やさしい経済学―デジタル化の衝撃と人的資本

第4回 現地・現物主義の威力低下

中馬 宏之 ファカルティフェロー

デジタル化の進行はあらゆる事柄を記号化・一目瞭然化・自動化しますが、1990年代までは想定内の「あらゆる事柄」にとどまっていました。想定外の事柄は、製品・サービスやそれを含むシステムの複雑性が増すほど、実製品・実地で蓄積される知識・ノウハウが重要になると信じられていました。変化と異常への対応力としての自己変化能は「現地・現物」を重視することで育つとの考え方です。多くの研究者も、これが80年代の日本勢躍進の主因と主張しました。

ところが本格的なデジタル化時代の到来により、現地・現物主義の威力が相対的に低下しました。他人の経験を相互活用できる範囲が拡大したうえ、その実行過程までも多くの人々に丸見え化する一目瞭然化の威力が高まったためです。想定内の事柄への対処方法が次々に自動化され、その自動化パターンが各所で再利用されることにより、実行過程の丸見え化が一層広がってきました。

さらに、まだ限定的ですが、想定外の事柄にも対処可能な自動化パターンを自ら学習して生成する仕組みも登場し始めています。自己変化能を持つ自動化パターンです。この動きは本格的なビッグデータ型人工知能(AI)や、その先の仮説を立てられる脳型AIの時代になると、一層加速するでしょう。

経験の相互活用は企業にも大きな便益をもたらし始めました。例えば、半導体回路をソフトウエアで何回も自在に書き換え可能なFPGAと呼ばれる半導体デバイスがあります。自己再構成可能な、この極めて柔軟性の高いデバイスを使うと、“本物”とほぼ同等のハードウエア、ソフトウエアを持つ試作品を仮想的に設計・製造できます。

しかも最終製品を生み出すシステムメーカーとそれを支える設計・製造、材料・装置などのメーカーがそれぞれ仮想試作モデル・データを持ち寄れば、企業・組織の境界をまたいで新製品・材料のスペック決定や市場投入の妥当性についてより正確な探りを素早く入れられます。また、将来予測の改訂を瞬時に何度も行えるため、意思決定を従来よりも先に先に引き延ばせるのです。

2017年5月22日 日本経済新聞「やさしい経済学―デジタル化の衝撃と人的資本」に掲載

2017年6月6日掲載

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