Research & Review (2005年3月号)

『日本の財政改革-国の「かたち」をどう変えるか』の読み方

鶴 光太郎
上席研究員

昨年12月に、東洋経済新報社からRIETI経済政策分析シリーズの第10弾として、青木昌彦・鶴 光太郎編著『日本の財政改革-国の「かたち」をどう変えるか』が刊行された。本書は、2002年12月から2004年3月の間、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)において行われた「財政改革」プロジェクトの成果を世に問うたものである。

本書の問題意識と特色

そこでの問題意識を大胆に要約すると、
・1990年代以降積み上がった中央・地方政府の累積負債、特殊法人の不良債務、社会保障会計の積立不足等を集計した政府債務の実態に対する深刻な危機意識と持続可能性への疑問
・政府収支のアンバランスを効果的に改善するための方策として、税率や社会保障負担率、支出額などの限界的な調整よりも、むしろ予算作成プロセスなどの抜本的な改革や再設計が必要であるとの認識
・財政に露呈しつつある困難は、「国のかたち」とでも形容されうる国の制度様式に生じつつあるひずみであるとの認識(例えば、既得権益と管轄行政省庁の間の硬直した結託関係、将来世代の負担増への配慮を欠いた惰性的な政策形成メカニズム、消費者や生活者への価値供給より現存の供給者の利益保護や能力の活用を優先する経済と規制の構造、縦割り構造に閉じ込められた官僚のインセンティブやキャリア機会のゆがみなど)
・「国のかたち」の変容に及ぶ改革を実現可能にするための、納税者=投票者、政治家、官僚、財政関連の専門家などの役割への配慮
となる。本プロジェクトは、こうした問題意識を深めるため、財政学のみならず、さまざまな専門、バックグラウンドを持った多様な人材が集まったチームとして組織された。具体的には、財務と予算要求官庁のそれぞれに属する行政官、財政・制度・組織とインセンティブ・経済史などを専門とする経済学者、行政と政党の双方を視野に入れる政治学者、海外の財政の実務や比較研究に携わったことのある専門家、戦略と経営という視点からシステムの設計を考えるビジネス・コンサルタントなどである。多様な人材が集まりながらも、それぞれの専門分野の補完性が生かされるような形でプロジェクトが進化していったことが本プロジェクトの大きな特色といえる。

各章の概要

(1)財政問題・改革の「鳥瞰図」
そうした観点から編まれた本書の構成は、概略次のようになっている。
まず、序章(青木論文)では、上記の問題意識をさらに制度分析の立場から展開し、本書各章において展開される議論のなかで使われる「仕切られた多元主義」「縦を横に紡ぐ」「コモンプール問題」などといった鍵概念を導入するとともに、各章の位置づけに配慮しながら、問題解決の方向性について要約的な提言を行っている。
続いて第1章(鶴論文)は、民主主義国家において財政赤字を生み出すメカニズムとして最近の財政学文献で注目されている「コモンプール問題」(一種のただ乗り問題)の観点をふまえつつ、日本の財政が抱える諸問題を概略的に整理、展望している。そして諸外国の改革例を引きながら、制度に着目した改革手法、特に、「コモンプール問題」を緩和するための予算プロセスの意思決定権限の集中化や、予算作成における規律と柔軟性の間のトレードオフを改善するための財政制度の透明性向上を強調している。

(2)財政の数値的評価
第2章(戒能論文)と第3章(高橋論文)は、「果たして現在の財政制度は持続可能か」という問題を数値に基づいて議論している。戒能論文は、1990年代のデータを用い国・都道府県・市町村・公的年金制度の間の相互連関性を考慮し、歳出・歳入、公債残高等を内生化した数値モデルを構築している。そして、財政の持続性を確実に実現していくための、財政改革のプログラムについてシミュレーションを行い、消費税率やその他の政策にいかなる変更が必要か、を議論する。高橋論文は、将来世代の負担を考えるため、財政の将来キャッシュフローを組み込んだ分析手法を用いて、年金制度の維持可能性や道路公団の民営化に伴う国民負担の有無について論じている。

(3)政治・官僚システム
続く第4章(飯尾論文)、第5章(角野・瀧澤論文)および第6章(岡崎論文)は、財政と政治・官僚システムの関係を論じている。飯尾論文は、民主制の定着が「官僚内閣制」における財政規律を弱めるジレンマを指摘し、超党派合意の下で安定した財政再建の政治的意志を確立すること、および国益を追求する官僚制の自律集団化の重要性を強調している。角野・瀧澤論文は、官僚組織における非流動的な人事システムが各省による予算獲得主義のインセンティブを生み出すメカニズムを分析し、予算規律を復活させるための予算業務における評価システムの改革と責任の明確化、公務員人事の流動化などの改革について論じている。岡崎論文は、戦前の日本に焦点を当て、現在と同じような利益集団の要求に基づく強い予算膨張圧力を数量的に検出し、特に第一次世界大戦期以降、元老による財政規律化機能の低下にともない、その圧力が次第に統御不能となっていくプロセスを描写している。

(4)予算マネジメント
第7章(田中論文)、第8章(横山論文)は、予算マネジメントの改革についての提言を行っている。田中論文は、OECD主要国での経験を丹念に紹介しながら、政治的な意思決定システムの集権化と中期財政フレームの導入とともに、財政政策のマクロ経済へのインパクトの予測・検証及びそれに基づいた予算コントロールの必要性を強調している。横山論文は、エンド・ユーザーとしての消費者=生活者に価値を提供するシステム(「社会システム」)の構築という視点から、中堅官僚を統合的立案者として内閣に配置する行政改革案を提言している。

(5)税制
第9章(国枝論文)、第10章(坂田論文)は、税制に焦点を当てている。まず、国枝論文は、異時点間の予算制約式の充足という、財政の持続可能性についての基本的理論問題を論じたうえで、世代間の著しい不公平を是正するために、消費税増税の超党派による検討や「世代間公平確保基本法」の制定などを提言している。坂田論文は、企業関連税制に焦点を当て、「税制インフラの改革」、「税を利用した国家投資」という二領域において、中立、透明、変革対応性といった改革理念を提唱するとともに、改革課題の具体像として、事業体区分の大胆な見直し、企業会計、商法も俯瞰した制度改革などを提言している。

(6)地方財政
第11章(喜多見論文)は、地方財政の規律の問題を扱う。地方自治体の行財政ガバナンスの戦後における変遷を概括し、今後は地方の多様性を生かしつつ、地方財政に対する普段の内部規律を高めるために、財政危機という非常時における外部管理の予期をもふくんだステークホルダー型ガバナンスへの移行を構想している。

(7)国民意識
最終章である第12章(中林論文)は、アメリカにおける財政赤字削減のための寄付活動、NPO活動、選挙キャンペーンなどの例を紹介しつつ、財政改革を成功させるためには、国民の財政への理解と意識、さらには、政府と国民の間に位置する専門家の存在と信頼性が欠かせないことを強調している。

本書の見どころ

本書は612ページに及ぶ大部なものであり、手にとっていただいた読者の方々全てにカーバー・ツー・カバーで読んでいただくことは難しいかもしれない。それだけに、編者と各章の執筆者は一体となって読みやすくなるよう随分工夫したつもりである。もし、時間が限られている場合、まず序章(青木論文)に目を通していただくことをお勧めしたい。前述したように、そこでは本書を貫く問題意識や分析となるキー概念を明らかにするのと同時に、以下に続く各章の議論、分析との関係を丁寧に示すという「道先案内」の役割も果たしているためである。序章をまず読んでいただいた上で、読者のご関心に応じ各章を読んでいただくことで、本書を自己完結的に理解していただくことは十分可能と思われる。

財政改革の基本的方向性

また、序章の大きな特色は、本書全体を貫く基本的な財政改革の方向性として以下のように6つの提言を行い、その実現プロセスにまで言及している点である。具体的には、

1)ルールと慎重なマクロ将来推計にもとづく多年度財政に関する準拘束的な総量フレームの集権的作成とコミットメント。説明責任によって裏打ちされる事後的伸縮性にも考慮。

2)優先度の高い価値提供・社会システム(複数)における各業種・官庁の相補的関係を考慮しつつ、内閣[の中核組織]がそれらのシステムにふくまれる予算科目への配分、税制設計に関する戦略的な決定を行う。この過程で、関連各省から送られる中堅官僚のグループをスタッフとして活用する。

3)中期財政フレームと予算配分の優先度に関する戦略的決定を制約とした、主計局による予算科目の編成。裁量的予算の費目配分・執行は各省に分権化、多年度化。予算実行の中間評価・事後評価を予算編成へフィードバック。

4)所得税控除の簡素化と課税ベースの拡大。消費税率の段階的引上げ。租税特別措置法の原則的廃止と生産性向上・組織改革のための業種横断的インセンティブ税制。徴税・公的年金業務を効率化する納税・年金統合国民番号の導入と業務の統合。

5)地方徴税自主権の賦与と地方公共財供給に関する画一的補助金廃止。暗黙の地方債保証の廃止と地方自治体の財政破綻処理をルール化する地方自治体再生法の設定。

6)中央・地方財政、社会保障、特殊法人などの財務諸表の整備と公開、外部監査の実施。国公債発行に対する市場規律を強めるための金融制度の改革。

財財政改革の進め方

こうした財政改革が「国のかたち」そのものの変更に及ばざるを得ないのはいうまでもない。だが、「国のかたち」とは、社会のゲームのルールについての政府と民間の間の共通了解であるだけに、その変化には、単なる政治家の決意表明や、官僚の苦心の作文だけでは変えようがない。人々の間にその変更についての大まかな同意が形成され、かつその具体的な方向を指し示す政治のリーダーシップが共進化しなければならない。そしてその2つを媒介するのが、様々な専門家集団による改革案の提起と啓蒙活動である。このような認識の下で、序章は、改革のプロセスについて、以下のように踏まなければならない5つのステップを提示している。

(1)危機意識の国民的共有
まず、1人当たり1000万円にまで政府債務が膨張したことに如実に現れた財政制度の長期持続可能性に関する危機意識が、広く人々の間で共有されることが必要である。危機意識の共有なしには政治家や官僚の財政改革に対する本格的な熱意は望むべくもないからである。

(2)専門家集団の役割…改革モデルの提起
次にそうした危機意識の共有を醸成し、危機を解決するための財政改革の様々なモデルが、政党、行政官庁、研究者、シンクタンク、NGOなどによって提起され、議論が活発に行われることが必要であろう。そういう議論が、実りの多いものになるためには、モデルの構造と仮説、用いられるデータが公開されるべきである。

(3)基本的枠組みについての超党派合意
また、消費税率の値上げ、国民年金の統合化と簡素化など、財政の持続可能性にとって基本的に必要であるが、不毛な政治的争点になりうるような措置については、その必要性に関して大まかな超党派合意を国会において成立させるような努力が望まれる。

(4)政党間政策競争
合意されたおおまかな枠組みの下で、改革を具体的に実現するための政策競争がおこなわれよう。それらの政策はプライマリー・バランスや政府負債の将来経路や税・社会保障負担・便益の国民間・世代間配分の設計、様々な価値提供・社会システムの間の優先順位などに関するものになるであろう。

(5)試行錯誤…選挙民による選択
最後は、いうまでもなく競争する政策間の選挙民による選択である。持続可能性を確実にする財政制度改革という公的選択には、唯一の正解というものは存在し得ず、それは試行錯誤を経て模索されていくものであろう。そして民主主義国家の公的選択過程における試行錯誤を具体化するのは政策競争を通ずる政権交代の可能性である。

先に議論したように、財政制度の改革はそれを埋め込む「国のかたち」そのものに影響を及ぼす。両者は深い制度的な補完性によって結びつけられているためである。したがって、財政改革は一朝一夕でできるような簡単な仕事でないことは明らかだ。また、専門分野を異にする執筆者達が共有するに至った問題意識と理論的・分析的・政策的成果はまだ乏しいところがあるかもしれない。しかし、本書が政治家、財政当局と財政専門家たちの間の閉じた議論と制度設計に「風穴」をあけて、納税者=投票者たる国民の財政問題に対する深い理解と問題解決への積極的な参加を促し、内外の変化に適した持続可能な財政制度を再構築する一助になれば幸いである。

2005年3月28日掲載

この著者の記事