ブレイン・ストーミング最前線 (2006年8月号)

集積型産業発展―温州と重慶の事例

大塚 啓二郎
国際開発高等教育機構主任研究員

産業集積とその利益

ファッションの世界でミラノがパリを圧倒しているのは、周辺地域に柔軟なアパレルシステムがあり、製品をすぐに生み出せるからであるといわれますが、産業集積の例としてはシリコンバレーが有名ですが、中国では中関村や温州、江蘇省などで、インドではバンガロールやハイデラバード、バングラデシュのダッカ、北ベトナムの村にも集積が形成されています。グローバリゼーションによってボーダレス化が進んだ現代は、少ない数の強い集積だけが生き残れる時代でもあります。

開発経済学の分野でも、貧困削減には産業を発展させ、雇用を創出することが必要との見方が増えていますが、集積を産業発展という視点でとらえた研究は、ほぼ皆無です。産業集積の定義は様々ですが、ここでは「類似ならびに関連する財を生産する多数の企業が密集している地域」とします。例えば、部品企業と最終製品製造企業が多数存在している状況です。産業集積は、トヨタに代表される城下町型と、特に大きな企業が存在しない中小企業型とにわかれます。集積のメリットとしてアルフレッド・マーシャルは、情報のスピルオーバー(模倣)、企業間分業、熟練労働市場の発達の3つをあげました。換言すれば、集積地以外に立地してしまうと新しい情報に接しにくく、部品の調達に事欠き、腕のある労働者を見つけにくいということです。従って新企業は積極的に集積に入ろうとし、集積が拡大するという好循環が生まれるというわけです。

これに対し我々は、集積の利益はそれだけではないと考えています。まず、集積の経済学には商人という視点が欠けています。狭い地域に企業が密集すると常に噂が飛び交うため、インチキをやってもすぐにばれて、商人が来なくなります。同様に、企業は評判の悪い商人とは取引しません。評判が巡ることで取引費用の節約につながるわけで、「商人と企業の取引費用の節約」と名付けることができます。

また、量的拡大期の集積にはデザイナーや技術者、商人や部品企業等、様々な人が集まって革新の機会が拡大し、シュンペーターのいう新結合の可能性が高くなります。これは既存の資源を利用し直すことで、例えば商人だった人が販売人に雇われる、市場(いちば)で売っていた部品屋が下請けになるといったことです。集積の議論では、これまで模倣が強調されていましたが、革新がなければ模倣もないし、模倣だけでは前進できません。そういう意味で、革新の機会の拡大という論点も抜けていたのではないでしょうか。

内生的産業発展モデルと多面的革新

調査方法は、まず現場で丁寧に聴き取りを行い、その後質問票を配付・回収しました。アジアやアフリカなどいくつか調べた結果わかったのは、成功した集積の基本的な発展パターンは、国や産業に関係なく驚くほど類似しているということです。そのパターンは、始発、量的拡大、質的向上の三段階からなる内生的産業発展モデルで説明できます。

始発期には、内的な力によって創始者が登場します。その際、アパレルや靴など、生産は簡単だが販売が難しい場合は商人が、機械などのように製造は難しいが販売は簡単な産業では、技術者がリーダーとなる傾向が強いようです。ものづくりにおいては初期に大変な労苦を伴うので、途上国の場合は先進国製品のまねから始めることが多い傾向があります。その次に追随者が生まれ、創始者を模倣します。

これが量的拡大期で、低級品を作る企業が続出して集積が形成されます。ここでは当初収益が出ますが、低級品の大量生産にともなって次第に値崩れを起こし、利潤は減少します。

利潤を回復するために多面的革新が生まれ、質的向上期に入ります。多面的革新に失敗した企業は淘汰され、成功した企業は大企業に成長します。こうして集積内に残った企業によって質的競争が激化するというわけです。

こうしたサイクルでみた場合、量的拡大の段階で止まっている例も少なくありませんが、アジアがうまくいったのは次のステップに行くことができたからです。生き残るには、製品の質を上げることが先決ですが、それだけでは不十分で、多面的革新が決め手となります。1990年頃、中国製品は売れませんでした。「中国製=不良品」というイメージのためです。よい製品をそれなりに高く売るには、企業イメージの改善やブランドイメージの確立が必要ですし、他の製品と混ざらないような販路を独自に確保することも大切です。

それ以外にも必要なものがあります。高品質で差別化された製品が作れるようになると特注品の需要が生まれますが、特注品の部品には新しいアイデアが含まれているため、部品屋に見せてしまうとアイデアが他企業に売られる恐れがあります。特注品をきちんと生産し、かつライバル社に隠しておくには、長期下請け関係の確立が必要であり、そうすれば生産規模を拡大して収益を増やすことにつながります。革新に失敗した企業を吸収するというチャンスもあり、その場合マネジメントの改善も重要です。また、多面的革新を行うにはいろいろな面を総合的に捉える能力が求められるため、高学歴の企業家が活躍します。

温州モデルとその分析

こうした産業発展の視点から集積を調査するにあたり、我々は貧困削減につながる雇用創出という問題意識から、労働集約的な産業の育成に関心があったので、多面的革新の成功例として中国の温州と重慶を選びました。このうち温州は、耕地の狭い寒村で、最初は農家の主婦が内職し、夫が枕カバー等の雑貨を全国に売り歩いていましたが、そのうち海外に移民するようになり、非合法ながらその数は200万人とされます。国内の大都市に移住した人も多く、彼らは各地に温州市場を建設し、温州製品を販売するようになりました。

豊かな江蘇省などに比べ、浙江省にはもともと国営企業も郷鎮企業もなく、その意味でお手本がありませんでしたが、1990年代半ばまでに温州は、アパレル、靴、シャンデリア、ライター、弱電、灌漑ポンプといった労働集約的製品の集積が地区(衛星都市のようになった下級の市)ごとに形成されるという驚くべき発展を遂げました。彼らは週末に国営企業の技術者を招いて指導を受け、製品は全国の温州商人にのみ販売されました。温州の1人当たり実質国内総生産(GDP)指数を中国全体と比べると、経済改革が始まった1978年の温州のGDPは国平均の6割の水準でしたが、1992年に平均に追いつき、今では、国の2倍強に達しています。

背景には、市政府が1980年代前半に市場(いちば)を建設し、取引がスムーズになったことがあります。80年代後半になると製品価格が低下し始めたため、1社が検査機を導入し、品質改善にとりくむようになりました。その後、多面的革新を実現して、1990年代に質的向上に成功すると、市は今度は工業区を建設し、企業を誘致しました。これも集積発展を促進する上で大きな効果をもたらしたと思われます。温州製品は悪いイメージを持たれていましたが、苦労のすえ、これも払拭しました。

温州の集積が80年代に量的拡大期にあったということは、調査した112社の大半が80年代設立だったことからも明らかです。質的向上期に移行するようになって参入が減るようになりましたが、この間、企業の販売員や商人の重要性が高まり、吸収・合併もありました。その結果、1社当たりの平均付加価値額は1990~95年で3倍に、1995~2000年では10倍に増加しましたが、子会社も数えれば5年間で16倍増加した計算になります。これが多面的革新の成果であり、技術者の増加や、長期的下請けが成長を支えたのです。販路も、かつては地元の市場や商人が大半でしたが、2000年には販売員・代理店による直接販売が78%を占めるようになりました。

温州では、企業グループも形成されました。形成のタイミングによって独創的企業、革新的企業、追随企業、グループに参加しなかった独立型企業、子会社化された企業とに分類して分析したところ、最終的に競争に勝った革新的企業は技術者を多数雇い入れていることがわかりました。また、1990年代に一番儲かっていなかったのがこれら革新的企業というのも、興味深い点です。品質は高いのに価格は安く、経費だけは高くかかってしまったのです。しかし、その後儲けは大きく増えました。ブランドイメージの確立や、販路の開拓が重要であることがわかります。

まとめると、温州モデルのポイントは、市場(材料と製品)の建設が企業の新規参入を促し、工業区の建設によって集積の拡大が促進したという点で、集積の形成における政府の役割の重要性を示すものです。産業が飛躍するには多面的革新が必要で、これもポイントです。

重慶モデルとその分析

重慶の場合は、オートバイ生産ですがやはり集積依存型で、市政府が工業区を建設しています。温州と違うのは技術者主導という点です。1980年頃、兵器を製造していた国営企業と日本のオートバイメーカーが合弁で生産を始めたのがきっかけですが、毛沢東の「三線政策」により、重慶では既に重工業のベースができていたことが重要な点です。重慶では、私企業を含む郷鎮企業が、都市の国営企業から技術者や経営者を引き抜いて、知識を根こそぎ吸収し、いわば踏み台にして発展しました。このやり方は江蘇省と似ており、重慶モデルは、蘇南モデルと温州モデルの長所を取ったとも言えるでしょう。多面的改革にもかなり成功しています。

調査では独立型私企業のうち元気の良い3社、すなわちビッグ3に着目し、国有企業との比較を行いました。生産台数では、1995年には国有企業の45万1000台に対し、ビッグ3は平均7000台でしたが、2001年には国有企業の生産台数は26万台に減少し、ビッグ3は59万5000台に伸びています。1台あたりの価格とエンジンの質も比較してみました。重慶モデルでも、量的拡大の兆候である値崩れが起きており、特に大きく崩れたのが国有企業です。ところが調べたところ、平均価格は両者とも大差ありませんでしたが、エンジンの質ではビッグ3が国有企業より優っていました。国有企業のエンジンの質は、小さな独立系企業にも劣るのに、価格は高かった。

ビッグ3がやったことは、国有企業から多数引き抜いた技術者をどんどん雇用したことです。国有企業から社長を迎えた例もあります。研究開発も増やしました。分析を進めると、企業が成長する上で、こうして引き抜いた技術者や経営者の存在が寄与したことが明らかになりました。R&D支出も重要な決定因であり、企業間分業(=子会社との下請け関係)もプラス効果をもたらしたことが示唆されました。このように重慶モデルでは、国営企業がモデルプラントの役割を果たし、私企業の発展を支援したことは内生的発展モデルにない点ですが、その他については基本的に同じです。

まとめ

エチオピアの靴やバングラデシュのアパレルなど、成功した産業発展のパターンは酷似しています。カギとなるのは、質的向上に移行できるか否かであり、そこで大切なのは経営者能力、特に教育と、海外からの技術の吸収です。エチオピアはイタリアから、中国は日本や台湾から学びました。今はベトナムが中国から学んでいます。

集積の育成段階で政府が市場や工業区を建設することは効果的で、質的向上への発展段階でも政府の支援は重要です。特に、模倣が広がることは、革新に対して社会的に過少な投資しか行われないということであり、私的利益と社会的利益が乖離するので、ここは政府が支援すべきです。質的向上に移行できない、あるいは十分に移行できていない集積には、トレーニングを行ってはどうでしょう。多面的革新を起こすには、従来型の技術支援だけでは不十分で、経営やマーケティングの知識を習得する必要があるからです。タイミングも重要で、量的拡大期の終盤、価格が低迷し始め、企業家が新しい知識を渇望している時期に、技術と経営の知識を普及することに意味がありますので、そうしたプログラムを援助機関にもよびかけています。

質疑応答

Q:

質的向上に移行できない集積に関し、誰にどのようなトレーニングを実施すべきでしょう。

A:

今までは労働者に対して技術的トレーニングが多かったと思いますが、我々が考えているのは経営者、可能ならその右腕となる人達を対象に、販売やマネジメントのやり方を教えることです。理想的には、トレーニングの前後に比較調査を行ってプログラムにフィードバックしたいと考えており、政府開発援助(ODA)として画期的だと思います。

Q:

質的拡大への過渡期に政府が支援する場合、一般に途上国政府が市場状態を分析するのは能力的に難しいと思いますが、タイミングをはかるわかりやすいメルクマールとして、例えば利潤の減少は指標となりうるでしょうか。また、輸入代替工業化から輸出志向工業化への転換と、量的拡大から質的拡大への転換の間に相関性はありますか。

A:

エチオピアの靴の場合、従業員規模が平均8~10人の企業が約1000社ありましたが、政府はこれらについてまったく知りませんでした。ケニアも同様で、家族経営的企業が1000社ありましたが、政府は把握していません。こうした国では税金逃れのために隠れている企業もいますが、小企業が500~1000社になれば、量的拡大の後半に入っているとみなせるので、多面的革新に向けた支援のチャンスでしょう。
また、途上国の工業化というと海外直接投資(FDI)がいわれます。それも重要ですが、国によっては、レベルの高すぎる直接投資を呼び込んだために模倣できず、地元産業が育たない例もあります。飛び地的になってしまって集積の形成に至らないのです。輸入代替の場合はレベルが高いので、もう少し下層のところから伸ばし、支援産業ができた段階で先進的産業に移るのが良いと考えます。

Q:

創始者が登場し、生産方法を確立する上で必要な条件があるでしょうか。また世界的には、知的財産権保護の観点から模倣に反対する声が高まっており、途上国は今後模倣しにくくなると思いますが。

A:

最初の質問については、経路依存ですね。温州の場合は温州商人がアイデアをもたらし、重慶の場合は重工業が発展していたことが大きな役割を果たしましたが、途上国では難しい面もありますので、バックグラウンドがあまり必要でないアパレルや靴、金属加工など、簡単に始められる産業から入っていくのが望ましいでしょう。模倣の問題についてはご指摘の通り、中国の革新は我々から見れば模倣的革新で、革新的革新ではありません。知的所有権の保護を強化するほど、途上国は難しい局面に直面することになります。

*本講演の内容は、日経・経済図書文化賞を受賞した『産業発展のルーツと戦略―日中台の経験に学ぶ』(園部哲史・大塚啓二郎著、2004年7月・知泉書館)に基づくものです。

※本稿は6月13日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2006年9月8日掲載

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