Research & Review (2005年10月号)

中小企業の事業承継

安田 武彦
ファカルティフェロー

わが国の中小企業は、戦後、日本経済が復興し高度成長を遂げ、さらに世界屈指の経済大国に発展を遂げる過程において重要な役割を果たしてきた。こうした中小企業が現在、大きな課題に直面しつつある。

それは、戦後、高度成長期までに開業した企業の経営者が高齢化し、代替わりの時代を迎えたことである。周知のとおり、日本全体の高齢化は着実に進展している。さらにその中で自営業者の高齢化は人口全体の高齢化以上の急速なペースで進展している。すなわち、「2004年版中小企業白書」によると2002年において被雇用者では50歳代以上の者が32%であったのに対して、自営業者では60歳以上の者が43%となっており、高齢化が10年以上も先行して進展している。

こうした高齢化の進展の中、中小企業経営者の世代交代と事業承継の円滑化が今後、重要な課題となっていくことは必定である。ところが中小企業の事業承継というテーマは、中小企業研究においてデータ分析を用いた研究はほとんど扱われていない。筆者は経済産業研究所の研究の一環として、何が事業承継を成功に導くか、事業承継後の企業パフォーマンスの決定要因は何かという問題について考察してきた。ここでは中間報告として得られた結果について報告しよう。

分析の枠組み

(1)事業承継のパフォーマンスに係る分析の枠組み
まず、本稿における事業承継のパフォーマンスの決定要因分析の枠組みについて述べる。
企業の承継如何にかかわらず企業のパフォーマンス分析の基本的枠組みとして著名なのは、英国の中小企業経済学者のストーリーが提示したものである。そこでは、企業パフォーマンスを決定する要因として、(1)企業家属性、(2)企業属性、(3)企業戦略の3要素があげられている。
このうち、(1)企業家属性には企業家(経営者)の性別、年齢、学歴といった企業家(経営者)個人の属性が含まれる。また、(2)企業属性には企業規模、企業年齢、業種、立地等の企業そのものの属性が含まれる。そして、(3)企業戦略には、企業の経営者・従業員訓練、外部株主の存在、技術の洗練度、市場でのポジショニング等企業経営開始後に決定される要素が含まれる。ストーリーはそれらの組合せにより企業のパフォーマンスが決定するとしているのである(図1)。
この枠組みは主として創業企業の起業後のパフォーマンスの分析に使われるが、分析道具としてみると、創業企業のみならず老舗企業まで広く利用できるものである。ただし、この枠組みで見た場合でも創業と第二創業といわれる承継を比較した場合、3つの要素の関係が大きく異なる。それは創業においては、企業家がおり、彼が文字通り、ゼロから自分の思い描くとおりの企業を設立し、戦略を遂行するのに対して、事業承継においては誕生した経営者がまず始めるのは既存の企業組織の新たな信頼関係を構築するということである。いわば、創業と事業承継(第二承継)の最大の違いは、企業パフォーマンスを決定する3つの要因の関係が、創業の場合、企業家→企業→経営戦略であるのに対して、事業承継では経営戦略、企業→企業家なのである。そのため、事業承継の分析では企業家要因と共に既存組織を代表する企業要因に着目することが必要である。こうしたことから、本論では、創業分析において力点が置かれる(1)企業家要因と並んで、(2)企業要因を分析の説明要因に加えることとする。

図1 企業のパフォーマンス

(2)計測モデル
次に右記の考察を踏まえた具体的計測モデルにおける被説明変数と、それに影響を与える説明変数について叙述することとする。
被説明変数となる企業のパフォーマンスの代理指標としては、事業承継後の企業の常時従業員年平均成長率を採用することとする。次に説明変数としては表1に掲げたものを用いることとする。

承継後の企業パフォーマンスの決定要因

右記のモデルに従い、1997~2001年に代表者の変更があった企業1194社を用いた回帰分析を行った結果は表2のとおりである。

表1 説明変数と被説明変数

ここからは、承継に関する様々な関係を読み取ることができる。

第一に、巷間言われるのと異なり、子息等承継(子息、配偶者、兄弟等親族による承継)と第三者承継での承継後のパフォーマンスには差がなかった。この結果からは先代経営者は、意外に情に流された後継決定をしていないということがわかる。また、誰が承継者となるのかという問題は先代だけで決まる問題ではなく、承継者の側の判断も介在するが、このこともこうした結果を生む理由かもしれない。

第二に、子息等承継と第三者承継では承継後のパフォーマンスに影響を与える要因がかなり異なる。第II、第III列を比較すると子息等承継では、(1)承継企業年齢、(2)承継時承継者年齢及びその二乗、(3)高教育の効果について子息等承継と第三者承継でパフォーマンスに与える効果が異なっている。ここから、まず、子息等承継と第三者承継ではその後のパフォーマンスに与える影響因子が異なることが分かる。

そこでここではこれらの推計結果から得られる興味深い点についてみていくこととしよう。

第一は、子息等承継においては最適な承継年齢が存在するということである。このことは承継時の承継者年齢とその二乗の項の係数が有意かつそれぞれ正、負であることから導かれるものであるが、推計式から得られる最適年齢は55歳とかなり高齢であった。第二創業における最適年齢はかなり高いのである。この点は(第一)創業の場合と大きく異なる。(第一)創業についての既存研究においては、創業の最適年齢は40歳代前半とするものと、若いほど良好であるとするものとがある。この意味でゼロから始める創業と、既存の企業や企業戦略と経営者自身の考え方をどのように適合させていくかを課題とする事業承継では、新経営者に求められるものは異なっていることが考えられる。

また、これら年齢に関する変数は子息等承継で有意な影響を有する一方、第三者承継では有意な影響を持たなかったが、これはそもそも第三者承継では承継時年齢のばらつきが少ないこと(50歳代が過半数)による可能性がある。

第二に、学歴の高さについては子息等承継ではパフォーマンスに影響を与えるものではない反面、第三者承継では有意な正の影響力を有していた。同じ承継経営者といっても子息等承継と第三者承継で学歴の効果が異なるのはなぜであろうか。これを説明する1つの仮説は、学歴の有する「箔付け」効果に注目するものである。すなわち、一般に第三者による承継は、子息等承継と異なり承継して当然という意味での正統性は有していない。従って円滑な承継者のスタートのためには正統性を補完するものが必要であり、学歴にはそうした役割が存在するというものである。

有意な結果を得られなかった変数についても注目するべきものがある。例えば、承継者の他社勤務の経験は新風を承継企業に吹き込み、起業パフォーマンスにプラスの効果を持ちそうであるが、実際には有意な効果を持たなかった。これは一言で他社就業経験といっても、将来の承継のための武者修行として他者に就業しているものもいれば、親会社等の主導の下の再就職で企業経営者となる者もおり、これらが混在していることによるものなのかもしれない。

以上、経営者の属性等と承継企業のパフォーマンスの関係をみてきた。さらに分析を進めようとすると、円滑な事業承継という点からみて承継発生の理由は重要な要素であることは容易に想像がつく。そこで第IV列、第V列では引退等通常の代替わり的承継をベンチマークとした様々な承継理由(ダミー変数)を説明変数に加えた分析の結果を示している。

するとここでも子息等承継と第三者承継ではまったく異なった結果が得られている。すなわち、承継の発生理由が承継後のパフォーマンスに影響を与えるのは専ら子息等承継の場合であり、第三者承継ではない。そして通常の代替わり的(引退による)承継に比較して有意にマイナスの影響を有するのは「先代他界」、「先代高齢化」や「経営者交代要請」に端を発するものであった。

この結果から出てくる疑問として2つのものがある。第一は「経営者交代要請」が生じるほど経営の悪化した企業であればともかく、「先代他界」、「先代高齢化」による承継では、なぜその後のパフォーマンスが悪くなるのかということ、そして第二はこうした効果は、なぜ子息等承継のみに現れるのかということである。

この点について分析を進めるためには、承継発生理由と承継のタイプ(子息等承継と第三者承継)の関係について検証する必要がある。

次にこの点についてみていこう。

承継発生事由と承継タイプ、現役経営者の対応

表2の第VI列はプロビット分析という手法を用い、子息等承継の場合、1をとり第三者承継の場合、0をとる被説明変数を企業属性、承継発生理由で回帰した結果を示している。ここに第一、第二の問いへの解答が含まれている。

表2 承継後のパフォーマンスの決定要因(第I~V列)と承継タイプの決定要因(VI列)

承継発生理由に注目した場合、第IV列から明らかなのは、承継タイプとの関係でパフォーマンスが良くないと出ている「先代他界」、「先代高齢化」の場合、子息等が承継する傾向が強いということである。つまり、承継のきっかけからみてあまりうまくいかないと思われる事業承継は、子息が引き受けているのである。ではなぜ、「先代他界」、「先代高齢化」において子息等承継が多くなるのか。1つの解答はこうしたことを契機とする承継は、後継者選択に時間をかけられないと考えられ、そのことが子息等という最も安易な選択を促すということである。また、先代経営者の「他界」等は経営者の役割が大きい中小企業にとって自身の存亡の危機といえ、子息等といった正統性のある者の承継を促すのかもしれない。

ただし、いずれの場合においても共通することがある。それはこうした形の承継においては承継者の経営者としての資質とは異なった次元の判断がなされるということである。

その結果、子息等承継の中で「先代他界」、「先代高齢化」による本来なら不適格な承継者が無視し得ない割合でいるとすれば、子息等承継において「先代他界」、「先代高齢化」が有意に負の影響を与えることは自然である。

また、第三者承継においてはたとえ「先代他界」、「先代高齢化」といった事由による事業承継でも、承継者の経営者としての資質とは異なった次元で判断されることは考えにくい。従って承継発生事由が同じであっても、承継のタイプによってその与える効果は異なるということは十分に考えられるのである。

以上の考察から浮かび上がる典型的な失敗のケースとは以下のようなものである。

すなわち、(1)先代の他界により企業が存亡の危機に直面し、それを凌ぐために最も正統性のある子息等をとりあえず承継者とする、(2)その結果、選定される承継者は、必ずしも最適な者というわけではない可能性があり、これが準備不足と相まって承継後のパフォーマンスを悪化させるというものである。

こうしたことを考えると、事業承継に当たり現役経営者自身が心得なければならない重要なポイントが明らかになる。それは、他界等による事業承継に伴う混乱を避けるということである。早めに後継者を決定し、準備不足を避けておきさえすれば、少なくとも多くの普通の承継者同様、経営者の引退や他界後も企業は生き続けることができるのである。

しかしながら実態は必ずしもそのようになってはいない。例えば事業承継時の先代の年齢別に承継準備期間(承継意思決定年齢と実際の承継年齢の差)があったかどうかを調べたところ、先代が80歳以上の場合でも4分の1の承継者は承継準備期間がなかったとしている。80歳というと死亡率表によると男性の場合、同一年コーホートの約半分が鬼籍に入っている年齢である。承継に当たっては様々な「生々しい」非経済的要因が介在することは容易に想像できるが、分析からみる限り、こうしたことでは円滑な事業承継が進むとは思えない。その意味で事業者自身の心がけが重要であろう。

まとめ

以上、本論では中小企業の事業承継後のパフォーマンスの決定要因や企業属性と経営者属性の関係を通じて、事業承継企業のなすべきこと、避けるべきことについて論じてきた。そして、現実にはそうしたことが必ずしも行われていない可能性を指摘した。他方、マクロ経済的にみると事業承継により経営者が変更するだけで、経営資源の塊である企業のパフォーマンスが低下するならば、資源の不要な「浪費」が行われていることにつながる。

こうした点をふまえ、最後に1つ行政面の課題としてあげられるのは税制の問題である。すなわち、事業承継に関係する税制は、(1)相続税、(2)贈与税が存在するが、従来は相続税に議論の重点が置かれがちであった。しかしながら、前者は後継者の予め決定した承継と後継者未定の承継を区別せず、後者はそれを区別する。一方、後継者の予め決定した承継と後継者未定の承継を比べると前者の方が承継企業の価値を維持しやすい。こうしてみると、承継を近くに控えた高齢の企業経営者の場合、相続税より贈与税を承継時の税制対策として利用するように誘導するといった選択肢も含まれることとなる。極端な話かもしれないが、90歳以上の、かつ、廃業ではなく承継を控えた経営者については相続税を極めて高い水準に設定し、贈与税の利用を促すことも考えられる。

本論においてこの点について述べるには紙面がない。別の機会にこれらをゆだねることとして今回の筆を置くこととする。

2005年10月28日掲載

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