Research & Review (2003年9月号)

米中パワーゲームに巻き込まれる朝鮮半島

YOO, Michael
リサーチアソシエイト

はじめに

北朝鮮の核開発問題の危機が日に日に高まっている。米国の情報機関もそれが北東アジア、さらには全世界の脅威になっていると連日警告している。しかし不思議なことは、北朝鮮に最も近い日本ではそのような危機感が実感されていないということだ。日本にとって北朝鮮は金正日の奇妙な性格や、喜び組など週刊誌ネタとなるヘンな国に映るだけだ。北朝鮮の核開発問題は日本にとってオオカミ少年の寓話のようになってしまっている。

米国は連日、中国、韓国、日本と会談し、北朝鮮の核開発に対応しているが、実は北朝鮮との交渉については米中が中枢になっている。2003年2月から中国は、当事者間(韓国と北朝鮮)の対話による平和的解決を原則に掲げ無干渉を堅持してきたが、ここで急に態度を転じ積極的に対応するようになった。現在、朝鮮半島では米中のパワーゲームが繰り広げられているのだ。

本稿では、現在、北朝鮮の危ない賭けに米中がどのように対応しているかを整理し、中国が北朝鮮核問題にプレイヤーとして登場にした背景を探る。

接近する米中関係の現状

「ブッシュ政権がスタートした2001年4月、米国の偵察機と中国の戦闘機の衝突事件で、(米中関係は)厳しい局面を迎えていたが、その後、外交努力で最良の関係にまで修復された。台湾問題を除けば、米国は中国と協力関係にある」

去る7月22日付ワシントンタイムズ紙とのインタビューでコリン・パウエル国務省長官が語った中国観だ。インタビューで「米国と中国が協力関係にある」というのは北朝鮮問題を巡る米中間の協力を意味する。

この発言の背景には4日前の7月18日、パウエル長官がワシントンを訪問した中国外交部の戴秉国副部長と150分にわたって会談したことがある。戴秉国副部長はパウエル長官以外にもラムズフェルト国防省長官やコンドリーサ・ライス国家安全保障担当官など、ブッシュ大統領を除く米国外交安保チームの幹部全員に会った。次官級にもかかわらず国防省、国務省、ホワイトハウスのトップクラスの安保関係者が会談に応じたわけだが、ここにブッシュ政権が中国政府と良好な関係を構築しようとする意思が読み取れる。米国が特別待遇をした背景には、彼が、訪米前に行った一連の中国政府の動きがある。

7月12日、戴秉国副部長は平壌を訪れ、北朝鮮に多者間会談参加を促した。戴秉国副部長は胡錦濤主席の密書を金正日に渡し、中国が北朝鮮の核開発を深刻に受けとめている、と伝えた。そして、戴秉国副部長は、7月16日、すぐにワシントンに飛んだのだ。

中国は平壌とワシントンの意見を調整する役目を果たすことになった。その前に、韓国とも会談した。7月初旬に北京を公式訪問したノ・ムヒョン大統領は、中国指導部に北朝鮮問題の仲裁を正式に依頼し、中国は朝鮮半島問題に関わらざるを得ない状況となった。

朝鮮半島を巡る一連の動きから、中国は単純な仲裁者や傍観者の立場ではなく、自分自身の問題として受けとめ始めたとみられる。つまり、関与(Involvement)ではなく、介入(Interference)しはじめたのである。

中国が北朝鮮問題に、介入というレベルで関わることになった分岐点は2月13日に遡る。その日、中国は、北朝鮮核問題の安保理決議可否を決めるIAEA(国際原子力機関)会議で、賛成票を投じた。米国が北朝鮮の核開発問題を安保理に提出する計画を明らかにした時から投票の前日まで、中国は安保理決議自体に反対する立場を見せていたが、2月13日以後、中国は平壌とソウル、ワシントンを頻繁に訪れて北朝鮮の核開発問題に対する回答を模索するようになっていたのだ。

そして4月23日、中国はついに北朝鮮の代表と米国の代表を北京に呼びよせ、三者会談が実現した。膠着状態に陷っていた米朝関係が、中国外交部の努力によって再開されたのだ。

そして、中国政府は外交部の戴秉国副部長の訪米に先立ち、7月初旬、北朝鮮核問題責任者である王毅外交部副部長をワシントンに派遣した。王毅副部長は中国の朝鮮半島に関する三原則、(1)朝鮮問題の平和的解決、(2)南北対話を通じた朝鮮半島の当事者による解決、(3)朝鮮半島の非核化、をワシントンに伝えた。核開発問題は決して米国だけの問題ではなく、北京の問題でもある、ということが王毅副部長の断固たるメッセージであった。

中国が介入政策を決めた背景

中国が北朝鮮問題に介入するようになったのは中国自らの選択というより、米国の期待と要請によるものといえる。中国は従来、当事者間の対話を前提としていたため、北朝鮮問題に介入することを拒否してきた。

朝鮮半島問題の専門家には、中国の北朝鮮に対する影響力について根本的な疑問を呈する人も多い。中朝は名目上の友好関係を維持しているだけで、実際には中国は金正日に対してそれほど影響力を発揮することができないという分析だ。しかし米国は、特に国務省内のアジア専門家は、中国こそ北朝鮮問題解決の鍵だと見ている。2月9日、パウエル長官がFOXテレビのインタビューで語った内容にその根拠がある。

「中国の対外経済支援の半分以上は北朝鮮に集中している。北朝鮮で使われているエネルギーと経済活動資金の80%以上が中国から入っている。このような影響力を土台にして中国は韓半島の非核化のために積極的な役割を果たさなければならない。」

政治の側面から中国が金正日を動かせるかは疑問だが、少なくとも経済面では中国の存在は大きい。米国は中国が持つ経済的役割が政治的影響力につながると見ている。この見方の中心は、ブッシュ政権の反中人物として知られるチェイニー副大統領である。

米国が今直面している問題は、北朝鮮の核問題がすでに顕在化していること、つまり時間がないのだ。中国が核問題に絡む程度では満足できないというのがワシントンの立場だ。北朝鮮は7月初旬、8000個の核燃料棒再処理を公式に発表しており、核保有を肯定する発言も流れている。すでに、米国が定めていた一線を超えたのだ。

このような状況下、ワシントンは中国がより積極的に北朝鮮の核開発阻止に向けて働きかけるのを期待している。米政権のこういった期待は、7月16日付ワシントンポスト紙の記事から読み取れる。ワシントンポスト紙は「米政府は1年に、少なくとも3000、多ければ30万人の脱北者を難民として受け入れる方針だ」と掲載した。この記事で重要なのは、1年間の収容上限が少なくても3000、多ければ30万人に至るということだ。

もし脱北者を最低でも1万人単位で受け入れれば、北朝鮮はその体制維持自体が危なくなる。現在、中国の東北地域に流出する最大で10万人単位と思われる脱北者と、飢餓に喘ぐ2400万人の北朝鮮国民の立場から考えると、米国が大規模に脱北者を受け入れる方針を出した瞬間、全世界的な“エクソダス”が起きるはずだ。脱北者収容問題が北朝鮮を崩壊させる、最も効果的で平和的な方法として使われるのだ。つまりワシントンポスト紙の記事は米国政府が武力対決を避けながら、北朝鮮を内部から崩壊させる検討段階に入っていることを意味する。

しかし、脱北者収容問題は、中国にとっては自国の問題として認識せざるを得ない。なぜなら脱北者が米国へ政治的亡命をするには、北朝鮮と国境を接する中国の土地を踏むしかないからだ。吉林省、黒竜江省、遼寧省など中国の東北三省は、米国へ亡命を希望する脱北者で混乱に陥るだろう。中国に流れる脱北者にとって、米政府関係者と接触できるかどうかは文字通り、生死の境目だ。米政府関係者とは、米国大使館や領事館、アメリカンスクール、米系会社、教会、NGOなど米国と少しでも関係がある所を指す。これら地域と施設は脱北者の命をかけた脱出口になる。瀋陽の日本領事館で起きたようなことが、中国発の記事の見出しとして、連日世界の新聞を賑わすだろう。

中国がこれまで同様、脱北者の北朝鮮追放方針を続けると、米国と全世界から大きな反発を招くことになる。脱北者受け入れ問題は単純に中国内部を混乱させる治安問題に留まらず、「中国は文明国として価値を共有できない国である」というマイナスのレッテルが貼られる事態に発展する。これには国運がかかっており、2008年の北京オリンピックの明暗をもわける要素となる。米国は脱北者問題の中国にとっての意味をよく分かっている。ワシントンポスト紙の記事が偶然、戴秉国副部長のワシントン訪問1日前に出たことに、米国の意向が読みとれる。北朝鮮問題について、中国が迅速に目に見える結果を出せなければ、米国は人権問題として対応せざるを得ない、という最後通牒である。

現代史における朝鮮半島の米中パワーゲームの原点

現在の北朝鮮核開発問題において、米中はその解決にむけて足並みを揃えている。こういった朝鮮半島での米中協力は今に始まった事ではない。米中が国交正常化問題に入った瞬間から、朝鮮半島問題は米中間の大きなテーマになっている。

1972年2月21日、ニクソン大統領は、敵対していた中国との新しい関係を構築するため、北京を訪問した。ニクソン大統領の最大の関心はもちろん、ベトナム戦争だが、北京発のニクソン・ドクトリンが中国指導部と協力して具体化される過程で、朝鮮半島は重要な要素として登場した。冷戦時朝鮮半島は、東西のイデオロギーが衝突する最前線であったと同時に、1950年の朝鮮戦争では米中は敵対関係にあったからだ。

ニクソン大統領と国交正常化交渉を行った時の中国首脳の会話から、米国と中国の朝鮮半島に関する米朝の姿勢の原点を読み取ることができる。つまり、米中の朝鮮半島に関する基本的な考えから、米国が中国を巻き込もうとする背景が語られている。

そこで、米中国交正常化以降の、朝鮮半島における米朝の立場を整理する。

ニクソンは1週間の北京滞在中、毛沢東、周恩来らと計8回の会談を行った。機密解除措置によって1999年に明らかになった会談内容を順に紹介する。

(1)1972年2月21日

ニクソン・毛沢東会談

▼ニクソン-中国は米国の領土を脅かさないし、米国も中国の領土に興味はない。

▽毛沢東-我々は日本と韓国を脅かすこともない。

最初の会談でニクソン大統領と毛沢東国家主席は、朝鮮半島に関する基本的な立場を確認した。両国とも朝鮮半島を完全な影響下に入れることは望んでいないが、同様にもし、そうなった場合は許さない、という暗黙の了解が読み取れる。これは、現在でも、米中間の朝鮮半島に関する基本原則である。

(2)1972年2月22日

ニクソン・周恩来会談(第1回)

▽周恩来-ニクソン大統領、我々のインドシナに対する援助は、北朝鮮に対する援助とは全く異なっていることをお伝えしたい。朝鮮戦争で我々が北朝鮮を援助したことは、当時トルーマン大統領が我々にとって(北朝鮮を助けるしかない)やむを得ない選択を強要したからだ。トルーマン大統領は、第7艦隊を台湾に送って、我々が台湾を統一することができないようにした。(中略)アイゼンハワーが大統領になったとき(米国は)戦争を終えるべきだと思った。朝鮮半島での当時の人的、物的被害はベトナムに比べれば少ない。ベトナムでの人的物的被害は全てにとって良くなかった。そんなところ(ベトナム)で対決して力を浪費するより、1日も早く撤収した方がよい。

▼ニクソン-今我々は、第二次世界大戦以から一世代が去る時代に生きている。その間、米国は2つの戦争を経験した。朝鮮とベトナムだ。何回も強調したが、20世紀に入って米国の全ての世代は戦争を経験した。第一世代は第一次世界大戦、次は第二次世界大戦、50年代は朝鮮戦争、60年代はベトナム戦争だ。1世紀に4つの戦争を経験したという事実だけで十分だ(周恩来・笑)。

周恩来は中国が朝鮮戦争へ参戦したのは、台湾に対する米国の介入と関連があると、明言した。言い換えれば、台湾への米国の介入がなければ、中国には北朝鮮を助ける理由がなかったということであり、台湾問題に理解を示せば、朝鮮半島問題に協力できるということを言外に伝えている。中国にとって朝鮮半島問題は台湾問題と繋がっていることが、明らかにされた会談である。

(3)1972年2月23日

ニクソン・周恩来会談(第2回)

▽周恩来-朝鮮半島に対するあなた(ニクソン)の考えはよくわかる。第1は大統領の公式な政策として最終的に韓国から米軍を撤退させる意図があるということ、第2は極東の平和に有害だという面から日本軍が韓国に入ってくることのないようにするというのが米国側の考えだと思う。するとどうすれば南北が一緒に話し合い、(朝鮮半島で)平和を守れるのか。どれだけ時間がかかると思うのか。

▼ニクソン-重要なのは、米中両国が同盟国(南韓や北朝鮮)に対して影響力を行使しなければならないということだ。歴史的に見ると1953年、私が副大統領の資格で世界を回ったとき、アイゼンハワー大統領から李承晩韓国大統領に伝える長文のメッセージを預かった。李承晩は北進攻撃をいつも考えていた。私は当時「北進統一はダメだ。北進をする場合、米国は支援できない」というメッセージを伝える悪役を引き受けた。私がその意味を伝えると李承晩は涙を流した。私が李承晩の北進統一の意思をそいだのだ。今の話は当時アイゼンハワーの特使であった私が始めてする秘話だ。

▽周恩来-そうだったのか。あなたから聞く李承晩の性格は私が聞いたさまざまな事実と一致する。

▼ニクソン-北も南も例外なしに、感情的で衝動的な性格を持っている。そのような衝動的で戦闘的な性格によって困らないように互いに(南韓、北朝鮮)影響力を行使しなければならないと思う。朝鮮半島で我々がけんかすることはあまりにも愚かだ。一度は起きたが二度と繰り返してはならない。首相と私が力をあわせて戦争を阻むことができる。

ニクソン大統領と周恩来首相は、韓国の李承晩大統領の評価を通じ、基本的に朝鮮半島の見方が同じであることを確認し、朝鮮半島での戦争は避けるべき、ということでその方向性は一致した。逆に、朝鮮半島問題はもし南北が武力対決になれば、米中が介入せざるを得なくなることを意味し、結局、米中が敵対する可能性が高い。朝鮮半島問題は台湾問題に直結し、米中間の直接対決への導火線となる可能性がある、というのが米中指導部の共通な認識であることが読み取れる。

おわりに

北朝鮮問題を巡る中国の対応は、積極的になっている。もちろん、その背景にはワシントンからの執拗な要請と期待がある。しかし、中国は北朝鮮問題に対応する時、米国と根本的なところに違いがある。米国の名目が大量破壊兵器(WMD)拡散禁止と反テロであるのに対して、中国の目的は、長期的には統一後の朝鮮半島と中国との関係構築であり、短期的には台湾問題への米国側の理解と譲歩を得ることにある。

これらの目的を実現するために、中国は米国に接近する戦略を取らざるを得ない。北朝鮮問題が長引くほど、中国の朝鮮半島への影響力が強化され、台湾に対する米国側の譲歩を引き出し、さらに、米国とは敵対関係ではなく、いっそう近い関係が構築できる。

米国が前提としている金正日の政権交代の立場に、中国が同意する気がない理由はまさしくこのような背景のためだ。北朝鮮の核開発問題は決して大量破壊兵器や反テロのような安保問題から見るのではなく、米中関係という国際政治の側面からアプローチすることも重要なのだ。北朝鮮の隣国である日本は、朝鮮半島を舞台とする米中のパワーゲームに常に観察する必要がある。

2003年8月28日掲載

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