ブレイン・ストーミング最前線 (2006年2月号)

東アジア自由貿易協定(EAFTA)の今後の展望と中国の戦略

張 蘊嶺
中国社会科学院アジア太平洋研究所長

私は、東アジアにおける地域貿易協定(RTA)の将来の展望をとりまとめるタスク・フォースに参加しているのですが、アジアにおいては、RTAへの新たな動きを推し進めるような出来事がこれまでにいくつか起こっていると思います。

第1は、1992年のヨーロッパの単一市場の誕生で、これが東アジア地域全域にわたる単一市場の可能性に関する新たな構想を生み出しました。第2は、世界貿易機関(WTO)のドーハラウンドが遅々として進まない状況にあるということです。第3には、東アジアでは経済界の力が極めて強くなりつつあり、そのため政府は国内経済の発展をさらに求められていることがあります。第4には、新たなアイディアを実現化する上で、制度や政策のハーモナイゼーションが重要になってきているということです。

東アジアにおける政治的な活動は国境を越えつつあり、今こそRTAへの新たな動きを確固とした経済的パートナーシップとして実現する時が来ています。

EAFTAの必要性

東アジア自由貿易協定(EAFTA)を創設すべき理由について論じるには、これまでの経済発展段階を歴史的に見る必要があります。そこには、東アジアの経済統合に向けた動きが見て取れるからです。

域内の経済統合を推し進めるような動きは、東アジアでこれまで3回にわたって見られました。第1の波は、円高に続いて1980年代に日本から東南アジア諸国連合(ASEAN)に向けて行われた海外直接投資です。第2の波は、1990年以降の「4匹の竜」(香港、韓国、シンガポール、台湾)から東アジアに向けた海外直接投資です。第3の波は、中国の経済的な台頭と、金融危機の発生後も続く経済成長で、中国に対して海外直接投資が流入し、1990年代後半以降は中国が新たな投資・貿易の中心地になりました。これらの3つの発展段階を経て、東アジアの地域経済はすでに高度に統合されていると言えます。

このような基盤がEAFTAへとつながる理由としては、いくつかの点が挙げられます。1つには、現在のような市場主導型の統合の場合、そのままの状態だと弱点があることです。例えば、東アジア諸国の一方的自由化アプローチは、既に各国にある程度の利益をもたらしてはいますが、各国によって大きく異なっています。この相違は、市場による生産ネットワークの形成に遅れをもたらしています。また、別の弱点は、関税障壁がない分野での市場統合でしかないということです。関税障壁のある分野が極めて多いため、結局のところビジネスが極めて高コストになっています。さらに、制度的な枠組みや結合も欠如しており、この点は過去に起こった金融危機を見れば明らかです。制度的枠組みの欠如は、地域経済を脆弱なものにしています。

このように、東アジア経済は、ある程度統合が進んでいても依然として障壁が存在するため、新規の生産、貿易、投資が発生しても域内全域にわたるネットワーク形成が容易にはできない状況にあるのです。

従って、東アジア市場に関し、確固とした統合的アプローチをとる必要があることは明白ですが、域内の各国の経済的な優先課題はそれぞれ異なっています。多国間の取り組みは、域内においても他の地域との間においても、EAFTAに向けた統一的或いは標準的な手続きを創るための経済的優先課題の設定がなされないままで行われています。このような将来的な枠組みの構築には、ASEANが中心的な役割を果たすべきです。

EAFTAに向けた専門家グループの検討

幸いなことに、私たちは、今や政治的なイニシアティヴを有しています。2004年、日中韓の経済担当閣僚が、より統合的なアプローチの実現可能性を検討する合同専門家グループを設置することを決定し、いわゆるフィージビリティ・スタデイを行っています。この専門家グループが、EAFTAのあり方に貢献する報告書の作成に重要な役割を果たすことが期待されます。

この専門家グループの調査によれば、東アジア市場への、より統合的アプローチのために使えるモデルは複数存在していますが、それらのどのモデルを用いても、EAFTAが実現すれば、域内の各国に経済的利益が生まれる可能性が最大限に存在することが示されています。このような統合を実現するには、個別の貿易協定の存在意義をある程度容認しつつ、これらの協定を統合できるようなシステムを構築する必要があります。

応用一般均衡(CGE)分析を行って、プラス効果の絶対量について試算を行ったところ、ASEANを基軸とした、他のどの自由貿易協定(ASEAN―中国、ASEAN―日本―中国、ASEAN―中国―韓国)でも、少なくとも1カ国でマイナス効果が発生することになります。EAFTAの下でのみ、これら3カ国のすべてにおいて経済的なプラス効果を実現できるのです。

FTAへの取り組み状況とEAFTAへの道

このような統合的アプローチによって、理論的モデルを確固たる経済的システムに移行するにはどうすればよいのでしょうか。2つの異なる枠組みがありえます。

1つは、北東アジアと東南アジアの協定を合体するというものです(NEAFTAイニシアティヴ+AFTA)。北東アジア自由貿易協定については、約3年前に中国が提案した構想であり、中韓間の構想です。最近になって、韓国政府は、ついに、この関連の調査を中国と共同で開始するという決定を行いました。また、日中間の構想については、中国側が強い関心を抱いています。ある程度の調査はすでに実施されており、私自身も日本貿易振興機構(JETRO)との調査研究に、本年中の完了を目指し、携わっているところです。ただし、実際の政策決定については、まだ何も明確化されていません。日本政府は、中国側の誠意を確認するものとして投資協定を締結したいとの意向があるように思われます。これらの交渉は決着までに時間を要するため、NEAFTAをいつ始動できるかという点は不透明です。

EAFTAの実現に向けて考えられる、もう1つのアプローチは、3種類の「10プラス1」協定、具体的には、中国―ASEAN、日本―ASEAN、韓国―ASEANが挙げられます。中国は、2001年にこの取り組みに着手し、一昨年、ASEANとの自由貿易協定を締結し、7月から施行されています。サービス・投資協定については現在交渉中であり、本年中に交渉が妥結することが期待されています。日本は二国間協定の締結を進めており、その後、日―ASEAN体制に移行すると思われます。韓国では、先日、政府機関を設けて、協議を開始したところです。従って、10プラス1に向けた動きは、調和の取れた形で相互に機能していくと考えられます。理想を言えば、これら3種類の10プラス1の自由貿易協定については、2007年までにすべて締結され、2008年から実施されることが望ましいと考えます。合同専門家グループの報告書に基づいたイニシアティヴが支持を得て、2008年に3種類の10プラス1協定を開始する礎として貢献することを期待しています。

EAFTAに関しては、すでに有意義な進展が見られます。我々は、各種の取り組みによって生み出されたいくつかの成果を一緒にすることが可能です。成果の例としては、日本とシンガポールとの間の経済連携協定(EPA)モデルが挙げられますが、この場合、高度な制度の調和が必要になります。また、別の成果としては、中国―ASEAN自由貿易協定(CAFTA)が挙げられますが、CAFTAは、CEPの形式で、その中にアーリーハーベストプログラムが盛り込まれ、農産品貿易の自由化が重視されています。さらに、段階的な目標時期の設定と共同体構築を示すAFTAの成果もあります。もし、これらの成果をすべて一緒に出来れば、包括的な経済提携に向けた段階的な前進策の土台となり、東アジアをFTAへと導くものとなるでしょう。

EAFTAの構築

2008年のCEPの枠組み協定の主な点には、アーリーハーベストプログラム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)に対する優遇措置、EAFTAの交渉に関する時間的枠組み、優先的な経済協力分野が含まれます。

EAFTAを策定する際には、念頭に置かなければならない点が2つあります。それは、第1に、諸国間の共通利益を認識して進んで譲歩することであり、第2に、諸国の経済をより緊密に運営していくための方法を模索することです。将来的にFTAが果たしていく役割とは、各国の異なる経済の連携を可能にし、高度なマクロ経済調整を重視した共通のルールを運用できるようにする全体的な枠組みを提供することです。さらに、FTAの策定と平行して金融・通貨政策面における協力も構築する必要があります。

EAFTAの構築に関しては、大きな問題点も存在します。例えば、2020年までに東アジアの自由化と統合を実現するという時期的な目標を設けるべきか否かという問題です。この目標を達成するための提言は3つあり、(1)東アジア・サミットを開催すること、(2)東アジアFTAを構築すること、(3)東アジア金融・通貨協力を実現すること、です。これら3点に時間的な目標を設定することは極めて重要であり、異なる自由化のプロセスが国やセクターの違いに応じて実施されるべきです。

EAFTAは、財、サービス、投資、非関税措置(NTM)を含む包括的な自由化措置を有するべきです。また、労働力の移動も含むべきです。EAFTAには、さらに、税関、手続、基準のハーモナイゼーション、原産地規則の統一、域内紛争の解決メカニズムも盛り込まれることになるでしょう。

中国の戦略

EAFTAの効果に関するモデルの試算結果に基づけば、中国へのプラス効果が最も小さいという可能性があるものの、中国がこのプロセスに積極的に参加していくことは、次の3つの戦略を通じて明らかです。

第1は、WTOのコミットメントを通じてです。中国としては、世界全体の自由化を進めるプロセスにおいてWTOが重要であるとの立場に変わりはありません。第2は、中国にとって経済的に重要と考えられる近隣の地域協定です。具体的には、アジア太平洋経済協力(APEC)、上海協力機構、北東アジアとの協力などが挙げられます。北東アジアを引き続き経済的な優先事項に据える戦略は、二重になっており、1つは、「10プラス3」の枠組みを通じて北東アジアに関与すること、もう1つは、ロシアも含めた形で北東アジア地域のすべての国に関与することです。第3の戦略は、二国間協定で、CAFTAの下に既に部分的に締結された二国間協定もあります。交渉中の二国間協定としては、対ニュージーランド、チリ、豪、パキスタン(アーリーハーベストプログラムは2004年から)、湾岸アラブ諸国協力理事会(GCC)、南部アフリカ関税同盟があります。準備段階にある二国間協定は、対アイスランド、韓国、ブラジル、インドがあります。

日中関係

最後に、日中間の経済関係は、地域市場の生産ネットワークの観点からは極めて相互依存度が強いのですが、脆弱でもあります。地域貿易協定(RTA)の関係では、日中両国のプライオリティが異なっており、特に二国間協定では、その傾向が顕著です。東アジア共同体の構築(EAC)や東アジア・サミット(EAS)については、真の意味で東アジアの一員であるというアイデンティティを日本が持っているのか懸念する向きもあります。中国と日本が、適切なEAFTA戦略を推進するという政治的意思を共有できるかどうかという問題も検討する必要があります。多くを両国の政治リーダーの役割と責任に依存することになるでしょう。

質疑応答

Q:

日―ASEAN、中―ASEAN、韓―ASEANの3つの協定が存在すると仮定した場合、日中韓相互の貿易や投資については、どのような形でルールを構築していくのでしょうか。現在中国政府は、中国の発展段階を踏まえて投資協定は時期尚早としていますが、この場合、どのような形でEAFTAを推進できるのでしょうか。

A:

3種類の「10プラス1」が考えられると述べる理由は、これら3種類の協定については、既にある程度論じられているからです。これらを出発点として、EAFTAについて交渉を進めることが可能です。無論、異なるFTAを組み合わせるよりは、単一のEAFTAを設けた方が有意義です。
個別経済の再調整を行わないで、中国、日本、韓国を健全な経済圏に統合させていく方法については、誰もが疑問に思う事柄です。そこで、3つの「10プラス1」について言及したのです。日中間の投資協定について考えてみると、日本側の関心は対中投資であり、中国側の関心は日本市場へのアクセスです。これら2項目の関心事項は、取り入れる必要があり、無視してはなりません。そのため、まず手始めに日中間で円滑化に関する枠組み協定を締結し、主な関心事項に対応すべきです。つまり、協力的な対話の関係を構築して、その中で3つの「10プラス1」FTA相互間の問題意識を取り扱うことで、これら3カ国を単一の地域協力の枠組みの中に取り込めるようになるでしょう。

Q:

中国に対するプラス効果が他国に比べ小さくなるというモデルの試算結果について、なぜこのような結果になったのですか。また、FTAには政治的側面もあり、中国が短期間で諸外国とFTAを締結している理由には、FTAを介した経済的メリットに加えて中国が政治的な権威を確立しようとしていることがあると思います。中国が主導権を発揮するようなことになれば、どのような結果がもたらされるのでしょうか。

A:

一般的に分析すると、市場の統合と自由化が実現した場合に、競争力が強い分野を多く抱えているのは、日本であり、日本に対するプラス効果は韓国や中国に比べて大きくなるはずです。これがこのモデルの一般的な分析で、別のモデルを用いた場合でも同様の結果を得ることができます。
政策当局は、モデルの試算結果だけに基づいては、政策判断を行わないものです。モデルの結果に比べ、中国へのEAFTAのプラス効果は大幅に大きくなるのですが、それは、自由化の過程を通じて、中国企業の質が高まり、また、外国資本をさらに招致できるためです。中国の産業界の首脳にとっては、中国からの対外投資が増える可能性がある点に関心があるでしょう。そのため、中国としては積極的に関与していくと思われますが、中国が「支配力を行使」できるとは思いません。中国の動きがあまりにも積極的に映り、そう受け止められるかもしれませんが、開発においては、中国と日本の関心事は異なっています。日本の場合、法令・基準の調整について考える傾向が強く、中国の場合、将来的な市場アクセスの確保の方に関心が強いのです。従って、将来のEAFTAに向け各国は異なる役割を果たせるのです。

※本稿は10月24日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2006年2月20日掲載

この著者の記事