米英で高まる政策の不確実性-日本企業、直接投資抑制も

張 紅咏 研究員

世界経済の先行きを巡る不透明性、不確実性が最近よく指摘される。「米国第一主義」を掲げるトランプ米新政権の発足や、英国の欧州連合(EU)離脱決定で欧米に進出する日本企業への影響が懸念される。さらに中国の経済政策の不確実性も増している。

本稿では海外市場(主に日本企業の進出先国の政策)の不確実性と日本企業の海外展開の関係について考える。特に対外直接投資による海外進出の状況に焦点を当てる。

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そもそも政策の不確実性をどう測るのか。政策の不確実性に特化した指標としては、スコット・ベイカー米ノースウエスタン大助教授、ニック・ブルーム米スタンフォード大教授、スティーブン・デービス米シカゴ大教授らが開発した経済政策の不確実性(EPU=Economic Policy Uncertainty)指標が挙げられる。

複数の新聞の報道から(1)不透明・不確実といった単語(2)経済(3)政策に関する単語(政策・規制・財政など)--が同時に使用されている記事の数を基に作成される。指標の数値が高いほど、政策の不確実性が高いことを意味する。

米国のほか英国やEU、中国、日本についても同様のアプローチで時系列のEPU指標が作成されている。同指標を用いた先行研究では、近年の欧米での政策の不確実性の増大は、マクロ経済のパフォーマンス(国内総生産、工業生産、企業の設備投資や雇用など)に大きな負の影響を持つことが明らかになった。

図1は2014年1月から17年1月までの米国のEPU指標と日本の対米直接投資の推移を示したものだ。直接投資フローのデータは、国際収支ベースで月次の実行金額と回収金額だ。実行金額から回収金額を差し引くと直接投資の純資産となる。

図1:米国のEPU指標と対米直接投資
図1:米国のEPU指標と対米直接投資
(注)16年10月〜17年1月の直接投資実行・回収額は速報値
(出所)財務省「国際収支統計」

米国のEPU指標は15年後半から17年1月まで大きく変動した。特に16年6月に民主党や共和党の大統領選候補者が確実になった直前の時期、11月の一般有権者による投票の時期に政策の不確実性が最も高くなっている。指標は12月にいったん下がったが、卜ランプ氏が米大統領に就任した17年1月に再び上昇した。

一方、対米直接投資をみると、14年と15年に比べて16年4月以降の実行金額も回収金額も少なく、日本企業の投資活動が若干停滞している。厳密な分析ではないが、直接投資の不可逆性や証券投資よりも調整費用が存在するため、多くの日本企業は投資あるいは撤退の実施時期を先送りしている。先行きの不確実性は直接投資を抑制する効果を持つ可能性を示唆している。

では米新政権下で日本の対米直接投資はどうなるのか。トランプ政権の通商政策の特徴としては2国間交渉による輸出振興、米国製品の優先購入(バイ・アメリカン)が挙げられる。輸入品に高い関税をかけて自国製品が優先的に購入されれば、米国に投資する日本企業は増えるだろう。

またトランプ氏がトヨタ自動車を名指しで批判した事例のように外国企業に米国への投資を求める口先介入もあった。これは「インベスト・アメリカン」といえる。今後日本企業がトランプ政権の経済政策と米国市場の成長を期待し、日本からの直接投資が増加する可能性が十分ある。

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一方、欧州に目を向けると、16年6月に英国のEU離脱が決定した直後の日本の対英直接投資の変化は興味深い。英国経済の不確実性(EPU指標)は世界金融危機以降、最も高い水準となった。

しかし図2から分かるように、EU離脱決定で英国のEPU指標が大きく低下し、16年7月以降、対英直接投資の実行金額と回収金額の両方が急激に増えている。英国政策の不確実性の低下により、日本企業にとって英国への投資の見直しや経営戦略の転換などの意思決定をしやすくなったことを示唆している。

図2:英国のEPU指標と対英直接投資 図2:英国のEPU指標と対英直接投資
(注)16年10月〜17年1月の直接投資実行・回収額は速報値
(出所)財務省「国際収支統計」

もちろん英国経済の先行きを楽観的にみて投資する企業もあれば、悲観的にみて撤退する企業もある。欧州全体のビジネスを統括する部署を英国に置く日本企業も多い。EU離脱により英国でEUのルールに基づいた制度や規制が大きく変わる場合、ビジネスの利便性などの面から英国以外の国に欧州の拠点を移転する企業もあると考えられる。

米国や英国での政策の不確実性と日本の対外直接投資に関する以上の観察事実は基本的に、ブランドン・ジュリオ米オレゴン大助教授と米連邦準備理事会(FRB)のヨンサク・ヨーク氏による最近の研究結果と整合的だ。

彼らは米国の対外直接投資フローの四半期データと投資先国別選挙のデータを用いて分析した。その結果、選挙のない時期に比べて選挙結果が出る直前の四半期に対外直接投資は約13%減り、僅差で決定した選挙ほどその負の影響が大きいことや、外国での政策の不確実性の変動が国境を越えた投資に負の影響を持つことが明らかになった。

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次に企業レベルのミクロデータをみると、海外市場の不確実性が多国籍企業の海外子会社の先行き予測に影響を与える結果、親会社あるいは現地子会社の投資判断にも負の影響を持つというメカニズムが働く可能性もある。この点については、不確実性と日本企業の対中直接投資に関する筆者の研究を紹介したい。

12年9月、尖閣諸島問題に端を発した中国での反日デモは、日中関係と日本企業に大きな影響を与えた。筆者と陳誠・香港大助教授、千賀達朗ロンドン大助教授、米プリンストン大学の孫昶氏は日中関係悪化に伴う中国市場の不確実性に着目し、経済産業省の統計を用いてその大きな負のショックに直面した日本企業の行動について考察した。

反日デモの拡大後、12年下半期の日本企業による中国現地売上高は大きく減少し、13年に入ると急回復した。その一方で、実現値を下回る悲観的な売上高予測を続ける企業が増え、プラスの予測誤差が観測される傾向が続いた。

こうした予測誤差は、一時的な売り上げ減によるテールリスク(確率的には極めて低いが発生すれば巨大損失をもたらすリスク)の顕在化、不確実性の上昇によるセンチメント(雰囲気)の下振れを示すと考えられる。その結果、中国での日系現地法人による設備投資や、日本から中国への直接投資はトレンドからみて顕著に下方にかい離した。

近年、日本は国際収支黒字を輸出よりも海外への直接投資で稼ぐ構造となっている。そのため海外市場の不確実性の日本への波及効果をみる場合、日本製品の輸出の増減だけでなく、米国や欧州、中国、東南アジアなどに展開した海外子会社の収益がどれだけ影響を受けるかが重要だ。

政策の不確実性は実体経済に大きな影響を与えるが、自国の経済政策に関する不確実性だけでなく、外国の経済政策や外交政策なども重大な経済的帰結をもたらす。海外展開を拡大している日本企業にとって、進出先での安定的な経済政策や外交政策などが一層重要となっている。

2017年3月24日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年4月12日掲載

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