やさしい経済学―デジタル化の衝撃と人的資本

第7回 「集合知便益」の活用容易に

中馬 宏之 ファカルティフェロー

デジタル化時代の到来に伴い、告発サイト「ウィキリークス」に象徴されるように機密情報の賞味期限が短くなってきました。しかもクラウド型の社会反射鏡の出現によってメタ認知の大衆化が起き、地球規模の社会実験・学習による経済便益が大幅に増大しました。その結果、自分のアイデア→他人のアイデア→自分のアイデア……というループが急速に進み、特許制度自体の限界も見えてきました。情報や知的財産の占有に走りすぎて大魚を逃がすコストが大きくなっているのです。

大魚を逃がさない方法は米アマゾンなどの事業経営スタイルにみられます。同社は自社データベースへのアクセスを、インターフェース(APIと呼ぶ)を公開して様々なアクセス権を付与する形で社外の専門家にも開放しています。異質で多様な大勢の専門家にデータベースを開放することで生じる「集合知便益」が、社内など特定の集団だけにデータベース利用を制限することから生まれる「専門知便益」を大幅に上回り始めたからです。

専門知便益を大きく上回る集合知便益を恒常的に生み出すことができれば、意思決定を先に延ばして不確実性を軽減することにもつながります。

もとより斬新なアイデアを生み出すためには多様性・異質性の追求が不可欠ですが、多様性・異質性の範囲が広がるほど、関係者間のコミュニケーションは難しくなります。そのため閉鎖グループ内での緊密なコミュニケーションが威力を発揮することも少なくありません。

こうした事情を反映し、本格的なデジタル化が到来するまでは、トヨタ自動車のような非凡な組織経営を誇る企業だけが集合知の威力に気づき、末端に至るまでの多様な人々の気づきや洞察に基づいて集合知便益を生み出すコミュニケーション構造(TPS=トヨタ生産方式)を実践できていたのだと思われます。

ところが、TPSの「全体を見る」という一目瞭然化便益を素早く安価に獲得できる時代になり、経営層がその意義に気づきさえすれば、世界中の企業が集合知経営を効果的に実践できるようになったのです。

2017年5月25日 日本経済新聞「やさしい経済学―デジタル化の衝撃と人的資本」に掲載

2017年6月6日掲載

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