ブレイン・ストーミング最前線 (2006年1月号)

国際石油市場の展望

小山 堅
(財)日本エネルギー経済研究所 総合戦略ユニット研究理事

高騰する原油価格

原油市場が非常に高騰しています。過去に高騰した時は、アラブの石油禁輸やイラン革命など、大規模な供給途絶があったからでした。ところが今回はそういう事例が見当たらないにもかかわらず、史上最高の高値を記録したのは、需給要因や需給とは直接かかわりのない非ファンダメンタルズの要因、たとえば地政学の問題や石油価格形成のメカニズムの問題というものが複雑に絡み合ってしまっているように思います。

その複合的な問題の根っこにあるのは、供給余力の減少ではないかと思います。OPECの余剰能力だけではなく、世界の石油精製システムあるいは在庫という供給チェーン全体での余力が少ないので、何か事があると市場が反応しやすくなっているのではないかと思うのです。

この構造的な余力の少ない状況は当面改善しそうにありません。余力を回復するためには投資が必要であり、投資が実を結び問題解決にいたるまでは、この構造問題が石油価格を下支え、あるいは大きく変動させる原因として残り続けるだろうと思うからです。

WTI原油先物価格は2005年8月に遂に70ドルを突破しました。いまや「天井感」が見失われており、市場関係者の中ではどのへんを上限に取引をしたらいいのかというのが、非常に大きなポイントになっています。2004年に50ドルを超えるまでは、そこがなんとなく「天井」のような感じでしたが、これから何か不測の事態が起こったらどうなるか、方向性が見えにくくなっています。

このように大きく価格が上がった1つの要因は、需要面にあると思います。2004年の需要は前年に比べて300万バレルほど上がりましたが、これは20年ぶりの大きな需要増で、05年はその半分以下に下がりましたが、もう04年の時点で供給余力が低下してしまって、そのまま現在に続いているのだと思います。そして、その需要増をもたらしているのが中国と米国です。

中国の状況

中国の石油需給を見ますと、04年の需要伸び率は16%でした。中国は世界第2位の石油消費国で、それが量としては一気に80万バレル増え、これがOPECの増産につながりました。原油輸入でも04年は約250万バレルと前年比3割以上増えています。輸入面では、中国は日本に次いで世界第3位で、そういう国が3割増えれば影響も大きいわけです。

中国の原油輸入はだいたい半分ぐらい中東からきています。中東のなかでも一番の供給先はサウジアラビア、あとはイラクです。かつて中国はオマーンやイエメンから硫黄分の低い軽質油を買っていたのですから、ずいぶん変わりました。その間、中国の石油会社は設備投資を進めて、中東の重質油をどんどん買うようになったわけです。そのほかアフリカやアジアからの輸入もありますが、最近注目されるのはロシアからの輸入で、5番目に多く、重要な供給先になっています。

ただ、このところ中国の需給状況に少し変化が出てきたようです。経済成長が少しスローダウンしていることに加えて、価格メカニズムが国内の規制価格によって、輸出した方が、メリットがあるということで国内供給は減少気味のようです。05年の1~7月の統計を見ますと、原油の輸入は前年比6%増で04年の30%増からかなり減っています。一方、石油製品の輸入は20%減です。市場に最も影響を与えた中国の需給動向が、今後どうなるのかがこれから先の市場を見るうえのポイントになるでしょう。

米国の状況

次にポイントとなるのは、米国です。ハリケーン・カトリーナの被害で、米国が世界の石油市場を動かす大きな市場であることがよく分かったと思います。需要が世界全体の4分の1あり、ガソリン需要だけでだいたい中国の1.5倍あります。

米国市場ではすでに供給のボトルネック(障害)が発生していました。ほぼフル稼働状況にある精製設備、品質基準が厳しいことなどです。それがこのハリケーンで、遂にガソリン価格は1ガロン当たり3ドルを突破しました。米国では原油価格とガソリン価格は先物市場で連動していて、それが今回の原油価格高騰を牽引しているという見方ができます。米国の現在の製油所稼働率は90%強であり、ほぼフル稼働状況です。しかもこのボトルネックは当分解決しそうもないので、価格の波乱要因として残ります。

ハリケーン・カトリーナの被害で問題だったのは、石油産業の心臓部であるメキシコ湾岸を直撃されたことです。ここは石油生産の約3割、ガス生産の約2割、精製能力の約5割を占めているところです。8製油所が停止し、日量145万バレル(全米8%)が止まったということでしたが、これは直接止まった分だけで、パイプラインへの供給が滞ったために製油所の稼働が滞った分が全体で日量300万バレルほどになったともいわれています。その後徐々に復旧するも、ハリケーン・リタでさらに大きな被害を受けてしまいました。IEA(国際エネルギー機関)による協調的な備蓄放出などで市場は一応落ち着きを見せていますが、構造的な問題は変わりありません。

石油供給面での動向

全体の供給をみるうえで非OPECの動向はどうかというと、2000年ぐらいから順調に増産を続けており、この間の増産を支えたのは旧ソ連、なかでもロシアです。ところが05年のIEAの予想では前年の半分ぐらいの伸びにとどまるだろうということです。これはロシアの増産が鈍ってしまったことと、ハリケーン被害のためです。すると需要増に対応してOPECが増産しないといけなくなります。

しかし、OPEC10(イラクを除く)は、最近は生産枠に届かないこともあり、一部の国を除いて、生産量ぎりぎりまできていることが分かります。OPECはここ何年か、本格的な生産能力向上への投資をしておらず、最近の増産は余剰生産能力を活用したものですが、02年の頃は日量700万バレルぐらいあったのが、現在200万バレルぐらいになっています。これを国別に見ると、ほとんどサウジアラビア、イラクに集中し、OPECのほかの国はほとんど余剰生産能力がありません。

また、米国の民間石油在庫はベネズエラのストライキを契機として、03年以降過去5年平均を下回る水準で推移しています。石油在庫の低さはコスト削減の努力、効率的な操業を行った結果で、在庫日数の低下をみても明らかです。

国際石油市場では、需給変動に対応するための「供給余力・バッファ(緩衝)」が重要な役割を果たすのです。それが低下しているということは、市場の「脆弱性」が増大しているのです。こういうなかで、04年以降、供給不安が発生しています。「不安」といったのは、イラク情勢の不安定化、サウジアラビアでのテロ発生、ロシアのユコス問題など、いろいろありましたが、実際には必ずしも供給量が減っているわけではないからです。ハリケーン被害は本当に供給量を減らしましたが、こういう相次ぐ出来事が不安をよび、市場高騰に結びついたのです。そしてボラティリティ(価格の変動率)が高まる状況下で、投機的取引が増大し、原油価格高騰とボラティリティ増大を加速化したのだと思います。

2006年にかけての見通し

まず需要面では、IEAによる石油需要見通しは、最近では下方修正され、より穏やかな伸びになると予想しています。今のような下方への動きが続くなら、もう少し需要の伸びは減速するかもしれません。OPEC、EIA(米エネルギー情報局)の見通しも過去2、3カ月下方修正しています。

一方、生産については、非OPEC増産分はIEA予測では日量50万バレルという低い見通しになっています。EIAもやはり低く、旧ソ連は増えるがその他は減るので30万バレルという見方です。現在ロシアの伸びは減っていますので、05年度の増産分が50万バレルをきるのは避けられないかもしれません。しかし2006年度は、アゼルバイジャンのパイプラインが改修してフル生産できますし、ハリケーンの影響のリバウンドも考えられますから、かなり増産が見込めると思います。

OPECに関しては、この2、3年でサウジアラビアを中心として、いかに生産能力増強に向けた投資が進むかが、最大の課題になると思います。私たちの研究所ではOPECと定期的な意見交換をしていますが、投資が必要だという認識は着実に高まっています。サウジアラビアは、原油生産能力の目標を日量1250万バレルとしていますが、どういうタイミングで目標に到達できるかがこれからの市場をみるポイントになると思います。

また、市場不安定化の発生は、ある程度その可能性を織り込まないといけませんが、そこで心配なのは米国の供給ボトルネックの問題です。

2006年に関しては、世界の石油需要の伸び、なかでも中国、米国の動向、旧ソ連を中心とした非OPEC石油生産の増加動向、余剰供給能力・供給バッファが回復するかを考えますと、楽観視できないと思います。ちなみに現時点ではIEAは2006年の石油需要は前年比日量160万バレルの伸びと見ています。非OPEC生産は大幅に伸び、日量110万バレルの増産です。ここでイラクの石油生産はほぼ現在と同じ日量190万バレル、OPEC10の原油生産量は05年の日量2720万バレルから、徐々に2800万バレルまで拡大すると考えると、この需給バランスだと供給が需要を少しだけ上回りますが、それほどの改善とはいえません。2004年、05年も供給が需要を上回っていたのに、このような高値になったからです。これだと06年のWTI平均値は50ドル後半から60ドルという数字を出さざるをえないような状況です。

短期展望のまとめとしては、現時点の需給環境は高価格が続きそうだといえます。しかし今後も国際石油市場には、さまざまな不確実性が存在します。需要増は低下するのか、非OPEC生産は本当に増加するのかという点、また市場心理への地政学的要因の影響も重要です。06年も高値を中心として、高いボラティリティ持続は必至ではないかと思われます。

石油価格を巡る長期展望

最後に、長期の石油価格を巡る考え方にふれたいと思います。私自身まだ確信をもっていえるわけではないのですが、これから石油価格の見方に対する認識が変わるような気がします。

今までも大きな変化はありました。80年代は石油の値段は必ず上がるものだというのが主流でした。ところが90年代以降は、価格が低くても石油開発のコストダウンや産油国の外資導入などによってOPECも非OPECも増産するから、需給は安定推移し、価格も低位安定するという考え方になり、EIAの長期石油価格見通しの変化は80年代から90年代にかけて上昇のカーブが小さくなっていました。しかし、最近の原油価格高騰が価格見通しに影響を与えているようです。04年予測に比べ、05年予測は上がっています。

その背景には国際石油市場の安定化に関する新たなリスク・脅威があります。中国を中心とした石油輸入の急増と需給逼迫の懸念、強まるエネルギー資源の獲得競争、地政学的リスクなどです。それと、今まであまり考えられてなかったエネルギー供給制約への懸念です。資源はあっても開発における投資リスクの増大、エネルギー輸送とシーレーンセキュリティの問題などです。

長期展望のポイントをまとめますと、資源そのものについては諸説ありますが、2030年ぐらいまでの見通しでは、大幅需要増に対応する供給ポテンシャルは存在するというのが通説です。しかしポテンシャルを生産能力化するための投資、供給チェーン全体での余力・隘路回避が問題です。消費国・産油国双方の主要プレイヤーの政略・政策展開が行われ、それが価格に影響するという状況はこれからも続き、地政学的要因の影響、適切な投資が実施されない場合の不均衡発生懸念もあります。そういう意味で、ボラティリティの持続および不安定化の可能性はあるということを念頭において、政策を考えるのがいいのではないかと思います。

※本稿は10月24日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2006年1月27日掲載

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