ブレイン・ストーミング最前線 (2006年5月号)

日本経済の成長ポテンシャル――内発的イノベーションの時代

宮川 努
ファカルティフェロー/学習院大学経済学部教授

本日は「日本経済の成長ポテンシャル」ということで、生産性を中心として経済成長を考えるときにポイントになるところをご説明します。生産性の議論は、2000年ぐらいに入ってから急速に経済学者の注目を集めてきました。その背景には90年に始まる日本経済の長期停滞の原因を探ることがあります。従って、まず90年代からの日本経済の軌跡をたどり、どうして生産性の議論が注目を浴びるようになったのかをお話しします。

日本経済の軌跡

1990~2005年までの約15年間を、私は3つの期間に分けて分析しています。最初は1990~97年、バブル崩壊に伴う深刻な不況期です。このうち1993~97年までは政府の財政金融政策もあって、緩やかな景気回復が起きましたが、従来型の景気政策では不良債権を解消できなかったことのツケが、次のさらに大きな停滞期につながりました。1997~2001年の第二期では、大型金融機関の経営破綻が起こり、この時期を境に、民間部門は政府に対する期待を捨て、自助努力で経営を立て直そうと債務や労働部門の大幅なリストラを行いました。また、消費税率や医療保険料率も上がって消費が一段と落ちこみ、長期停滞の谷が深刻化しました。ようやく明るくなったのが、2002年から現在に至る回復期で、その要因の1つは97年頃に始まった大幅なリストラで、2つめは日本に技術革新の力が残っていたことです。3つめに、これが最大の要因かもしれませんが、10%前後の成長率を維持する中国が外需の大きな主体として現れたことです。

こうした直接的な景気の要因に対し、経済学的にはどういった要因が議論されてきたのでしょうか。90年代後半から2000年代初めにかけて、経済の長期停滞の要因について、2つの大きな考え方がありました。1つは、デフレの解消なくして経済の回復は望めないという考えです。デフレはどちらかというと金融の要因ですから、金融政策をしっかりしなくてはいけないというのがこの主張の一番の力点です。もう1つは、実物的要因が重要だという見方、つまり、日本経済が90年代から長期の停滞に入ったのは生産性上昇率が低下したのだという議論です。生産性上昇率の低下に対しては、従来型の金融政策や財政政策では経済の回復は望めない、むしろ技術力を伸ばすような政策や構造的な問題に取りくまなくてはいけないという議論です。

今回の景気回復では、たとえば公的資本形成は大きくマイナスになっているので、財政政策はあまり寄与していない、一方、2000年代初めからのゼロ金利政策と量的緩和政策について、未だはっきりした評価は出せませんが、先にデフレが解消して景気が回復したとは言い難いのではないか。そういう意味で、今回の景気回復の要因としては実物的要因に着目した方がよく、日本経済の中長期的成長を考える上では、生産性の問題が非常に重要になると思います。

生産性と成長力

生産性には2つの概念があります。1つは「労働生産性」で、マクロレベルでは労働者1人当たりの付加価値、産業レベルでは労働者1人当たりの生産量ととらえます。昔、JRの駅には改札の人や切符を販売する駅員が大勢いましたが、今は自動改札機や自動券売機に置き換えられています。しかし、電車の本数や乗降客が減ったわけではなく、資本と技術力によって駅員1人当たりの乗降客や輸送量が飛躍的に増えたのです。これを企業レベルでは労働生産性が上昇したと考えます。

ただし、資本を増やせば生産性が上がるとは限りません。それが2番目の「全要素生産性」の問題です。全要素生産性(TFP)とは、生産要素の組み合わせ全体に対する付加価値や生産量のことで、労働や資本などの生産要素を増やしても限度があるとされています。投入した生産要素全体に対し、どれだけ付加価値や生産量を上げられるかが重要だということで、我々も最近はこのTFPに着目しています。

TFPをどうやって測るかは難しい問題ですが、ソローが提起した成長会計の考え方では、資本、労働力、中間投入の各増加率に各分配率を掛け、TFPの上昇率を足し合わせたものが生産量増加率になり、従って総計である生産量増加率から各生産要素の寄与を差し引いた残りがTFP上昇率になります。TFP上昇率は直接測るものではないため、推計方法によって異なる結果が出ていますが、程度の差はあれ、80年代から90年代にかけて日本のTFPの上昇率は下がってきたと言ってよいと思います。JIP 2006データベース※を用いた推計では、マクロのTFP上昇率は、1980年代の年率1.29%から、90年代には同0.58%へと0.71%低下しています。
※(Japan Industrial Productivity Database 2006...日本産業生産性データベース2006年版) 経済産業研究所の産業・企業生産性プロジェクトが完成させた、日本の産業構造と産業別全要素生産性を研究するためのデータベース。

この要因について、従来は技術進歩率が低下したためと考えられてきましたが、最近はそれ以外の要素も大きく注目されています。産業レベルから見た生産性低下の要因は、一言でいうと「産業ダイナミズムの欠如」です。90年代にアメリカが復活したのは、古い産業に代わって新しくIT産業が出てきた、つまり、産業や企業の新陳代謝が経済全体の生産性を底上げしたためとみられていますが、日本では逆のことが起きています。生産性の高い産業に労働や資本が移動しないため、生産性の低い産業や企業が市場にとどまっており、これが長期停滞につながったという分析です。もう1つの要因は、90年代、日本ではIT化や規制改革がかなり進みましたが、それが産業内の生産要素、資本や中間投入の構成、特に労働の構成をうまく変えることができず、そのために生産性の向上に繋がらなかったという結果が得られています。

産業の変化について、私はJIP 2006データベースを用いて、108の産業の成長率の累積寄与率、つまり各産業が経済成長に対しどれだけ寄与しているかを5年ごとに調べたところ、70年代はどの産業もある程度成長していました。ところが、90年代以降になるとマイナスの産業が増え、90年代後半には60以上の産業がマイナス成長で、残り40産業くらいで全体の成長を支えるという、勝ち組と負け組がはっきりした状況になりました。成長率の高い産業は70年代前半は建設・土木、80年代は自動車などの加工組立て型産業、90年代後半は情報や通信サービス業です。また、こうした変化は供給サイドだけではなく、需要サイドでも起きており、90年代後半からはデジタルカメラやDVDプレーヤーが急速に普及してきました。しかし、それらの産業は、成長率は高いが、資源の移動が進まないといった理由などにより、経済全体に対する波及度が小さいといえます。

労働生産性を要因分解してみると、TFP変化率などは90年代後半以降、やや回復しつつありますが、問題なのが労働再配分効果です。労働者が低生産性部門にとどまって高生産性部門に移動しないため、結果として労働生産性上昇率を引き下げる効果をもたらしているのです。そう考えると、日本は技術進歩率が落ちたと言われますが、それだけでなく、高生産性部門と低生産性部門の格差が大きくなり、低生産性部門から高生産性部門への労働や資本の移動が少なくなったということが90年代後半から2000年代初期までの日本経済の問題点であったと考えています。

生産性向上の方策

このように今後の中長期の成長を考える上で、生産性は不可欠です。日本は昨年人口が減少しましたが、私は人口減少は大きな制約要因ではないと考えています。既に90年代半ばから生産年齢人口は減少しているにもかかわらず経済は0~2%台の成長を遂げてきたからです。ですから、経済成長を支えている資本蓄積とTFPをどのように上昇させるかが、これからのポイントになります。

(1)資本蓄積の課題
生産性向上にとって資本蓄積の問題は重要な要素です。米国のIT化の議論を聞いていると、単に資本の量が増えただけでなく質が上がったことが注目されていますが、日本では経済停滞期に資本が老朽化してしまいました。産業別に設備年齢を調べると、多くの伝統的産業で、2002年の設備が1970年当時より約7~8年老朽化しています。日本は、米国のIT産業のように突出した企業・産業がリードするのと違い、産業の連携によって技術を向上してきたのであり、そのためには幅広い産業で質の高い資本を維持することが重要です。その意味では、設備の更新投資を積極化させる必要があると思います。

(2)IT化の推進
日本のIT化は、90年代後半に比べれば量的に充足してきました。2000年にIT投資促進税制が導入され、シミュレーションではIT投資は増加しています。問題は、IT投資がかなり増えたのに、なぜ生産性は上がらないかということです。米国では卸売、金融・保険、小売業、サービスなどの産業で、IT投資化が進むにつれてTFPも上昇するという、緩やかな正の相関関係が見られますが、日本では、サービスや商業、建設でIT投資は増えたのにTFPは上昇していません。これはやはり、IT資本の蓄積に伴う人材育成や組織変革が十分にできていないことが挙げられます。今後はサービス部門で、より実質的なIT化を進める必要があるでしょう。

(3)人材の育成
労働者の適切な配分は経済全体の生産性にとって最大の問題です。短期的には、団塊の世代が大量に非労働力化する2007年頃までに、部門間、世代間の労働力配分を是正していくことが必要です。特に、90年代後半から2000年代初期に職に就けなかった若年層を、積極的な中途採用などで補充する必要があると思います。
2007年以降の長期的な人材育成問題は、産業別に考えるべきです。モノづくりにおいては、技術の伝承が必要ですし、OJTの手を抜くべきではありません。こうした人材の育成費用についても税制面での優遇を考えるべきだと思います。一方、非製造業については、従来型の人材育成がよいとは限らず、特に金融技術、国際的な法・会計制度などについての標準的考え方を、高等教育機関を通じて修得させる必要があります。その結果として、労働者の流動化は避けられませんが、企業側もそれを容認していくべきでしょう。介護、看護、ハウスキーパーのような職業で、日本の制度に合わせて外国人移民の労働者を認めれば、女性の社会進出と少子化の緩和に役立つのではないかと思います。

(4)組織資本の建て直し
日本経済の回復は、企業が必死にリストラをやって収益を回復したわけであり、かつての日本的経営のような新しいビジネス・モデルが出現したわけではなく、IT資本の蓄積が生産性の向上に十分寄与したわけでもありません。多くの企業が技術革新をうまく利用して生産性を向上させるには、組織資本(無形資産)を蓄積していく必要があると思います。その方法として、1つは、M&Aを活発化させ、いろいろな組織資本がうまくマーケットで交流していくことが必要です。もう1つは、新たな経営力・組織資本を輸入することです。これは、対日直接投資の活発化、地方経済の活性化にもつながると思います。

(5)政府の役割
これからの政府の役割について、私自身は、小さな政府か大きな政府かという議論はあまり建設的ではなく、重要なのは民間部門の活力を引き出すことだと考えます。その意味で、新たな産業政策が必要だと思います。官から民へだけでは協調の失敗が起きて、民間も適切な産業やマーケットを選ぶことができないかもしれません。官と民が情報を共有することでそれをなくすことが非常に重要です。具体的には、設備更新のための税制措置や、技術革新のテンポに合わせた研究開発投資の促進、そして公共投資も更新投資を中心に見直すべきと考えます。研修費に対する税制上の優遇措置も有効です。マクロ的には、やはり税制改革は重要です。金融政策では、金利機能を回復しなければ、もう1つの問題である貯蓄率の低下に対応して海外から安定的資金を導入できないだろうと考えます。

中期的成長の展望

以上をふまえ、IT投資の持続的な増加、労働市場の改善、その他の知識資本に伴う生産性の向上策を採れば、中期的には実質2%の経済成長は可能だと思っています。これは、資本寄与率が1.5%、労働寄与率が約マイナス0.5%で、1%の技術進歩率があれば、大体2%の成長は可能になるという計算ですが、条件が揃わなければ1~1.5%程度にとどまり、何もしなければ、長期的には0~0.5%に収束していくと考えられます。

その成長をさらに持続するためには十分な貯蓄があるのかどうかが問題です。現在日本の貯蓄率が低い背景には低金利がもたらす影響も大きいと思いますが、高齢化の進展によって今後も進行していくでしょう。ただ、貯蓄率の低下そのものを悲観することはありません。米国も実は貯蓄不足の経済です。にもかかわらず90年代、4%程度の成長率を実現したということは、安定した金融市場があり、その安定性をFRBが保証していたわけですから、日本でも不可能ではないでしょう。むしろ金融政策は、より市場との対話が必要な、新たな段階に来ていると考えています。

質疑応答

Q:

日本の労働再配分の難しさは70年代、80年代にもあったと思いますが、なぜ特に90年代が生産性低下の要因としてクローズアップされるのでしょうか。

A:

70~80年代は多くの産業が成長していたので、労働が多く移動する必要がありませんでした。ところが90年代は、生産性や成長性の多い産業は非常に限られ、大半はマイナス成長しかできない。この産業構造の変化が大きかったのです。従って、成長産業へ労働が移動していくことが非常に重要ということです。

Q:

供給サイドの話はわかりますが、総需要については、少子高齢化に伴って縮小していくのではないでしょうか。

A:

確かに、国内だけで考えれば人口減に伴って需要も減っていくでしょうが世界規模でみれば拡大します。日本はトヨタなどの一部企業がグローバル化の恩恵を受けているのが現状ですが、本来はサービス業なども、ウォルマートやP&Gのように組織資本や経営を確立し、外での需要を開拓すべきです。日本企業は内需に焦点を当てすぎているのではないでしょうか。

※本稿は3月6日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2006年5月22日掲載