ブレイン・ストーミング最前線 (2002年12月号)

日本人のための中国経済再入門

関志雄
上席研究員

今回、RIETIウェブサイト内の個人ページ「中国経済新論」で連載していたコラムなどをまとめて、『日本人のための中国経済再入門』(東洋経済新報社)を出版しました。日本の皆様が関心をもたれる内容について一通り触れており、ご期待に添うものになったのではないかと思います。今日はその中から、「メイド・イン・チャイナの本当の実力」「補完しあう日中関係」「21世紀の中国経済」の3つのテーマについてお話いたします。

メイド・イン・チャイナの本当の実力

まず、中国の工業力をどう見るのか。各国の工業部門の付加価値額をみると、中国の99年の数字は3300億ドルでアメリカの4分の1、日本の3分の1の規模に達していますが、中国の人口が日本の10倍に当たることを考えると、中国はまだ弱いと見るべきではないでしょうか。世界の製品輸出に占める中国の割合が急速に上がっているのも注目され、80年は0.8%だったのが2000年は4.7%まで上昇しています。ただ、世界ランキングは第6位、アメリカの3分の1、日本の半分の規模にとどまっており、これをもって中国が本当に世界の工場といえるのか、違和感をおぼえます。しかも、中国の外資への依存も高く、急伸しているIT製品でも、売り上げの70%は外資系です。また、貿易も輸出入全体では半分が加工貿易、輸出だけだと55%に達しており、外資系の場合は輸出の8割が加工貿易です。輸出の規模に計上されるメイド・イン・チャイナから外資に支払う配当金や技術使用料、それに中間財や機械の輸入代金を引けば、中国のGNPに計上される部分は相当小さくなります。

この現象はスマイル・カーブ(図1)に沿って説明することができます。典型的なパターンはR&Dや技術部品など川上では付加価値が高く、真中の製造部分は組み立てが中心で付加価値が低く、さらに販売やアフター・サービスの川下は付加価値が上がるというカーブを描きます。中国の比較優位はスマイル・カーブの真中、即ち付加価値が最も低い部分で、先進国は両端の部分をおさえています。中国の参入によって最近は、真中の部分における競争が激しくなり、スマイル・カーブの形が鋭いV字型になっています。中国にとって自国の労働力を先進国の技術と交換する比率=交易条件はますます悪化している、という現象が見られます。生産量が増えても所得がなかなか増えない中国は、豊作貧乏の状態に落ちてしまっているのではないかと思います。

図1スマイルカーブ

中国は賃金が安いので競争力がある、と言われていますが本当にそうでしょうか。米国の賃金を100とすると中国は2.1と格差は約50倍で、これを根拠に競争力が強いと言われます。しかし賃金だけみるとアフリカや中国内陸部などもっと安いところはいくらでもあるのに、なぜ上海に投資するのか。労働生産性と賃金が見合っているのか、という基準で判断すべきです。米国の労働生産性が100の場合、中国は2.7であり、賃金を生産性で割って単位労働コストを計算すると、米国の8割程度になります。即ち、中国の優位は50倍ではなく、わずか20%程度でしかない。つまり、中国の低賃金は労働生産性が低いことを反映しているに過ぎません。

補完しあう日中関係

日中間の競合・補完関係を図で表してみましょう(図2)。横軸は輸出品目の付加価値指標で、右にいくほど半導体などのハイテク製品、左は靴下などのローテク製品、縦軸は金額を表します。そして、日中の輸出構造はそれぞれ1つの山型の分布として描けます。山が高いほど輸出規模が大きく、右に偏っているほど産業構造が進んでいるといえます。現状、中国の輸出規模は日本の6割程度です。

図2日中間の競合・補強関係

今後、中国の山が大きくなって右へシフトして、2つの山の重なる部分がどんどん大きくなってくるのではないかと多くの人が考えています。重なる部分 (C) の大きさを日本の山 (B) の大きさで割ると、日本から見た中国との競合度がわかります。中国から見る場合は (C) を中国の山 (A) の大きさで割ればいいわけです。それを数字で表すためにまず、基本ハイテク製品は所得の高い先進国の輸出品目であると考えます。例えば、半導体輸出国の1人当たりGDPの加重平均が3万ドルであれば、その付加価値の指標として3万ドルという点数をつけます。同様に、靴下の場合は一人当たりGDPが1000ドルのレベルの国からの輸出であれば、この3万ドルが1000ドルに比べて高いということは、半導体が靴下よりもハイテクであるとみなします。このように、すべての品目について付加価値指標を計算することができます。

実際に米国の輸入統計に基づいてグラフを描くと、90年は重なっている部分は日本から見ると3%、これが95年には8%に上がり、2000年は16%まできています。変化率では中国が急速に追い上げていますが、やや乱暴な言い方をすると、日中間で競合しているのは16%で、84%は補完しているともいえます。単価の違いに反映される製品の質の差や、輸出製品に含まれる輸入部品の割合を考慮に入れると、競合部分は更に低く、10%程度にとどまるのではないか。他のアジア諸国と中国のグラフを重ねると、中国と発展段階が変わらないASEANの国々の比率は高く、特にインドネシアは80%以上が中国の裏に隠れてしまいます。

これに関連して、昨年の通商白書ではアジアにおける発展段階の雁行形態は既に崩れている、というのが重要なメッセージだったわけですが、私はまだ崩れていないという立場です。産業の雁行形態はアジアでそれぞれの発展段階に見合った比較優位に基づいた分業体制になっていると主張しています。つまり、各国の輸出構造は、低所得国が労働集約型で、高所得国になると技術集約型に変わります。そこで、米国への輸出品目の付加価値分布からみたアジア各国の輸出構造を見ると、雁行形態はいまだ崩れておらず、依然として日本はアジアの産業のリーダーであることがみてとれます。対して、中国はこの10年間非常に頑張ったとはいえ、下から1、2位を争っているという状況は変わっていません。真中にNIEs、ASEANの国々があり、これは従来の雁行形態の構図そのままなのではないかと思います。

雁行形態の代わりに言われているのが蛙飛びのパラダイムです。中国はIT技術を生かしていきなり先進国になれるという話をすると、まともな中国の経済学者からはそんなことはない、といわれます。むしろ中国の比較優位、適正技術は何なのかということが重要です。中国は今、雇用問題に悩まされており、ハイテクに走りすぎると雇用創出ができず、社会問題になりかねないという一種のジレンマに直面しているのです。儲かる企業の中心は実は中国が比較優位をもつ労働集約型産業なのではないかと思います。国全体の産業の高度化を図るには人的資本の向上と、技術開発能力の向上しかなく、残念ながら乗り越えるべきハードルがたくさん待ちかまえています。

次に、日中間が補完関係にあることを念頭に、中国の台頭による日本への影響について考えてみたいと思います。改革開放によって中国が比較優位に沿って世界経済に組み込まれつつあり、WTO加盟以降その傾向は加速します。単に貿易や直接投資が増えるというだけではなく、比較優位に沿ってマーケットに任せることになれば裸で戦える産業だけが残る。そうして今までも中国が13億人という労働力を生かして労働集約型製品の輸出を伸ばしてきたのです。

中国のように大きな国が労働集約型製品を輸出して、代わりにハイテク製品などを先進国から輸入するということは、労働集約型製品の価値がハイテク製品に対し相対的に低下する事態を招いています。労働集約型製品の価格を技術集約型製品の価格で割ると、中国の交易条件の定義となり、この20年間の需要と供給の変化は中国の交易条件を悪化させてしまったのです。中国は輸出を伸ばせば伸ばすほど、収入は増えないという一種の豊作貧乏の状態に陥っています。ASEANは中国と競合関係にあるので交易条件が中国同様に定義され、従って中国の交易条件が悪化するとASEANの交易条件もつられて悪化する。ところが、日本の場合は中国の輸出財は日本の輸入財にあたるし、逆もしかりなので中国の交易条件が悪化すると、補完関係にある日本の交易条件はむしろ改善します。実質的に発展途上国である中国から先進国である日本への所得移転から行われているにも関わらず、日本で中国脅威論が言われるのは不思議です。

これまでの分析は完全雇用が達成できた「長期」を前提にしていますが、短期的な失業や景気循環を考慮するとどう変わるか。価格の安い中国製品の流入は日本のデフレ要因になるというのは1つの事実ですが、2つの側面に分けて考える必要があります。いわゆる「悪いデフレ」とは、中国で製品が安くなると日本製品が売れなくなり、日本の物価が下がるだけでなく、生産も代替されて失業も増えるのではないかということです。しかしむしろ、原材料を輸入している中国と補完関係にある企業にとって、中国発のデフレは望ましい。ローテク製品とされるユニクロのカジュアル・ウェアでさえ、価格のうち九割は日本でつけた付加価値であると考えれば、中国から輸入しているのは完成品ではなく、あくまでも部品である、と理解した方が正しいのではないでしょうか。日中は補完関係にあるとみれば、「良いデフレ」の効果の方が大きいでしょう。

本来、日中両国経済が補完関係である以上、ウィン・ウィンゲームであるはずです。しかし、日本の企業の方から、中国の生産は脅威だが市場に魅力がない、ということを耳にします。その理由として次の3つが考えられます。まず、外資企業だけが儲かって中国の所得は増えない。GDPは増えてもGNPはそれほど増えないので中国人の購買力はなかなか上がってこない、というのが1つ。2つ目は、中国は貯蓄率が高く、輸入よりも外貨準備が急速に増えて米国債のような金融資産に流れているのではないか、という面。3つ目として、中国は豊作貧乏に陥っていて、未だ労働者の賃金が100ドル/月前後にとどまっているという状況です。それならば、中国を市場よりも生産基地と位置づけるべきです。

しかし、最近の日本企業の対中ビジネスを見ると、目的としてマーケットにアクセスすること、またその参入形態として直接投資にこだわりすぎているのではないか、という印象を受けます。もっと業種によって多様なものが求められるのではないでしょうか。

例えば、日本の大手自動車会社は例外なく、熱心に中国に進出しようとしています。しかし、中国ではWTO加盟を経て、完成車の関税については2006年までに従来の80~100%から25%に引き下げられ、輸入数量制限も撤廃されることになります。これを受けて、現地生産よりも、むしろ中国へ完成車をそのまま輸出した方が安くつく可能性が出てきました。輸出による市場参入が選ばれた場合、中国における投資は、工場建設の代わりに、販売網とアフター・サービスの充実や、現地市場に適するように製品を改良するための研究開発施設に集中させることができます。また、国内工場から中国向け輸出を増やすことができれば、新たな雇用創出に寄与し、有効な「空洞化対策」にもなるでしょう。

これに対して、中国のマーケットで製品を販売する以上、ブランド・イメージを高めるためにも、消費者のニーズに対応するためにも、現地でつくる必要があるという考え方が、自動車業界では一般的です。しかし、工場を見て車を買う顧客はまずいないでしょう。実際、日本市場でシェアを伸ばしているヨーロッパ系の自動車メーカーはみんな日本に工場を持っていません。その上で、どうしても中国における現地生産を拡大しようとするならば、外資企業が競って中国に進出する結果、そう遠くない将来、生産過剰の状況が発生しかねないというリスクについて覚悟しておかなければなりません。

このように、中国の市場にアクセスするために、本社からの中国向け輸出も有力な1つの選択肢でしょう。しかも、すでに中国に膨大な資金を投じた欧米メーカーに比べ、新規参入をめざす日本メーカーにとって、選択の幅はより広いはずです。こう考えれば、中国のWTO加盟に際して、日本は中国に対して自動車のゼロ関税を要求すべきでした。

21世紀の中国経済

21世紀の中国を巡る3大ニュースを大胆に予想すると、「一党独裁政権の終焉」「中台統一」「中国のGDPが米国を抜く」であると考えています。

現在、中国には経済基礎と上部構造の矛盾があり、中国当局もこの矛盾を感じています。もはや社会主義経済とはいえず、計画経済から市場経済へ、人民公社から家族経営へ、国営企業から民営企業へ変化しています。また、江沢民が3つの代表論を展開して、共産党が無産階級の代表から全民代表へ、という政治体制のソフト・ランディングをめざす動きがあります。さらに、ある程度、経済が発達すると民主化の流れが生まれてくるという、台湾と韓国の経験も参考になります。その中で共産党による一党独裁政権は終わりを迎えるのではないでしょうか。

中台統一については、これまでは経済格差が大きな阻害要因でした。今や、上海に30万人の台湾人が住んでいるといわれます。経済が発展して中国が自信を持つことで、武力を見せる必要がなくなっており、いずれ台湾側から大陸と一緒になりたいという声が出てくるのではないでしょうか。

中国は改革開放に取り組んで以来、平均10%近い成長率を遂げているにもかかわらず、豊作貧乏の結果、GDP規模がまだ米国の10%程度にとどまっています。中国の所得レベルは低いということを強調しましたが、決してこれから中国の成長性を低く見るつもりはありません。むしろ、今後20年では足下、7~8%の成長率は続くのではないかとみています。2020年以降、人口が減少し始めて高度成長期は終わると思われますが、先進国の追い上げが終わるわけではなく成長率の格差の代わりに人民元が強くなる形で、追い上げが続くだろうとみています。これをベースに予測すると、21世紀の半ば頃に中国のGDPが生の計算でもアメリカを抜いて世界一の規模になる可能性があります。

※本講演は10月22日に開催されたものです(文責・RIETI編集部)