ブレイン・ストーミング最前線 (2002年9月号)

米国予算編成プロセスの紹介

中林 美恵子
研究員

今日は、米国の予算編成プロセスについて、私が米国の制度の中で経験してきたことを日本との違いも踏まえてご紹介します。予算編成は政治的決定プロセスそのものですから、米国の政治インフラの部分にも触れながら話を進めたいと思います。

米国が大統領制であるのに対して日本は議院内閣制という点に、予算編成プロセスの大きな違いがあります。日本では、経済財政諮問会議がうまく機能していないのではないか、という議論がありますが、総理の諮問機関に過大な期待をするのはどうかと思います。諮問会議は既にある行政システムを温存する一方で、それに付け加えられた形に過ぎません。もし総理がそれを有効利用できなければ、組織はなかなかうまく機能できないはずです。日本に問題がありそれを改善するために改革が必要なら、もっと大きなピクチャーの中で組織や枠組みが考えられなければならないでしょう。日本には独自の制度・歴史・風土があるのですから、まずは日本が求めるスタイルの民主主義を考えてから細部デザインについての是非を語るべきです。(図「行政府と立法府」参照)

米国では国民が制度の中心に位置します。そしてホワイトハウスを頂点にした行政府と、立法府がそれぞれ違うスタッフを抱えています。行政府は予算に関しては行政管理予算局(OMB:Office of Management and Budget)が中心になって各省庁の折衝や調整、予算執行の元締めを担当しています。省庁と政党をつなぐのはトップ官僚である政治指名職です。立法府は議会予算局(CBO:Congressional Budget Office)と会計検査院(GAO:General Accounting Office)を付属機関として持っています。OMBはホワイトハウスがどちらの党にあるかによって立場が変わりますが、CBOとGAOは政党には組しません。立法府には公務員である立法官僚がいて上司の所属政党によって分かれて雇われます。

行政府ではOMBが非常に力をもち、大統領の予算教書ができるまで省庁の概算要求などを約一年でとりまとめます。(2002年6月の)現在、ワシントンでは議会で予算審議が行われていますが、同時に省庁では2004年度の予算を組む作業が既に始まっています(年度は10月1日から)。大統領にはOMBのほかに財務省や経済諮問委員会(CEA:Council of Economic Advisors)といった組織も協力し、経済や財政についてアドバイスしています。大統領はOMBに理念を伝え、それに従ってOMBのリーダーシップで予算内容が固められると、省庁へ予算案や決定事項などが伝えられて双方がやりとりするといった、いったりきたりのプロセスを踏みます。このプロセスで大統領の一言は絶対的な力を持ちます。そして11月には省庁がOMBに最終案を提出、12月に再び大統領がレビューしてOMBがドキュメントに仕上げて2月の第1月曜日に大統領が議会に予算教書を提出します。ホワイトハウスの仕事は2月の初旬に予算教書を作ることでサイクルが終了するわけです。

ここで、議会の立法権限について触れておきます。日本の内閣には立法権限がありますが、米国では大統領であっても行政府の人間が本会議に法案を上程する権限はありません。必要がある場合は、必ず議員を通します。日本では省庁が法案を積み上げますが、米国の場合は議員に立法権限があるので様々なところから法案のアイデアが持ち込まれます。大学の先生やロビイスト、シンクタンク研究者、地方自治体の議員、また選挙民からの法案を個人事務所が引き受ける場合もあります。

委員会での厳しいスクリーニング後、法案が委員会で採り上げられると公聴会が開かれます。委員会は議席の多い多数党(マジョリティー)と少ない少数党(マイノリティー)に分かれます。少数党になると委員会予算もオフィス・スペースも三分の一しかもらえません。委員長はマジョリティーの筆頭議員がなり、対抗するマイノリティーはマイノリティーの筆頭議員の下にスタッフをおくわけです。公聴会の予定やアジェンダ設定はマジョリティーに権限があります。証人は省庁の長官からシンクタンク研究者に至るまで様々で、三分の二をマジョリティーが、残り三分の一はマイノリティーが召集できます。公聴会の準備作業として、想定問答集(「ノートブック」といわれるブリーフィングブック)などを委員会スタッフが作成して委員に配ります。

公聴会がすむと委員会が作成した法案などをマークアップします。予算決議の場合はこれを3月頃に行い、本会議にどの決議案を送るかが決定します。予算編成は、4月15日までに予算決議を通すのが一応の規定で、予算の大枠と国家経営の長期的な方向性が示されます。その後は歳出委員会が単年度の裁量的経費を中心に13本の法案にするためマークアップします。本会議の審議が始まると議員による修正案等が提出されますが、審議時間が無くなることを回避するため、予算の数字に関わるものしか出してはならないと厳しく定められています。上院と下院で異なっている法案を、両院協議会で協議して完全に一致させてから再び上下両院で採決が行われます。通れば大統領に送付され署名後、法律になりますが、拒否権が発動された場合は議会で三分の二の議決票が得られないと法律になりません。

予算委員会は予算の裁量的経費と義務的経費を包括し、歳出と歳入のバランスを踏まえて予算編成の方向性を大枠で示すのが管轄です。例えば法律を改正しなければ歳出や歳入のコントロールができないと予算委員会が判断すれば、リコンシリエーション(財政調整法)の日程制限や金額などを指定し予算決議に含めます。実際の立法作業は管轄権のある委員会が予算委員会の指示に従ってそれぞれ行います。裁量的経費と義務的経費の割合は裁量が約三分の一、義務が約三分の二です。歳出委員会は13の小委員会に分かれてエネルギーや退役軍人、建設などの法案を作成します。委員会の法案が本会議を通過すれば大統領に送られ署名後、歳出法が成立します。予算委員会は歳出委員会と違い、課税や歳出歳入をどうするのか、小さい政府か大きい政府か、といった国家理念の対立が顕著な委員会で、民主党と共和党の基本理念が極めて激しく対立する委員会でもあります。他方、歳出委員会は政党にかかわらず議員同士が地元利益誘導において手を握ることができるので、理念の対立が前面に出ることは少ないです。

米国の予算編成プロセスの原型は1974年の予算法で、これによって今のCBOができました。OMBは以前から大統領の予算を作成する中心的存在でしたが、ベトナム戦争時にニクソン大統領がこれをフル活用し、予算の専門的知識を利用して歳出をコントロールする傾向が顕著になり議会の反発を招くに至りました。議会は予算の正確な数字や知識を持っていなかったので、その反省に立って作られたのが74年の予算法だったわけです。CBOのスタッフは政策の立案や立法権限はありませんが、エコノミストなどの専門家集団であり、米国経済の成長や財政赤字/黒字の見通しも出します。議員が提出する法案にかかる経費も算出して政策決定を助けています。CBOは議会のためにテクニカルな部分をカバーする組織ですから、どの政党の要請も受けますが、政策立案という部分には理念的立場の主張ができませんし決定権もありません。

そして1980年、それでも赤字が増加を続ける中、議会の改善策として財政調整法の枠組みが予算決議のなかに組み込まれるようになったのです。さらに1985、87年に悪名高き財政収支均衡法(GRH法:Gramm-Rudman-Hollings)が加わり、全体の収支バランスの最終的な目標値が達成できなければ一律歳出カットという厳しい条件がつけられました。ところが、議会には年金や福祉など一律カットされては困るものもあったため、議員は様々な例外項目を加えていった結果、90年の最悪な財政状況で国防予算を32%、国防以外の裁量的経費を35%各々カットして850億ドルの一律カットを満たすという非現実的な状態に到りました。

対策として1990年の財政執行法(BEA法:Budget Enforcement Act)ができたのですが、ここでは裁量的経費を対象に緩やかなキャップを設けることが決定しました(災害時などの例外あり)。さらにPAYGO(Pay-as-you-go)ルールができました。議員が義務的経費の歳出を伴う法案や修正案を提案する場合、財源を他の歳出カットまたは増税で確保しなければならないというもので、提出される政策案が財政面でニュートラルになるようなルールを持ち込んだわけです。これが財政均衡にかなり奏功したと認識されており、財政規律とともに財政均衡への道が短く、また早くなったといえます。

1993年の行政評価法(GPRA法:Government Performance Results Act)も、米国の財政改革の一環といえます。これは行政評価という視点から省庁自身がめざすゴールを書面で議会に提出し、それが実現できたか否かの評価もすることになっています。今年2月ブッシュ大統領が提出した予算教書に、信号機の色に喩えて行政評価成績表が掲載されました。青だったのは1つか2つ、ほとんどは赤で、評価する材料すらない黄色、つまり実際には赤よりも悪い黒ポイントもありました。成績表自体は悪かったのですが、行政評価をしていこうという一歩を踏み出したことには意義があります。ただ、評価の結果を議会の作成する13本の歳出法に反映させるメカニズムがないため、議会側の改革プロセスがまだまだ必要です。

質疑応答

Q:

予算の歳出まで米国議会では9カ月かけるのに対し、日本は2カ月です。日米どちらが効率的で国民のためになると思われますか。

A:

効率だけ見ると日本のほうが圧倒的に効率的でしょう。ただ、効率的であることがベストかというと、それは別の問題です。民主主義国家である以上、国民に対して理解を求める必要があると考えるからです。国家の政治レベルは国民のレベルと同じです。民主主義はある意味では非効率でお金や時間がかかるものですが、現実に政治がパワーゲームになる政策立案者たちの頭を冷やすのに、民主主義の成熟はより安定した国民の幸福に寄与すると考えます。

Q:

PAYGOが具体的にはどのように実現されているのでしょうか。誰がどのように責任をとっているのですか。

A:

PAYGOは議会の会期終了後、一律カットのレポートをもとに大統領が執行できるように仕組んであります。それを避けるために議員達は財源探しをします。予算委員会でそれをする場合も、歳出委員会がする場合もあります。財源のオプションが提示されていないものは赤字財政下ではなかなか委員会や本会議で通過しません。ポイント・オブ・オーダーという厳しいルールも上院にはあり、60票の支持がなければ歳出項目の案自体が却下となります。財源の根回し等の戦略は議員によって様々ですが、赤字財政の政治環境下ではPAYGOをクリアーできないと新規歳出を通すのは難しいというのが現実でした。しかし黒字が増加し続けた昨今は、財源の増加と共に議員達の気持ちが一気に緩んで歳出増加へと流れました。さらに、9・11テロの復興費や国土安全保障の費用、テロ組織との戦争費用など、歳出のペースが急速に速まった今、米国は財政規律を失っています。戦争や災害など緊急財政出動の必要がある場合、財政規律のルール部分は当てはまらないという例外措置適用も作用しました。

Q:

官に残された役割は何でしょうか。

A:

「市場メカニズム任せる」ということが誤解されているように思います。「市場メカニズムに沿って自由にやってください」ということではない。単純な野菜の朝市も皆がバラバラに集まるのではなく、八日ごとに集まるルールを決めるから八日市が成り立つのです。市場のルール等大枠のシステム・デザインは官の役目だと思いますし、健全な市場形成のための介入も官の役割です。価格・価値に関する情報開示なども官が強制力をもってやらせるべきではないでしょうか。また、あらゆる分野で二次市場の設計とその整備のための、法律面での制度作りは官の役割だと思います。

※本講演は6月14日に開催されたものです(文責・RIETI編集部)

BBL議事録「米国予算編成プロセスの紹介 ---最近のトレンドを含めて---」

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