入は、企業業績や将来の成長性とは無関係な可能性も高い。両者の関係が薄いことは国内外の多くの実証研究で指摘されており、この見方にはかなりしっかりとした根拠がある。投資家は、基本的に、投資のパフォーマンス向上以外には関心がないので、独立取締役導入のスローガンは実態をともなわないポーズであって、現実の投資ではあまり重視されていないのかもしれない。

どちらの見方が、正しいのだろうか。投資の意思決定において独立取締役の有無が重要なら、海外投資家は、独立取締役が存在する企業を選好し、存在しない企業を敬遠するものと考えられる。もしも、この傾向が確認されれば、経営の監督機能の脆弱さが指摘されている日本市場全体も、海外投資家から敬遠されている可能性が高い。

この点を、NEEDS-Cges(日経NEEDS)のデータを用いて確認してみよう。同データでは、有価証券報告書の記載に基づき、社外取締役の有無(原則、会社法定義に従ったもの)、およびその独立性を確認している。そこで、有価証券報告書に記載された社外取締役のうち、「過去に銀行、支配会社、関係会社、主要取引銀行の職務暦が確認できない、あるいは相互派遣や社長級の兼任が確認できない」者が1人でも存在する場合、高独立の社外取締役を有する企業(高独立性)と認識した。一方、有価証券報告書に社外取締役の記載があるものの、上記の高独立の取締役が1人も存在しない場合を、低独立の社外取締役を有する企業(低独立性)とした。

東証一部上場企業を対象に、これらの企業における外国人持株比率を、社外取締役が存在しない企業と比較してみよう。下表から、まず第1に、社外取締役の導入企業が増加傾向にあり、2008年には導入比率が45.26%に達していることがわかる。しかも第2に、高独立の社外取締役を有する企業は、社外取締役導入企業773社中623社(2008年データ)と、多くの企業で独立性への配慮がなされていることがわかる。

表:独立取締役の導入と外国人持株比率
表:独立取締役の導入と外国人持株比率

次に重要なのは、社外取締役導入企業と非導入企業にみられる外国人持株比率の違いであるが、下表から、両者で明確な差があることが確認できる。直近の2008年では、社外取締役導入企業の外国人持株比率が16.50%であるのに対して、非導入企業のそれは12.65%と、その差は3.85%も開いている。

しかも注目すべきは、外国人持株比率が、社外取締役の独立性の高低で大きく異なるという事実である。高独立の社外取締役を有する企業では、外国人持株比率が17.41%となっているが、これは非導入企業の12.65%に比べて4.75%も高く、統計的にも有意な差が確認できる。一方、低独立の社外取締役しか存在しない企業の外国人持株比率は12.74%であり、非導入企業のそれと有意な差がない。

以上の事実は、海外投資家の主張が現実の投資行動にも影響を与えており、その結果として、日本の株式市場に企業統治ディスカウントが生じている可能性を示唆する。もっとも、この分析だけでは、因果関係まではわからない点には注意が必要である。つまり、海外投資家が、独立取締役の存在する企業を選好しているのではなく、もともと外国人持株比率が高かった企業が、率先して独立取締役を導入している可能性もある。また、独立取締役の導入は別の要因で決まっており、その要因と海外投資家の選好が相関するのかもしれない。

しかし、信頼できる実証研究が出揃うまで結論を先送りして、「時すでに遅し」ということになっては元も子もない。現下の経済・金融危機で世界的にリスクマネーが枯渇している中、どうすれば日本の株式市場を活性化できるのかという重大な問題の1つの解は、経営の監督機能をいかに担保するかにあると考えるべきではないだろうか。

2009年4月7日

2009年4月7日掲載

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