「究極」の単一市場・単一通貨への道筋

本稿は東アジアの経済共同体形成の道筋を次の4つの側面、(1)貿易・直接投資の統合基盤(2)金融・通貨の統合基盤(3)東アジアとEUとの根本的な違い(4)東アジア経済共同体の形成に向けてのEvolution(進化)の過程――から明らかにしていく。

東アジアの経済共同体を推進している経済的基盤は2つある。第1は東アジアに展開している貿易と直接投資のリンク、それが生んだ生産ネットワーク。その上に各国のFTA、EPAが進展をみせている。第2の基盤は1997-98年のアジアの「資本収支危機」にある。こうした危機に際して国際流動性を供与する仕組みの第一歩として、ASEAN+3の中央銀行間でスワップ協定であるチェンマイイニシアティブが結ばれた(2000年5月)。

以上の東アジアにおける貿易・直接投資(第1の基盤)と金融・通貨領域(第2の基盤)間に相互作用が働き、経済共同体形成の気運が高まっているのである。

貿易・直接投資の統合基盤

東アジア域内貿易の比率は既に55%に達しているが、それがさらに上昇する可能性が強い。それには2つの基本的理由がある。1つは、地理的に近接し合いながら他の世界のどの地域より高い成長率を維持する発展途上国や中進国が存在していることである。2つには、上述の東アジアに出来上がってきた生産・流通の大ネットワークが東アジア内産業内垂直分業(典型例、エレクトロニクス産業)を一層進展させつつある。それは世界的に三角国際貿易の展開となって表れている。

三角国際貿易の基本構造は以下の通りだ。
(1)中国の加工貿易は今や中国貿易総額の55%を占め、その加工貿易の8割は外国企業が担う。
(2)中国は技術的に高度な部品やコンポーネントなどの中間財や素材を、日本、韓国や台湾から、さらにはASEANに生産拠点をもつ多国籍企業などから調達・輸入し、これらを中国は比較的安価な労働力で加工している。
(3)中国で加工され生産された消費財や資本財は、米国、日本、欧州、その他を含めて、広く世界市場へ向け輸出されている。
(4)こうして東アジア全体が一体となった「Global Manufacturing Center」が形成されている。中国はその一翼を担う大きな工場であり、中国だけで世界の工場を形成しているわけではない。
(5)そこで分業は国や地域がもつ比較優位構造と物的、情報、法律、規則などの制度インフラの成熟度に従っている。

上記のように東アジア全体がGlobal Manufacturing Centerを形成し、域内貿易比率が高く、貿易・外国直接投資(FDI)の連関が強いとなると、東アジアにとって望ましい為替レート制は、東アジア各国通貨の間の相対価値があまり変動しない仕組みだ、ということになる。それでは、各国通貨の為替レートの相互安定はどのようにして可能になるのであろうか。「究極」の姿としては、為替レートの変動が相互にゼロになり、その相互の完全固定制が確立できると、東アジアに単一の通貨「Asian Single Money」が形成されることになる。

この問題は、東アジアの金融・通貨の統合の契機となった97年アジア危機の性格と政策上の教訓と深く関係する。

金融・通貨の分野の統合基盤

そこでまず「危機」の性格を明らかにしそこから得られた教訓をみておく。

資本収支危機の性格

97年アジア危機は資本収支危機だった(詳細は、吉冨[2003])。その性格は通常の経常収支危機と180度違っている。経常収支危機の場合は、マクロ経済のファンダメンタルズ(インフレ、財政収支、貯蓄率)が悪いため、経常収支の赤字が膨らみすぎて国際収支危機(外貨の涸渇)が生じる。だが90年代の東アジアのファンダメンタルズは極めて良好だったのにこの危機は発生したのである。この資本収支危機では、国際短期資本が大量に流入し、東アジアの景気拡大を支えたが、その景気が逆転すると今度は一気にこの短期資本が逆転流出した。

資本収支危機の2つの教訓

こうした性格をもつ資本収支危機から学んだことは、国際短資をドル建てで借りると、マチュリティー・ミスマッチとカレンシー・ミスマッチのダブルミスマッチが発生することだ。マチュリティー・ミスマッチは、海外から短期で借りて国内で設備投資などの長期で運用することからくる短期借り・長期貨しの満期上のずれである。だから一度、短資が引き揚げられると、長期融資や長期投資の資金回収が出来ず、地場銀行や企業のバランスシートが崩れる。それに加えて、外貨で借りていると、為替レートの崩落が対外債務を突如増嵩させ、これもバランスシートを急激に悪化させる。

この深刻なダブルミスマッチが生み出す双子の危機(為替レート崩壊を伴う国際流動性危機と銀行危機)から2つの政策が導かれた。1つは、資本収支危機の下で突然の国際流動性危機に対応する政策。これが2000年5月にチェンマイイニシアティブ(Chiang Mai Initiative, CMT)となって結実する。2つめは、ダブルミスマッチを軽減するため、東アジアの国内や域内で自国通貨建ての長期債券市場を発達させることだ。自国通貨建てでの資金調達は外貨建てから生じるカレンシー・ミスマッチを軽減し、長期債券での資金調達はマチュリティー・ミスマッチを軽減するからである。

ではこの通貨・金融の分野では、東アジア経済共同体を形成する道筋をどう考えたらよいのだろうか。

CMIが内包する二大問題

CMIの目的は、ASEAN+3の中央銀行間でスワップ協定を結び、自国通貨を差し出して相手国通貨を借り、その外貨を使って自国の為替レートの崩落を防ぐことだ。ここには東アジア経済共同体を考える上で2つの異なった政策問題が含まれている。1つは為替レートの崩落を防ぐ場合、そこに想定されている為替制度は一体、固定相場制か、完全フロート制か、あるいはその中間のクローリングバンド制か。そうしてこれは先に触れた「究極の姿」としての「Asian Single Money」とどう関係してくるのか。2つはCMIで利用できる国際流動性(交換性の高い外貨)は量的に十分確保されているかどうかの問題である。また、その国際流動性を利用する前提としての各国のマクロ経済や金融制度に関する監視(サーベイランス)、CMIの下で外貨を借りるときの政策変更条件(コンディショナリティー)が重要である。

東アジアの為替制度のあり方

97年の危機以前の東アジア各国の通貨は対ドル・固定相場制だった。しかし国際資本の自由化がかなり進み、資本規制の少ない国々(韓国、タイ、シンガポール、インドネシア、フィリピン)では資本移動が活発なため、固定相場制の維持は困難である。これに対し資本勘定はまだあまり自由化されておらず、したがって資本規制の強い国々(中国、マレーシア)では固定相場制が維持されている。しかし早晩、中国なども資本勘定の自由化を進めざるをえない環境にある。2006年末までに金融サービス貿易の自由化を世界貿易機関(WTO)に約束している中国は、外国の諸々の金融機関が人民元建てで行う金融サービス業務を中国内で自由化しなければならない。これは中国を事実上の資本勘定の自由化に導く可能性が高いのである。

かといって東アジアの新興市場国では、完全フロートに移行するだけの十分な「深さ」や「広がり」をもった国内の金融・資本市場がまだ発達していない。それは銀行中心の金融制度からきており、それ故に長期債券市場が未発達なのである。債券市場が発達してはじめて、市場での金利形成が自由に行われるようになる。

その結果、内外金利差と為替の直先スプレッドが等しくなるような傾向が生まれる。自由な市場金利の形成は銀行経営のリスクマネジメントにとっての諸々のリスクヘッジ手段を提供してくれる。

ところが債券市場の発達には、市場を支える制度インフラの発達がとりわけ重要なのである。透明な会計、適切な規制、独立した司法の執行なくして、インサイダー取引や利益相反問題などを十分に取締まることができず、それ故一般投資家を十分保護できないため、資本市場は発達しない。

東アジア諸国では制度インフラの発達が遅れ、債券市場の流動性が低く、そのため市場利子や金融資産価格が大きく揺れる。こうした中での完全フロートの導入は為替レートの揺れそのものを一層大きくする。それは貿易依存度の非常に高い東アジアの貿易と直接投資の発展を妨げる。

以上の理由から、東アジアでは中間的為替制が一番適している。中心レートの回りに10%程度のバンドをもち、かつ中心レートは貿易相手国とのインフレ格差を調整して動かしていくクローリングバンド制である。

東アジア地域の「最後の貸し手」

CMIのドル換算での規模は500億ドルを超えているが(2005年末)、途上国が供与する自国の通貨が多いため、その中に含まれている国際流動性としての外貨は日本円くらいで非常に少ない。したがって資本収支危機に備えるためには、東アジア全体が保有する膨大な額(2兆ドル強、2005年央)の外貨(ドル、ユーロ、円など)の例えば10%を拠出して「East Asian Monetary Fund(EAMF)」を作ることが考えられる。当然、サーベイランスとコンディショナリティーが重要となる。このEAMFを使い、クローリングバンドの下限の為替レートを防衛することになる。

東アジアとEUとの根本的な違い

東アジア各国間の経済発展段階の差はEUと比べ非常に大きい。EEC(European Economic Community)は1958年に設立されたが(ローマ条約発行)、そのときのメンバー6カ国(独、仏、伊、ベネルクス3国)の1人当たり所得の格差はせいぜい2-3割だ。これに比べると東アジアでは1人当たり所得の差はとてつもなく大きい。

日本と中国を比較してみよう。1人当たり国内総生産(GDP)は、中国で1500米ドル(新GDP推計)、日本は3万6000米ドルである(2004年)。つまり現在の中国の1人当たり所得は日本の24分の1だ。中国で1人当たりGDPが毎年7%増加するとしよう。10年で2倍、20年で4倍、30年(2035年)で8倍だ(1万2000米ドル)。それでも今日(つまり今後30年全く成長がない場合)の日本の1人当たり所得の3分の1である。これは今日の韓国や台湾のレベルと考えてよい。

こうした非常に大きな所得格差を反映して、市場を支える制度インフラの成熟度が各々の国の問で非常に違う。例えば中国では、法の支配が弱い。現在のような「人治」の下で大汚職が跋扈する。そうしてそれは多分に共産党一党独裁下の市場経済主義がもつ矛盾の表れである。だから商業上の契約不履行(例えば売掛け債権の回収不能)問題を、地方の裁判が公平に裁けないことが多い。規制の朝令暮改、不透明な会計、主要企業への共産党幹部の天下りによるコーポレートガバナンスの未発達といった制度上の問題も根強い。

労働者1人当たりの資本装備率の差、技術革新力(全要素生産性)の差、そうして制度インフラの成熟度の差は、因となり果となって、長期の経済成長を生み出す原動力でもある(例、Hall and Jones [1999])。だがそれには長い道のりが必要だ。

以上のように、東アジアにおける大きな所得格差、市場を支える制度インフラの成熟度の差、政治体制の差というEUの場合にはみられなかったあまりにも大きな発展段階の差こそ、東アジアがそのままEUの歩んだ道を歩むのではなく、東アジア独自の戦略が経済共同体の構築には必要なことを示唆している。

東アジア経済共同体の形成に向けてのEvolution(進化)の過程

「単一市場」と「単一通貨」

前に説明したように東アジア経済共同体へ向けては、2つの平行した筋道で統合へ向けた動力が働いている。1つは貿易・直接投資の分野における道筋、その「究極」にはSingle Market(単一市場)がある。2つは金融、通貨の分野での道筋で、その「究極]にはSingle Money(単一通貨)がある。両者は経済共同体の「究極の姿」としては合流する。以下、それをみていこう。

貿易、直接投資の分野での道筋と制度化-広域FTA、関税同盟を経て「単一市場」ヘ-

EUは関税同盟から出発した(1968年)。関税同盟は2つの基本的要素から成っている。1つはメンバー国の間の関税は互いにゼロにする(域内関税ゼロ)。2つはすべてのメンバー国が域外の第三国に対しては共通の高さの関税障壁をつくる(対外共通関税の設定)。

東アジアのように経済発展段階の大きく違う国が共通の対外関税の水準をもつことは非常に難しい。共通の関税では、競争力の弱い多くの産業をもつ途上国はほとんどの産業で輸入に席捲されてしまう。

経済発展段階の大きな格差を前提にしたとき、FTAの方がそれぞれの産業についての競合性(substitution)や補完性(complementary)を考えて、弾力的に交渉できるし、弾力的に協定の内容を決定できる。多くの二国間のFTAが途上国を相手に形成されているのはそのためだ。

しかしこれまでの二国間のFTAで基本的に欠けているのは、ASEAN+3の"3"の間の二国間のFTAである。つまり中国と日本、中国と韓国、韓国と日本、といった東アジアの"大国"間のFTAがまだ結ばれていない。

だから貿易・直接投資の分野での共同体形成へ向けての進化過程も、(1)ASEAN各国と日、中、韓の各国との間の二国間FTA(2)日、中、韓、のそれぞれの間の二国間FTA(3)ASEAN全体と日、中、韓、それぞれとのFTA(既にASEAN全体と中国のFTAは存在)、そうして(4)ASEAN+3の広域FTAの形成へと進化していく。FTAは広域になればなるほど、差別される第三国の領域が小さくなるので望ましい。

既述のように、東アジアの三角貿易構造は直接投資の流れ抜きには考えられない。したがって、貿易中心のFTAの交渉は必ず直接投資に関する協定(投資協定)によって補強することが大切だ。この投資協定で一番重要なのは内国民待遇(national treatment)である。知的財産権の保護も大切だ。

EPAには貿易以外にサービス(例、金融)やヒト(例、看護師)の移動の自由化が含まれると同時に、通関手続き、ビザ手続きなどの共通化(harmonization)といった国際貿易の円滑化のための諸方策が合まれる。さらには技術支援などが入る。

ところでFTAの最大の欠陥は、膨大な行政手続コストのかかる"原産地証明"(Rules of Origin)を必要とするところにある。原産地証明はFTAの下で貿易迂回(trade deflection)を防ぐために必要となる。関税同盟の場合にはこれを必要としない。FTAは対外共通関税を設けない。だから第三国の輸出業者は、FTAを結んでいる国の中で対外関税が低い国へ向かって一度輸出すれば、後はFTAを結んでいるもう1つの国へ向けて自由に輸出できる。つまり第三国による迂回輸出が可能になる。これはすべてFTA締結国が共通の対外関税を設けていないことから生まれる問題だ。

そこで東アジアも関税同盟を形成していかねばならない。関税同盟という域内のモノの自由な移動なくして、究極の姿として次の「単一市場」の形成に向かうことは出来ない。

単一市場では、東アジア各国の国境を越えて、モノの自由な移動はもちろんのこと(関税ゼロ、その他の貿易障壁ゼロ)、サービス(流通など)、金融取引(債券、株など)の自由化、つまりあらゆる産業分野での直接投資の自由化、さらにはヒト(医者、弁護士などはもちろん、低賃金労働力も)の移動の自由化が必要だ。それはちょうど米国内のそれぞれの州の間では、州を越えて諸々の経済活動に必要な多くの要素が自由に移動するのと同じである。

単一市場を形成するには、その市場を支える制度インフラが各国に共通でなくてはならない。法律を守ること、契約を履行すること、裁判が公正公平に国の権力から独立して行われること、といったことは、経済取引が市場で円滑に行われるためのインフラ中のインフラだ。その上へ会社法、証券法、銀行法、会計法、外国為替法、労働法といった政府の各省庁が所管する諸々の法律が経済共同体の各国の間で調和され(harmonization)、基本的に共通になっていなくてはならない。諸々の経済法がバラバラでは、単一市場の中で国境を越えた経済取引が円滑にいくわけがないからだ。EUの単一市場は93年にようやく出発した。

金融・通貨の分野での道筋-クローリング・ペッグ、資本自由化、単一通貨の形成-

それでは先に述べた東アジア各国クローリングバンド制は、究極の姿としてのAsian Single Moneyとどう結びついていくのだろうか。次の順序で道筋を考えることができる。

クローリングバンド制の中心レートは複数通貨の入った通貨バスケットから成る(既述)。バスケットに入っている複数通貨の加重平均値が中心レートだ。バスケットに入る通貨は、東アジア各国の主要な貿易相手国でかつ交換性の高い通貨である。日本円、米ドル、ユーロ、その他主要な東アジアの通貨が含まれる。

さてAsian Single Moneyは前述のように東アジア各国通貨間の為替レートの変動をゼロにしたとき確立される。つまり、東アジア諸国の通貨だけで合成されているのがアジア共通通貨だから、そのバスケットには米ドル、ユーロは入っていない。だから通貨バスケットの中に米ドル、ユーロを入れて出発すると、将来そのバスケットの中から米ドルとユーロを除いていかねばならない。

この問題を考えるためには、アジア共通通貨の中に含まれるアジアの諸通貨がどんな資格(qualification)を備えておかなければならないか、それを理解しておく必要がある。例えば、日本円と人民元が合成されて単一通貨になるとしたとき、日本人にしてみれば人民元を受け取って、現在の日本円と同じように、世界のどこでも通用する国際的交換性の高い人民元でなくては困る。つまり中国の国際資本勘定の自由化が完全に実施され、資本規制が撤廃されていなければならない。一般化すると、単一通貨を合成する各国通貨の「資格」は、国際資本勘定が自由化され、高い交換性をもつようになっていることである。そのためには前述のように、東アジアの各通貨が完全フロートに耐えうるだけの「深い」「広い」国内債券・株式市場を確立し、クローリングバンドをもはや必要としないまでに経済の発展段階が進んでいることが前提になる。

加えて、その国の政治体制が民主化していることも欠かせない。透明な市場には透明な政治が必要だからだ。だから例えば中国は共産党独裁から民主政治へと移行しておかねばならない。

次に、このように成熟した東アジア各国通貨が協調して、各国間の為替レートの変動幅を狭めていく仕組みを作る。例えば互いに一定の変動幅の中でのみ為替レートがくねって動いていくAsian Currency Snakeは、その1つの仕組みである。そのときの中心レートは東アジアの中で最も物価が安定し経済規模が大きな国の通貨(現在なら日本円)となる。EUの場合はドイツマルクだった。その場合、各国間のマクロ経済政策の緊密な協調なしには為替レートの相互安定は達成出来ない。

尚、Asian Currency unit (ACU)はアジア諸通貨をGDPや貿易で加重平均して作った合成値である。それは計算単位として有用であったり、これを使って東アジア諸国の経済政策のサーベイランスに使うことは可能だ。だがACUそのものが強制通用力をもつ独自の通貨になるわけではない。European Currency unit(ECU)の場合も基本的には計算単位にとどまった。

単一のアジア共通通貨Asian Single Money(ASM)の発行は、創設される東アジア中央銀行によってのみ行われる。東アジア全域のインフレの番人は、この唯一の新アジア中央銀行である。日本銀行、中国人民銀行といった各国の中央銀行は消滅することになる。

以下のような問題がすぐ頭に浮かぶ。そのASMの価値安定のためには、新しい東アジア中央銀行がアジア地域全体のインフレの番人としてASMの金利を操作することになる。ということは、「単一通貨」の前提には、経済活動に必要な諸々の要素が経済共同体内の国境を越えて自由に移動できる「単一市場」(Single Market)の形成が前提になる。そうでないと、同一のASMの金利の下で、共同体域内の各国の間で景気や雇用にかなり違った影響が生じる。それはちょうど米連邦準備理事会が単一通貨米ドルの金利を操作し、単一市場である米国全土のインフレを、各州の景気変動への異なる影響は無視して、管理できるようにならなければならないのと同じである。

こうしてSingle Marketが形成され、その後にAsian Single Currencyが形成されるのである。EUROは99年に生誕した。前述のように、東アジアにおける1人当たりGDPの格差の縮小、それに伴った市場を支える市場インフラの成熟化、それに民主化の浸透が必要だ。日本と中国との比較からも分かるように今後30-40年は必要だろう。

2006年2月1日発行『日本経済研究センター会報』940号に掲載

文献
  • Hall, Robert and Charles Jones [1999]“Why Do Some Countries Produce So Much More Output Per Worker Than others ?,”Quarterly Journal of Economics, vol.144,pp.83-116
  • 吉冨勝(2003)『アジア経済の真実-奇蹟、危機、制度の進化』東洋経済新報社

2006年2月13日掲載

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