ブレイン・ストーミング最前線 (2005年2月号)

ニュー・パブリック・マネジメントによる地方公共団体の経営改革

大住 莊四郎
関東学院大学経済学部教授

はじめに

地方分権改革が進み、三位一体改革が実のある形で進んでいけば、地方公共団体は、マネジメントできる組織であることが求められます。日本の自治体の中でも、現状に対する危機感のもと、首長を中心にマネジメント改革に取り組み始めている自治体があります。本日は、私がいくつかの自治体の改革のお手伝いさせていただいた中から、自治体の改革の現場におけるニュー・パブリック・マネジメント(NPM)の姿について、お話ししたいと思います。

まず、実態や現状からNPMとはなにかを整理し、NPMによる改革が目指すマネジメントの姿(地方公共団体のNPMに基づくマネジメント・モデル)を考えます。そして、その姿に至るための改革の進め方について、実際の自治体現場の事例をもとにお話しいたします。

実態からみたNPM

(1)NPM…現状の課題
自治体の「経営改革」は、地方公共団体の実務現場では「行政評価」から始まったのではないでしょうか。しかし、地方公共団体の方と議論すると、その行政評価事務自体のアウトカムが見えない、という声をよく聞きます。「事務事業評価報告書」という分厚いアウトプットを作っただけで終わっている、というのです。そのような「行政評価」は、つぎの2つのパターンの罠に陥りがちです。
(a)システムの精緻化(たこつぼ型)
精緻化すれば機能すると思いこみ、逆にマネジメント・システムとしては機能しなくなる。
(b)外部評価(委員会)モデルへの依存
自ら判断や方向性が導けないため、事務事業評価、施策評価の段階に第三者(外部)委員会を入れ、評価自体の方向や妥当性を外部の有識者に導いてもらおうとする。

これらはどちらも危険です。そもそも経営者(首長)の意思やビジョンが明確になっていない組織で、事務事業評価から施策評価に積み上げ、無理にシステム化するから(a)のような問題が起きるのです。施策評価では、政策目標との関係を議論しなければなりませんが、これは政治的な価値判断を伴います。これをトップに一任されると、明確な目的を持っていない首長は困ってしまう。ならば市民に、有識者に、訊こうとします。これが(b)で、本来組織内部で決めるべきことを丸投げしているタイプです。これはガバナンス(外部)が、本来介入すべきではないこと、つまり組織のマネジメント機能そのものに入ってきてしまうという別の問題を生みます。

これは、行政評価システムの中には経営の意思(WILL)がないことから生じているのです。行政評価もスキルのひとつなのですが、WILLのないスキルは、形式化します。国の政策評価も例外ではないと思いますが、重要なのは、マネジメントが明確なWILLを持つこと、政治的価値や現場での「こうしたい」という意思を形成することなのです。

(2)NPMの背景と基本概念
NPMは、政府、自治体の経営革新の道を開いたと私は説明しています。NPMの背景には、2つの環境変化があげられます。1つは、財政制約が強まっていること。2つ目が社会の高齢化・成熟化です。後者は公共サービスへの需要の増大と多様化として現れます。伝統的な行政改革論では、国民負担の引き上げか、公共サービスの削減か、という二者択一論に偏りがちです。しかし、これまでNPMを生んできた国々では、国民負担がすでに相当高かった上、高齢化や社会の成熟が進んでいるわけですから、公共サービスを削減することには強い抵抗がありました。そうして第3の選択肢を模索せざるを得なくなった行政マンたち(英国、ニュージーランドやスウェーデンが先駆例)は、経営革新が必要であると考えました。

NPMの定義では「公共部門において民間企業の経営手法を取り入れること」という説明がなされるのですが、民間企業では、多少、生産コストがかさんだからといって、コストを安易に価格に転嫁したり、財やサービスの品質をさげたりすることはありません。経営革新によって乗り切っているのです。成功している民間企業の経営に学べば、経営革新の道が行政にも開けるのではないか、という発想から、民間企業の経営に学んだのです。

「マネジメントの基準を顧客主義・業績/成果主義に転換すること」これがNPMの本質です。冒頭に申しあげた「行政評価」は業績/成果をチェックする仕組みです。しかし、それだけでは業績/成果主義にはなりません。法令手続きという形での業務の縛りと、性質別・使途別予算、この2つの旧来型のマネジメント基準が業績/成果主義を阻んでいるからです。これらを廃止しなければなりません。つまり、行政の意思決定の仕組みは何一つ変わらず、政策評価・行政評価がかぶさっているだけという印象を受けるのです。NPMは意思決定の仕組みを業績/成果志向に転換させることを目指しますから、これではNPMの姿とはほど遠いといわざるを得ません。

(3)トップマネジメントと執行、地方の図式
経営管理をここでは二階層に分けて考えます。トップマネジメントと現場(執行)です。トップマネジメントの機能で最も重要なのは、経営者の目的や目標を提示し、具体化することです。自治体であれば地域ビジョン、将来像を描き、政策目標を具体化していくことです。そして、執行のマネジメントでは、予算を提供することと引き替えに政策目標を達成するという枠組みの契約モデルを基本に置きます。その際、納税負担に合った価値(VFM)を重視すること、つまり行政全体で生産性を引き上げることが大事で、そのためにやるべきことは明確です。トップマネジメントは、市民ニーズや市の役割をもとに地域のビジョン・政策目標を設定すること、執行のマネジメントでは、業務プロセスの再構築(BPR)などにより生産性を上げること、この2つです。

地方でNPMを実践してゆく場合、トップマネジメント、執行マネジメントに加え、「地域マネジメント」という3つの視点が重要です(図1)。

図1:地方でのNPM概念図(大住発表資料より)

地域の価値、あるいは地域の特性に応じた政策目標や地域の目標を設定し、実現させることです。英国サッチャー政権時代の古典的なNPMは、執行部門の生産性を問題にしていましたが、今は、地域の価値・ビジョンを設定し、地域の政策目標を、行政だけなく地域の力、NPOや市民との協働をもとに達成しようとしています。

経営改革

行政の経営改革とはなにか、一言でいうと意思決定プロセスの変革です。政策形成や事業の立案、業務の進め方を変えることなのです。NPMでは、業績/成果志向と顧客志向を前提に意思決定プロセスを変えること、これは別の言葉でいうと意識改革と言ってもいいかと思います。

その達成に必要な要素が2つあります。まず、(1)組織の行動原理を変えることです。変える人が得をする仕組みづくりをすることです。もう1つ大事なのは、(2)何に基づいて変えるのか? ということです。変革に必要な経営情報に基づいて適切な手法を使いながら進めていく。この2つが大切です。

(1)トップマネジメント改革
そもそもトップマネジメント改革の目的もトップの意識改革にあります。トップは、激変する地方公共団体を巡る環境に適応し、あるいは変化を利用して地域や都市の発展につなげていけるような戦略的経営者となることが求められます。具体的にはまず、地域のビジョンや政策目標を明確にすることであり、次いで政策目標間の優先順位づけがなされます。これには、戦略的な計画手法を活用していきます。

(2)現場執行のマネジメント改革
こちらは1人ひとりの職員の方の意識改革です。具体的には、トータル・クオリティ・マネジメント(TQM)、BPRを通じた業務改革・改善です。行政評価もこうした目的で使われるでしょうし、活動基準原価計算/活動基準管理(ABC/ABM)のような管理会計的な手法もBPRのための経営情報を作るという意味で有効です。

変える人が得をする仕組みづくりへ変革するには、業績によるマネジメントを組み込んでいくことが不可欠ですが、当面は、人事・予算管理へ直接リンクさせるのではなくて、業務改革・改善のための恒常的な制度設計とその運用や表彰制度などを整備する例が多くみられます。

改革のシナリオ

第1は、業務改善のための制度設計と運用です。現場の職員の方、係長レベルで現場の課題を認識しているケースが多いので、課題を克服するための業務改善の制度設計と運用が意識改革という点で重要な役割を担います。第2に、トップマネジメント改革へつなげると同時に、施策や組織のミッション(使命)、役割を認識したうえで業務改革に発展させていくのです。

執行部門の生産性の向上には3つの段階があります。まず(1)業務改善…現場感覚に基づいたトータル・クオリティ・コントロール(TQC)活動があり、つぎに(2)業務改革…ミッション・役割にもとづいて事務事業を再構築につなげます。そして(3)ABC/ABMによる業務分析データを活用したBPRへ発展させます。

(1)瀬戸市の事例
愛知県瀬戸市の例でご説明します。まず業務改善です。改善には定石3点セットがあります。
・無駄な仕事をやめる
・やめられなければ活動を減らす
・それでもだめならやり方を変える。
瀬戸市では、業務改善を進める前提となる経営情報づくりを進めました。その際、いわゆる行政評価シートではなく、これに替わるものとして基本シート(図2上)と事業見直しシート(図2下)を活用しました。まず、基本シートですが、すべての係で、行政サービスの単位で事業を括り、事業の括りごとにコストと成果が対比、一覧できるように工夫しました。

図2:瀬戸市基本シート/瀬戸市事業見直しシート

次に、事業見直しシートです。各事務事業の括り(あるいは小施策)ごとに現状の課題・問題を認識し、最右のあるべき姿に近づけるために何をするのか、で具体的にアクションを導き出すことがねらいです。

この2枚のシートが行政評価に代わる経営情報であり、非常に重要です。ふつうの事務事業評価シートは単にチェックのためのフォームですが、業務改革・改善ではチェックよりもアクションが大事なので、この2つは、アクションを導くためのツールとなっているのです。

そして、ABC/ABMに基づく業務プロセスの再構築が待っています。業務プロセスを可視化し、業務分析と業務フローの分析をあわせることで、業務のムラ・ムリ・ムダを排除し、業務の最適化を進めるのです。

(2)トップマネジメント
次にトップマネジメントの部分です。戦略的なマネジメントを展開する上で2つの重要な作業があります。1つ目は、行政評価(行政の意思決定)の部品を作ること。小施策(事務事業の括り)単位で、使命・強み弱みを導出し、コストと成果を対比できる経営情報を蓄積します。すべての小施策(事務事業の括り)で、現状認識・成果・真のコスト、とこの3点セットの経営情報づくりをします。これは現状の把握という意味で不可欠です。2つ目は、ビジョンと戦略づくりそのものです。SWOT分析を行い、政策目標と手段を決定します。

(3)価値判断
このように積み上げでつくっていく経営情報では、内部の要因分析が中心なので、重要性、すなわちその分野を重点化するのかどうかという価値判断は導かれません。これはSWOT分析の本質ですが、どこに経営資源を重点配分するのかといった価値判断は、外部環境の認識を通じて、答えを出していきます。

外部環境には、社会経済環境の変化や、三位一体改革の行方など様々な要因がありますが、一番重要なのは民間企業同様、ニーズ分析です。自治体の場合2つのニーズがあります。まず、市民のニーズ(市役所が提供する公共サービスへのニーズ)。もう1つは市という行政区域が他の地域に対して果たすべき役割です。

(4)自治体の戦略ビジョンづくり
今、戦略的な総合計画を作りたい、という自治体が増えています。

計画を行政側からつくるのか、地域側からつくるのか、という違いがあります。瀬戸市の場合は行政側からビジョンを提示し、それにリンクさせて行政の資源配分の大枠を決めました。今後、個別分野ごとに限られた経営資源(予算)の範囲内で、個別領域ごとに市民参加の場を通じて協働を折り込んで個々の公共サービスの目標設定をする予定です。

一方、愛知県東海市では、別のやり方をしました。先に市自体(地域)の目標値(ベンチマーク)を市民参加で作りました。そして後で、行政側の役割に基づく業績目標と資源配分をするというのです。本当はこの東海市の進め方が理想なのですが、実務的にはなかなか大変です。というのは、市の予算配分と全く無関係に最初に市全体(地域)の目標値が設定されるからです。行政の資源配分を後で考えるわけですから、成熟した市民が育っていることと、予算に余裕のあることが東海市型の条件となります。大抵の自治体の場合は瀬戸市型の方が現実的であろうと思います。

まとめ

今、トップ・マネジメントと執行のマネジメントをつないだ1つのマネジメント・モデルを提案しています。

昨今のように、外部環境が激変する時代では、環境変化に対応したビジョンや目標設定をし、それを基にぐいぐい引っ張っていくマネジメント・モデルが現実的です。激動の時代のマネジメント・モデルに必要なのは、次の3つです。(a)トップ・マネジメントでは、SWOT分析を活用してミッションの再定義・ビジョンの設定を行い、(b)執行のマネジメントでは、BPRを通じた生産性の向上を図る。なお、これはオプションですが、(c)バランス・スコア・カードを導入して、ビジョン・目標を共有し実現させるための工夫をすることも考えられます。これに瀬戸の基本シートでみたような経営情報づくりをすること、あえてもう1つ付け加えますと、ニーズ分析や市民参加のための方法論も必要です。

むすび

NPMはマネジメント・システムを業績/成果主義に転換することをねらいとしていますが、NPMによる経営改革にはまだ誤解も多いようです。

経営改革は誰のためなのか。いうまでもなく、民間企業では経営改革は顧客のためではなく自企業が生き残るために行います。自治体の場合どうか。市民(顧客)のためと答える人は多いのですが、確かに半分くらい顧客のためかもしれません。「足による投票」は都市部でさえ非現実的な場合が少なくありませんから。が、わたしはやはりご自身のため、つまり一般の行政職員やトップ自身のためという要素が大きいと思います。今日お話ししたようなこうした方法論を取り入れることによって、おそらく現場では職場の活性化が図られ、やりがいのある職場作りができるでしょうし、トップはビジョンや政策目標の設定が可能となり、なぜそのような経営判断を行ったのかについての説明もきわめて容易になります。トップでも現場でも、意思決定や業務が飛躍的に改善されてゆくはずです。

質疑応答

Q:

顧客志向で業務改革をしていくにあたり、どのようなインセンティブが有効でしょうか。受益者である住民からみて改善があったと思える度合いに応じて、貨幣なり、地域通貨なりでマネジメントにフィードバックする仕組みです。たとえば公共サービスを行うNPOなどにとって財源確保の道もあり得るのではないかと思うのですが?

A:

埼玉県の志木市や、千葉県の市川市では、住民税の1%を直接NPOに還元する、という運用をしています。その際、NPOのビジョンと実績がないと市民が還元先を評価して投票することができないので、NPOのマネジメントという意味では非常に良い仕組みだと思います。

Q:

現在、財政改革のニーズは高いのですが、アウトソーシングなどをしても必ずしもコスト削減につながっていません。NPMの成果がどのような形で現れているのか教えてください。

A:

NPM自体の成果は、数値では見えにくい部分に現れます。たとえば、市民への対応や個々のサービスレベルでの改善などです。マクロの指標ではなかなかとらえられないので、長期的にみる必要があります。
コスト削減については、NPMの結果として財政が改革されるのではなく、前提として財政制約を課す、という形で進められました。財源が限られていますから、政策分野あるいは組織で厳しいシーリングを設けておき、その中で財務上のマネジメントをするのです。成功例と言われるスウェーデンもフレーム予算による総枠があり、その中で実施していく仕組みです。逆に言いますと、厳しい財政制約のもとでもマネジメントできる仕組みを作り上げたのです。

本意見は個人の意見であり、筆者が所属する組織のものではありません。

※本稿は11月26日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2005年3月7日掲載

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