Research & Review (2003年10月号)

スポーツ界におけるマネジメントナレッジ及び人材不足の現状と課題

広瀬 一郎
上席研究員

はじめに

周知のように日本の企業所属スポーツチームが、近年相次いで廃部を強いられている。「企業に支えられたスポーツ」という従来の形態は大きな変革の岐路にさしかかかっている。その一方で、多くのスポーツ種目が独立採算への道を模索し始めている。2003年、(株)サントリーではスポーツフェローシップ部を新設した。主な事業をこれまでの親企業の社会貢献事業としてのスポーツへの取り組みから、チーム運営、スポーツイベント企画運営までを含めてその業務範囲としている。企業所属チームとして社会貢献する態勢から、そのチーム、ひいてはスポーツ自体の価値を活かして運営する態勢へ、という動きであり、この変化に1つの方向性を見ることができる。即ち、産業としてのスポーツ、あるいはスポーツの産業化は日本でも確実に迫ってきているのではないだろうか。

問題認識

企業スポーツの衰退という昨今の現象は、その原因が「日本経済の停滞」に寄せられることが多い。だとすると、経済が回復すれば企業スポーツは再生するのだろうか。ここに興味深いデータがある。撤退した企業はその理由として、親会社(親企業)側の「業績不振・リストラなど経済的事情」(80%)をあげているが、再開の可能性を問う調査では「景気が回復してもチームの再開は考えていない」と答える企業が実に58%に上るという結果が出ているのである(*1)。このことは、親会社の経済的事情は単なるきっかけに過ぎず、本質的な問題は別所に存在することを示している。残念ながらこの調査はここで終わっているのだが、本来であれば次の質問は「ではなぜ再開を考えないのか」と理由を問うものであるはずだ。そしてその問いは、企業の論理に立ったものであるはずだ。

今や日本の全ての企業に、コーポレート・ガバナンスが求められる時代である。従って成果が最も重要である。スポーツに関して言えば、(1)「スポーツにおける成果」(つまり競技結果)と(2)「スポーツによる成果」の2つが存在し、企業にとっては(2)が問題であることは明白だ。そして、成果を求められるあらゆる組織にマネジメントは不可欠である。ところが残念ながら、わが国の場合、「学校体育」という歴史的な背景から、スポーツ独自のマネジメントが欠如している。

学校体育という制度の中では、スポーツに必要なマネジメントは、学校に依拠してきた。そして、一般社会でそれを代替するのが、従来は主として企業であった。いずれにせよスポーツの内部で独自のマネジメントを行う必要条件は、これまで生じなかったのである。結果、スポーツ内部でマネジメントは未発達のままであった。

その中でも特に、第3次産業のサービス分野としてのスポーツが、未開拓となっている。例えば、公共のグラウンドを使ってスポーツをしようとする時、「利用申し込みは活動の数カ月前の平日早朝のみ」などという対応が、多くの施設で堂々とまかり通っているのである。管理者にとっては都合がいいものの、利用者が“顧客”であり、その活動自体が“顧客へのサービス業務”であることが全く考慮されていない。「管理者は先生、利用者は生徒」という学校体育の管理システムが一般社会にも継続されてしまっているのである。

ところで産業が発展・振興する要因は何であろうか。日本産業読本(*2)では、日本の産業が1960年代以降高度成長した要因を「社会構造・戦後要因・労働・資本・土地・投資機会・政策・産業組織・国際事情」としている。また、産業発展のための政策として、「産業への資源配分に関する政策」「個々の産業組織に関する政策」が必要であることを小宮(*3)は述べている。そして鶴田・伊藤(*4)は、ぺティ=クラークの法則に従って産業が第三次産業に傾斜してくる変化の過程は「技術進歩のプロセスでもあり、人的資源(human resources)の蓄積がその原動力である」と示している。現在のスポーツ(サービス)産業においては、「資本」「制度」「ナレッジ/人材」の3つが必要不可欠であると考えられるが、わが国の現状ではそのどれもが不十分である。従って、仮に今、政策的に公共財としてのスポーツの産業振興策として税制の優遇措置や、直接的な公共投資が検討され、実現されたとしても、スポーツ界には“マネジメントナレッジ(一般的ビジネスナレッジ)”が欠落しているため、せっかくの投資に対する正常な「稼動」は期待できず、無論「成果」も望めないであろう。つまり、まずスポーツ産業としてのビジネスナレッジを形成し、人材を育成する事こそ早急にクリアしなくてはならない問題点であり、「制度変革」をいくら行っても、問題は断じて解消しないのである。

調査

ここでスポーツ界の現状を今少し精査する必要があろう。そこでトップスポーツの運営に関わるビジネスナレッジの現状と問題点の所在、対処形態を明らかにするために、聞き取りを中心とした調査を行った。事前の予備調査を基に検討した結果、数多くのビジネスナレッジからトップスポーツ運営に必要とされるであろうナレッジを、(1)組織論、(2)経理・会計・財務・税務、(3)法務、(4)マーケティング、(5)広報/PR・危機管理、(6)地方自治体・公共事業体・NPO、の6つの分野に分けることにした(調査の過程でこれら6分野以外についての言及はなかった)。聞き取り項目として、その6つのナレッジの必要性のみならず、そのナレッジを用いて業務を遂行すべき職務の人間がどのように雇用され、どこでそのナレッジを得たのかも加えた。調査対象の内訳はサッカー2名、ラグビーフットボール3名、バスケットボール2名、バレーボールは1名、陸上競技1名、そして日本体育協会1名である。個人面接調査は、2002年11月29日から2003年1月28日の約2カ月間にわたり実施した。

結果

チームを運営するスタッフのほとんどは親会社(親企業)からの出向などで構成されていた。リーグ運営は、経理はその専門スタッフに委託しており、財団や社団などの公益法人として会計には留意していることがみてとれた。人材のリクルート方法や受け持つ業務の分担は、プロ化志向・独立採算志向が低い種目ほどあいまいさが目立つ。人事・経理・総務というスタッフが必要なナレッジを習得する機会についてチーム運営側は、「親会社で得られるナレッジで十分」と現状に満足している現場スタッフが多いが、一方で「行き詰っている」という意見もあった。

自由回答に特徴的だったのは、ほとんどの競技において「ボランティア」と「セカンドキャリア」の関心が高かったことである。特にボランティアについては、マネジメントの中枢に関わる人材にボランティアが多ければ多いほど問題点として捉えられているようである。

こちらから提示した6つのマネジメントナレッジについても、個々の回答としてはそれぞれの必要度を認めるものも、リーグ・チーム運営としてそれが必要であるとする共通した理由は見られなかった。(どの競技・リーグにおいてもはっきりした人材像が描けていない印象である。)

考察

スタッフ人材について、ほとんどのチームの運営スタッフは親会社(親企業)に頼っている。この出向というスタイルは、当事者たちにとって「親会社に所属している」という安心感をもたらしているようであり、裏を返せば「スポーツ産業は安定しない」という考えの表れともいえるかもしれない。

現状、日本のトップスポーツのスタッフは、ほとんど企業スポーツを経ているため親会社(親企業)やその関係者が重要な位置を占めているところが多い。企業スポーツという形態が「親会社からの財政的支援」だけではなく、「人的資源の支援」も受けてきたという実態がかなり明確に浮かび上がってきた。これは非常に重要である。

調査で明らかになった「マネジメントの主要スタッフが親会社からの出向で賄われている」という状態が一般的であるとすると、親会社を持たない独立型のスポーツクラブにおけるサステナビリティー(持続可能性)には悲観的にならざるを得ない。文部科学省が打ち出した「総合型地域スポーツクラブ」の設立構想を始めとして、近年独立したスポーツクラブが注目されている。これらは利潤をあげるかどうかに関わらず、全て事業であり、事業である以上マネジメントは不可欠かつ主要なファクターである。それが自前で調達できないとなると、事業の将来性は疑わしい。

出向者には、当然ながら「企業あってのスポーツ」という意識が強い。競技を他の産業に付属的なものとして捉えているため、その運営も付属的な知識で対処されてしまっている。従って、スポーツ組織が自前のマネジメント体制を保持する必要性の認識も薄く、独自のマネジメントナレッジの蓄積はないままとなる。

競技がプロ化されるかどうかとは別に、競技運営のマネジメントはいずれにせよプロフェッショナリズムを必要とする。競技がアマチュアだからチームやリーグ運営もアマチュアでいいということにはならない。とりわけ運営にあたる組織自身が1つの企業・法人である場合、そして今や主要なスポーツ競技大会のほとんどは法人によって主催されているのだが、組織としてプロフェッショナリズムが求められるのは当然であろう。

一方、全国・国際クラスの大会を除くほとんどのスポーツイベントやチームの指導などは74.1%が無償ボランティアであるという統計(*5)も発表されているように、日本のスポーツ界ではまだまだボランティアの存在が圧倒的な位置を占めている。従って、トップスポーツから下部組織・地域組織へとナレッジの浸透がするにあたり、「プロフェッショナリズムを求められる運営」と「ボランティアスタッフの登用」の調和は大きな課題である。

展開・展望

冒頭で述べたように産業価値を発揮するためには「資本」「制度」「ナレッジ/人材」の3つが必要不可欠であるはずだが、ボランティアゆえに必要ナレッジが欠如していることが露呈し、企業からの資本撤退を余儀なくされる原因になっていると推察される。

この現状について、主にチーム運営統括ポジションの人間は、総合的なマネジメントナレッジについて危惧している。「現場スタッフは重要さを感じていない」「危機意識が低い」という意見が多いのである。それらへの対応はまだ端緒についたばかりだと言える。例えば、JOC(日本オリンピック委員会)は2003年3月に「GM(ゼネラルマネージャー)養成講座研究会」を発足させている。あるいは早稲田大学は2003年4月にスポーツ科学部を設立し、新機軸として総合型地域スポーツクラブのマネジメント開発と人材育成、さらにはマネジメントを自治体からのアウトソーシングで受注することも決定している。

toto(スポーツ振興くじ)の助成金は「マネジメントスタッフ雇用の人件費」もその対象となっている(約1000万円で3年間が助成対象)。しかしながら、この制度を昨年度利用したのはわずか7団体である。その原因はマネジメントを行う人材自体が不足しているから、とは文部科学省の体育局関係者の言葉である。

スポーツ発展のキーはマネジメントの開発とスタッフの育成であることが、ここにきてようやく共通認識になりつつある。この点は重要だ。しかしここで新たに問題となるのは、その競技チーム・リーグが維持・発展を模索する上で本当に自立を志向するのか、それとも企業スポーツの形態を維持しようとするのか、ということではないだろうか。どちらを志向するかによって、必要なマネジメントも異なるはずである。

「ビジネスナレッジやスポーツ独自のビジネスナレッジが欠如している」という事実について、その必要性と現在の危機的状況(廃部など)が必ずしも直結して認識されていないのではないだろうか。規模の縮小や廃止に追い込まれている現実の裏に、どのような原因があり、その打開策は何かをはっきり認識しておらず、「スポーツが産業化する意味やその有効性」がコンセンサスとなり得ているかどうかは未だ疑わしい。原因は、これまでの「親会社(親企業)」に頼り切った体制や、与えられた範囲での人材やナレッジで対応してきたスポーツ界全体の姿勢にあるのではないだろうか。

残された課題と今後の展望

「現状が危機的であるという認識の共有化」が成されると、マネジメントの開発とスタッフの育成について、具体的な対応が中心課題となってくるはずである。さらに、マネジメントの人材育成を事業として展開するならば、マーケットにおけるナレッジの需要を調査した今回の研究を基に、需要のある分野からいわゆる「セミナー事業」としてスタートすることは、実際の検討に値しよう。

設立が決定した専門職大学院も、ビジネスに直結するナレッジの研究開発と人材育成を目的にしているようなので、スポーツの専門職大学院も可能性がある。需要に応えられるナレッジの整理(体系付け)と、ビジネス現場の経験者から講師としていかに優秀な人材を集められるかが成功のキーである。(財)東京大学運動会はビジネスの第一線で活躍している弁護士、公認会計士、危機管理や広報等の専門家を講師に迎え、スポーツ界に対して実践的なナレッジ習得のためのセミナーを10月から始めることを決定した。受講希望者が定員を大幅に上回っており、今後の動向が注目される。

同時にスポーツ界もマネジメントを任せられる人材に門戸を開くことが期待される。例えば経営者やGMを公募するといった試みは、人材の買い手市場である日本経済の現状を鑑みれば、有効なのではないだろうか。

以上のことに取り組むことで、冒頭で述べた産業としてのスポーツが確立される可能性は大きくなる。そして、スポーツの産業化、第3次産業としてのスポーツはこれまで日本に存在しなかった新たな雇用を生み出し、今後の日本経済全体に大きな一石を投じることとなるよう願ってやまない。

脚注
  • *1 山下秋二『COLUMN スポーツ経営学の始まり、スポーツ経営学』P24、大修館書店(2000年)。
  • *2 日本興業銀行産業調査部編『日本産業読本(第7版)』東洋経済新報社(1997年)。
  • *3 小宮隆太郎他編『日本の産業政策』東京大学出版会(1984年)。
  • *4 鶴田俊正、伊藤元重『日本産業構造論』NTT出版(株)(2001年)。
  • *5 SSF笹川スポーツ財団『スポーツライフ・データ2000』SSF笹川スポーツ財団(2000年)。
  • *6 (財)大崎企業スポーツ事業研究助成財団『日本における企業スポーツ選手の特性とその処遇に関する調査』(2002年)。
  • *7 (財)大崎企業スポーツ事業研究助成財団『スポーツ支援と企業経営に関する調査研究』(2000年)。

2003年10月29日掲載