Research & Review (2007年8月号)

ワークライフバランス、少子化対策、と雇用制度改革 就業時間のミスマッチングの解消と心豊かな生活の実現に向けて

山口 一男
経済産業研究所客員研究員・シカゴ大学社会学部教授

平成18年4月号の本誌R&Rで「女性の労働力参加と出生率の真の関係について―OECD諸国の分析と政策的意味」と題して研究結果を紹介したが、今回は関連するその後の研究結果を報告する。まず前回の報告を簡単にまとめておく。ワークライフバランスのマクロな側面には保育所施設の利用度や育児休業とその所得保障の程度を指標化した「仕事と育児の両立度」と、フレックスタイム勤務や質のよいパートタイム職の普及を指標化した「働き方の柔軟性による両立度」があるが、この2指標を用いてOECD諸国を格付けし、特殊合計出生率(TFR)と女性の労働力参加率の変化との関連にこれらの指標がどう影響を与えているかを調べたが結果は以下の通りであった*1。(1)平均的には女性の労働力参加率の増加は出生率減少と結びついているが関係は一様ではない。(2)ワークライフバランスを「育児と仕事の両立度」(これは北欧諸国が高い)と「働き方の柔軟性による両立度」(これはオランダと英・米・豪州など英語圏諸国が高い、また日本と南欧諸国はどちらの指標も低い)に分けてみるとそれぞれの増加はともに出生率を高めるが、平均的にみて後者の影響度が前者に比べ2倍も大きい。(3)育児と仕事の両立度は出生率は高めるが、女性の労働力参加率増加と出生率増加との負の関係は弱めない。(4)一方働き方の柔軟性による両立度は、女性の労働力参加率増加と出生率増加との負の関係を弱め、この柔軟性が十分高いと女性の労働力が増加しても出生率は下がらない(1980年以降出生率が大きく下がらないかむしろ増加したオランダや英語圏諸国と下がり続けた日本や南欧との違いはこの点で生じた)。結論として柔軟に働ける雇用制度や職場環境を達成することは少子化対策にも、また少子化対策と女性の就業率増加をめざす政策が矛盾を引き起こさないためにも重要である。

ワークライフバランスと夫婦関係満足度

これに続く筆者の研究(「ワーク・ライフ・バランスと夫婦関係満足度」『季刊家計経済研究』2007)では出生意欲への影響を通じて出生率にも影響する夫婦関係満足度の主な決定要因としてミクロな家庭レベルでのワークライフバランスの果たす役割を実証的に明らかにした。ワークライフバランスには2つの補完しあう側面がある。第1に人々が柔軟に働ける社会を実現することであり、企業の雇用のあり方や労働市場のあり方の改革が問題となる。第2に柔軟な働き方を通じて職業生活も家庭生活もともに充実した満足のいくものにすることで、個人や家族の選択が問題となる。この研究の主な関心は後者にあった。まず予備分析において、既に2人の子供がいるときは夫婦関係満足度の高さは出生意欲に影響しないが、1子目と2子目の出生意欲を大きく高めることを確認した。

夫婦関係満足度の決定要因として以下の2つの仮説をたてた。

(1)妻の夫婦関係満足度には精神的満足度と経済的満足度が主な構成要素としてあり、主として異なった決定要因に依存する。
(2)経済的満足度は、夫の収入や家族の資産など夫や家族の地位属性に依存するが、精神的満足度は主として夫婦の二者関係、特にともに生活する仕方に見られるワークライフバランスの特徴に依存する。

分析には家計経済研究所の『消費生活に関するパネル調査』のデータを用いた。この調査は女性を対象とする全国標本に基づくパネル調査であり、分析には結婚後二時点以上の観察のある有配偶の女性1117人のデータを用いた。

統計分析モデルとして、夫婦関係満足度の個人間格差についての情報は用いず、各個人の状態が変化したときに、その変化がその個人の夫婦関係満足度の変化に影響を与えたか否かを統計的に検定する回帰分析モデル(個人別固定効果モデル)を用いた。夫婦関係満足度の変化に影響を与えた変数とその影響の方向は重要度順に以下の表1の通りである。なお表中「主要生活活動」とは平日の「食事」と「くつろぎ」の2活動と休日の「くつろぎ」、「家事・育児」、「趣味・娯楽・スポーツ」の3活動計5活動をいう。

表1 妻の夫婦関係満足度の決定要因

表1で太字で示したものがワークライフバランスに関連する説明変数で、平日での夫婦の「食事」と「くつろぎ」の共有や対話時間、休日は「くつろぎ」に加えて夫婦の「家事・育児」や「趣味・娯楽・スポーツ」の共有や、夫の育児分担割合などが夫婦関係満足度に大きく影響することを示している。一方、世帯の預貯金・証券額の増加や夫の収入の増加は、影響はするが順位は下位となっている。

さらに妻の夫婦関係満足度は、夫の経済力への信頼度と「夫が心の支えとなっている」程度を表す夫への精神的信頼度を重要な構成要素として持つことを確認したが、夫婦関係満足度に対し「精神的信頼度」が「経済力信頼度」に比べ約3倍の貢献度を持つことが判明した。夫の経済力への信頼はもはや妻の夫婦関係満足度の主たる構成要素ではない。それぞれの決定要因の記述は省略するが、予想に反してワークライフバランスの特徴は、夫への精神的信頼度だけでなく、経済力信頼度へも影響することが判明した。

わが国の子育て世代の男性の残業時間が長く、また帰宅時間がきわめて遅いことは、労働時間の少ない欧州はもとより、中国や韓国などと比べても顕著である。これでは平日の夫婦の活動の共有や対話は物理的に制限されワークライフバランス達成は困難である。しかし労働需要が伸びると雇用調整を労働時間延長で行うわが国の雇用慣行のもとでは、雇用者の自主的な残業時間短縮を難しくさせている。また、以下に説明するように労働市場での就業時間のミスマッチングを引き起こし、ワークライフバランスを困難にしている。以下関連する新たな分析の結果の一部を紹介する。

就業時間のミスマッチング

今年5月26日の国際交流基金主催、筆者のオーガナイズによる「少子化とワークライフバランス:日本と世界」の国際シンポジウムでロンドン大学のハキム博士と討論者の亜細亜大学権丈英子准教授が、オランダは(1)雇用者が就業時間を決定する権利を法的に保障し、(2)フルタイム就業者とパートタイム就業者の待遇格差を禁止した結果(a)パートタイム就業者が増大し、(b)失業率が大幅に下がり、フルタイム就業とパートタイム就業間での(c)賃金率格差がなくなり、また(d)両者間の社会移動を増大した、と報告した。オランダの政策は失業率を減らしただけでなく、働き方による格差も減少させたのである。またこの結果「働き方の柔軟性による両立度」でもオランダはOECD諸国中最大値を取るようになり出生率も上昇した。

オランダが達成したのは、労働市場における「就業時間のミスマッチング」の解消である。労働市場のミスマッチングには主として2種類がある。ひとつは「人的資源と職のミスマッチング」で適材適所な職の配分が労働市場で達成されないことにより、能力を持つ人がそれに相応しい職につけない状態をいう。雇用の機会の均等が損なわれるほどこのミスマッチングは起こりやすいが、わが国では特に育児離職した女性が仕事の能力がありながらそれを生かせる職に再就職できないことなど、女性の人材活用が不十分なことと深く関係している。

2種目は「就業時間のミスマッチング」で、一方でより多くの時間働きたい人がおり、他方でより少ない時間働きたい人がいながら、雇用制度上の制約のため達成できない場合に起こる。フルタイム就業を希望しながらパートタイムの職についている不完全就業は一例であるが、下記で示すように多様なパターンがある。このミスマッチングは、一方で人材活用の不能率を生み、他方で意欲を欠く就業者を増大させるという弊害がある。

わが国の労働市場は企業が硬直化した雇用や労働時間配分を制度化しているために就業時間のミスマッチングが大きいと考えられる。これがどの程度広範に存在しているのかを調べるため、筆者は慶応大学が2000年に行った「アジアとの比較から見た家族・人口全国調査」の標本のうち20-49歳の有配偶の男女に対し週当たりの実際の勤務時間と、希望・選好する勤務時間の一致度を分析した。勤務時間について調査では(1)0時間、(2)1-15時間、(3)16-34時間、(4)35-41時間、(5)42-48時間、(6)49-59時間、(7)60時間以上の7区分を用いている。男女別に「実際の勤務時間」と「希望・選好勤務時間」のクロス表をつくり、それをパターン分けして割合を見たのが表2である。なお変数の分布について簡単に特徴を述べると、女性は実際に専業主婦(0時間勤務)は37%であるが、専業主婦を望むものはわずかに8%であり、一方実際には男性は週49時間以上とかなりの残業をしている者の割合が48%とほぼ半数おり、残業なしのフルタイム勤務者(週35-41時間)は17%であるのに対し、選好勤務時間では前者の割合が12%後者が44%と逆転している。

表2 実際の勤務時間と選好勤務時間の不一致のパターン

表2はわが国の現状について「実際」と「希望・選好」が一致しているのは、20-49歳の有配偶女性で3人に1人、男性では実に4人に1人という驚くべき結果を示している。男性の場合一致しないケースの大部分は「フルタイムのままで残業時間を少なくしたい」人たちで全体の50%にものぼる。またフルタイムでなくパートタイムや無職になりたいという男性もそれぞれ10%と6%もおり、勤務時間が60時間以上だと無職選好傾向が大きくなり、バーンアウトして就業意欲の無い者が現れることがわかる。一方女性では無職(専業主婦)だがパートタイムで働きたい人(25%)やフルタイムで働きたい人(7%)が多く、専業主婦に限ればその状態を選好する女性はわずか11%に過ぎない。これは求職活動をやめたので完全失業の定義では捕まらないいわゆる潜在失業者が専業主婦の大部分であることを意味する。一方フルタイムだがパートタイム就業を希望する女性や、残業時間を減らしたいという「男性型」パターンを持つ女性もそれぞれ10%、8%存在する。男女の主な違いは、女性は選好勤務時間が実際の勤務時間を上回るものが多数だが男性は正反対という点である。深刻なミスマッチングが存在していることは明らかだが、企業が男性労働を過度に用いる一方、女性労働を過小に用いている点がそのひとつの原因であることが見て取れる。

政策への意味

就業時間のミスマッチングを解消してワークライフバランスを向上させるにはどのような施策が考えられるだろうか。筆者は重要なのは(1)正規と非正規雇用者の待遇格差の解消・減少、(2)短時間正規社員の普及、(3)育児・介護離職者の再雇用、優先雇用、(4)恒常的残業の法的制限、(5)情報公開であると考える。正規・非正規の格差の解消はフルタイムとパートタイム就業の間の流動性と質のよいパートタイム就業を促進させるためで(2)も同趣旨である。育児・介護離職者の再雇用、優先雇用は一時的に専業主婦となる女性の雇用の促進策である。残業については英国のように一律に制限することも考えられるが、少なくとも恒常的残業は法的に制限し、過労による就業意欲の減少や健康への障害を取り除くべきと考える。情報公開は企業に育児休業所得や職種別平均残業時間、職種別男女比などワークライフバランスや男女共同参画に関する情報公開を義務づけることで、求職者の情報不足による選択ミスを減少させ、また実績の高い企業に求人上の優位を与える趣旨である。

なお来る8月28日にRIETI主催、筆者のオーガナイズで、「ワークライフバランスと男女共同参画」というシンポジウムを開催し、関連する話題を有識者間で議論する予定である。

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