Research & Review (2007年5月号)

中小・ベンチャー企業のイノベーションと東アジア・グローバル経営―「物」と「サービス」の視点から見た新しい企業成長の方向

三本松 進
一橋大学商学部客員教授・コンサルティングフェロー・中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー

2006年末に公表された本研究は、主に内外の大企業を対象とした2005年度の「日本企業のグローバル経営とイノベーション」の続編とも言うべき性格の研究で、従来、研究蓄積の少ない日本の中小・ベンチャー企業のイノベーションと東アジア・グローバル経営のあり方について研究している。この内容は、2006年6月、政府が策定・公表した「新経済成長戦略」の「物」と「サービス」のイノベーション、東アジア地域経済との連携等の目標と連動している。今回の研究は、本領域での新しいフレームワークによる本格的な研究に向けた第一歩であり、詳しい内容は経済産業研究所HPから検索可能であるので、本資料の内容を今後の関係方面の研究、実務、政策支援のフレームワークの方向として活用して頂けると幸いである。

研究の必要性

今後、日本の中小・ベンチャー企業として、最近のグローバルに知識経済化、サービス経済化してグローバル最適な分業が進展し、東アジア地域との経済連携の進展が見通される経済環境下において、その持続的な企業成長を図るためには、その製品・サービスの可能なイノベーションのフィールドを国内のみならず東アジア地域、さらにはグローバルな市場に拡大して実現する。これらによりダイナミックな競争力を確保し、必要な東アジア経営・グローバル経営を行って、国内を含む東アジア・グローバル市場で経営上の成果を上げていくことが望まれている。このために必要なイノベーションと東アジア・グローバル経営を統合的に管理する組織経営のあり方を解明し、新しい企業成長の方向を明らかにすることが求められている。

物とサービスの対比

(1)物
物は見えて在庫が効き、機能提供は安定しており、顧客は物から何回でも機能を引き出しうる。物は、顧客への提供機能を製品の構造・形態で実現するよう開発・設計。これにより、市場と離れた所で人が技術設備を使用して物の加工度を上げながら、事業化、量産化して、市場に供給。

(2)サービス
サービスには、1)同時性(生産と消費が同時に起きる)、2)消滅性(在庫が効かない)、3)無形性(見えない)、4)変動性(品質の変動)、5)顧客との協働生産性の商品特性がある。サービスは前記の特性により、顧客の不満・課題に対して、顧客のアプローチ可能な場所・時間で、人が技術・設備を使用して1回毎、ホスピタリティーに溢れたソリューションとしてのサービス供給を行い、顧客満足・顧客ロイヤルティーを獲得。サービス供給は、顧客への提供機能をサービスモデル化し、これを各種源泉(人、物、場所、設備、技術、ITシステム等)を組み合わせた供給システムで構造化し、組織・業務により、顧客にサービス供給される。

顧客獲得、サービス品質及び生産性の向上等により、売上増・コスト低減して、損益・資金の制約をクリア。

(3)共通点
経営者が人と技術・設備を組み合わせて、物(インプットをアウトプットに変換)、サービス(提供機能の形成と順次供給)のプロセス別に機能・業務チェーンを形成し、ルーティーン化して、経営管理しているところは共通。

組織能力

組織の能力とは、組織がそのプロセスを利用してインプットをアウトプットに変換するための有形資産と無形資産の組み合わせ方、即ち組織ルーティーンであって、企業の持つ固有の技術知識等と組み合わせることにより、製品・サービスの有効性・差別化、企業活動の効率性を向上させうるものである。うまく磨き上げられた組織能力は競争優位の源泉。これは、既存の製品、サービスの供給から新製品開発、マーケティングまでのどの種の企業活動でも追求できるもの。本研究は、従来の資源ベース理論から出発して、イノベーションの観点から補強し、ダイナミックで持続的な優位性の構築に向け、機能チェーンと組み合わせてモデル化し、企業成長を取り扱う新しい考え方である。最近の東大藤本隆宏教授の見解によれば「創造された設計情報を転写する媒体が有形ならば製造業、無形ならばサービス業である。広義のもの造りの組織能力とは、業種に応じた歴史に根差した企業固有の業務ルーティーンである」と説明。

全体フレームワークの構築

本研究では、前記の研究の必要性にあるように東アジア大でのイノベーションの実現による市場での経営上の成果の達成に必要な中小企業の組織経営のあり方を統合的に解明して新しい企業成長の方向を明らかにするため、研究上の分析の視点、日本の中小企業が直面する構造変化している経営環境の現状と課題等を明確にし、無形な組織の力の各要素のあり方、経営管理上の必要な条件等を明らかにして、物とサービスに分け、以下2つの全体フレームワークと1つの道筋の分類の考え方を構築した。

(1)製品供給企業のフレームワーク
(図表1参照)
これは基準となる加工組立て型の機械産業内の中小・ベンチャー企業を念頭に置いた企業成長のフレームワークである。

(2)サービス供給企業のフレームワーク
(図表2参照)
これは基準となる対人・施設提供サービスの中小・ベンチャー企業を念頭に置いた企業成長のフレームワークである。

(3)東アジア経営・グローバル経営に向けてのレベルと道筋の考え方
これは中小・ベンチャー企業の東アジア・グローバル経営にいたる道筋における本社と海外子会社の連携する組織能力の関係とレベル向上に伴う進化の方向を示す考え方である。

確認作業

日本の産業の中で、製品供給とサービス供給に分けて、広範囲な12業種に属する先進的なイノベーション主導で東アジア・グローバル経営を実践(又は志向)している中小・ベンチャー企業の12のケース(物8、サービス4)を取り上げて、これらのフレームワーク等の妥当性の確認作業を行った。

確認結果

(1)妥当性の確認
これらの全体フレームワーク等の妥当性は、前記の12のケースで概ね確認された。特にサービスについては、各ケース毎に新サービスモデルを記述し、この基準となる全体フレームワークの各種判断基準を援用して、その新モデルの優位性、有効性、成功の要因等を詳細に検討、評価している。ここではこれを省略するが、詳しくはHPを確認ください。

(2)経営管理上の必要な条件
物とサービスはその商品特性が異なるが、各種のイノベーションの実現の際における経営管理上の必要な条件は、物、サービスともに、通常個別最適に陥り易い各機能チェーンを全体最適化する仕組を構築運用することである。また、その持続可能な条件は、各参加者間の情報共有と、WIN-WINな関係を構築、運用していくことである。

提言

今回の全体フレームワーク構築及び12業種にわたる多様な企業のケース策定プロセスにおいて得られた知見に基づいて(1)企業成長と経営選択、全体最適な仕組構築、(2)リスクへの対応、(3)イノベーションマネジメント、(4)東アジア・グローバル経営と東アジア地域内でのイノベーション、(5)新しい人材育成のフレームワークの5点の提言を行っている。ここでは(4)、(5)の2点についてその内容を紹介しよう。

(1)東アジア・グローバル経営と東アジア地域内でのイノベーション
1)最近の動き
a 日本に産業上の優位性のある自動車等の機械産業に関連する中小企業を中心に、東アジア域内各国での東アジア市場を念頭に置いた物の既存品についての現地生産、地域内(現地)販売が見られ、これをグローバル経営に向けた発展のレベルで見ると東アジア経営と経営の東アジア化(現地人による経営)の事例が出てきている。

b サービス業における東アジア地域各国内でのサービスイノベーションに依る新サービスの供給の事例も出てきている。

c 特に最近の対東アジア向け製品・サービス輸出、現地生産・供給を行う企業の中には、東アジア地域各国での産業別のダイナミックな優位性の確保の状況(韓国…半導体、フラットパネル、造船、鉄鋼等、台湾…フラットパネル、半導体等、中国…製造品のコスト競争力等)に対応して、物(主に部品)・サービスの新製品のイノベーションの現場を東アジア地域、さらにはグローバルに拡大して、これらイノベーションを実現している事例が見られている。これらイノベーションが東アジア企業のイノベーションに連鎖し、結果として域内各国の企業のプロダクト・プロセスイノベーションの実現に役立ってきている。

2)今後の対応の方向
a 中小企業
今後、このようなイノベーションを東アジア地域大で新たに実現して、グローバルにダイナミックな競争力を確保して、輸出拡大、現地生産・現地販売の拡大等を模索するためには、各社の業種、経営実態に応じて自主・自律したイノベーションマネジメントと東アジア経営、経営の東アジア化に向けた取組みを開始する必要があろう。

b 政府
政府としても、今後の中小企業の東アジア地域への進出に際し、従来の国別の障壁の除去に加え、東アジア地域内全体でのグローバル最適な生産分業、イノベーションの実現等を支援するメニューの検討が必要となってきている。

(2)新しい人材育成のフレームワーク
本研究において、中小・ベンチャー企業のイノベーション戦略、企業の成長戦略形成にとって必要な社内の統合的・組織横断的・水平的な組織能力を東アジア経営、経営の東アジア化の次元に展開すれば、グローバルな経営環境の複雑性を処理するため、1)現地子会社、2)各事業部、3)経営トップの各層に亘る異文化マネジメント、リスク管理、資金管理、技術・生産管理が必要となり、現地の経営人材及び雇用者に対する人材育成における課題(訪日のビザ取得、日本語教育、給与体系の整備、研修制度等)への対応の要素も追加される。

1)中小企業
従って、中小企業として、政府の支援策を活用しつつ、東アジア経営、経営の東アジア化に向けての持続的な国内での経営人材及びスタッフ、また、現地での経営人材、従業員の人材育成を行っていく必要がある。

2)政府
特に、今後東アジア共同体構築のための10年の間に、次世代の現地経営人材育成を行うためには、政府として、中小企業を始めとする経営資源の少ない企業の東アジア経営・経営の東アジア化の促進に向けての支援として、例えば日本に現在留学している東アジアの優秀な人材をこれらの社員として雇用し、将来、これらの中から選抜して現地経営人材に登用するための必要なスキーム構築と支援を検討することが望まれている(アジア人財資金構想)。

文献

2007年5月25日掲載