やさしい経済学―デジタル化の衝撃と人的資本

第8回 半導体業界の教訓生かせ

中馬 宏之
ファカルティフェロー

日本人はもの造りに自信を持っています。しかし、それがデジタル化の波によって崩れたのが約20年前の半導体の事例です。当時の半導体工場並みの自動化水準にようやく追いついてきた他のもの造り現場でも今後同じことが起こるかもしれません。現在の優れたもの造り現場の多くはいまだに、当時の半導体工場で深刻な問題となった「組長ラインの属人性」に大きく依存しているからです。

組長ラインとは変化と異常への対応を各工程担当の組長間の属人的連係に依存する生産システムです。組長は保全・技術部門との調整役でもあります。ところが半導体工場では1990年代半ば以降、工程間・工程内の搬送が完全自動化する流れの中で組長ラインが試練にさらされました。

半導体工場では仕掛品が異なるパターンで同じ工程に何回も戻ります。戻る回数も手間も製品の複雑化と共に増えます。その結果、特定加工段階の管理では対応しきれず、時間軸に沿う複数加工段階にまたがる大局的管理が必要になりました。そのため米国ではTPS(トヨタ生産方式)に倣ったMES(製造実行システム)が導入されました。

MESは各工程や全体の生産状況を自動で瞬時に一目瞭然化できますが、その使い方は生産システムに依存します。日本の多くの半導体工場では2000年前後まで自前のMESによる非TPSが主流でした。つまり、後工程引き取り型のTPSではなく、正反対の前工程押し出し型(他の工程と関係なく計画に従って生産)で、組長が自工程管理を担当し、複数工程にまたがる複雑な時系列管理は若手エンジニアが担うような状況でした。これでは全体最適化は困難です。

その後、日本の半導体工場もTPSになり、高い生産性を誇る工場も生まれました。そこで威力を発揮したのが組長クラス主体の時系列管理です。世界に冠たる日本の組長クラスの変化と異常への対応力は、彼らに複雑な時系列管理用の一目瞭然化データを分かりやすく提示できれば、大きな力を発揮します。こうした半導体業界の教訓を他のもの造り現場で生かせるかが日本の今後の競争力を左右すると考えられます。

2017年5月26日 日本経済新聞「やさしい経済学―デジタル化の衝撃と人的資本」に掲載

2017年6月6日掲載

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