やさしい経済学―デジタル化の衝撃と人的資本

第1回 経験の相互活用が可能に

中馬 宏之
ファカルティフェロー

現在、世界で急速に進むデジタル化の本質は、あらゆる事柄の記号化・一目瞭然化・自動化といえます。「記号化」と「一目瞭然化」が「自動化」され、リアルタイムでの情報伝達・応答、「必要なものを、必要なときに、必要なだけ」の情報利用、拡大・縮小が自在な分析視点の切り替えが実現するのです。そうです、グーグルマップやグーグルアースの操作感です。

社会への衝撃が大きいのがリアルタイムでの一目瞭然化です。データベースを素早く共有するクラウドコンピューティング的な仕組みがそれを支えます。この仕組みでは、個々人が大勢の人々と協調したり反目したりする状況とその結果を社会反射鏡としてのクラウドに跳ね返ってきたミラーイメージ(鏡像)として第三者的な視点から眺められます。活動する過程とその結果が大勢の人々に丸見え化されるのは、劇場で演じる自らを含む人々の振る舞いを観察するようなものです。これは人々の経験の相互活用という大きな社会的便益を生み出します。

ネットワークの中で相互に補完・代替する状況を鏡像として獲得できるのは、情報転送・応答速度の超高速化や大幅なコスト低下をもたらしたデジタル化のおかげです。潜在的には誰もが世界中のどこからでも素早くこの鏡像にアクセスできます。しかも分かりやすく整理された階層構造の鏡像を活用すれば、「階層内情報の正確な抽象化と階層間の明瞭・迅速な遡及」が可能となり、より大勢の人々がグーグルアースの操作感で部分(自分)と全体(社会)の関係の鳥瞰(ちょうかん)情報(メタ認知情報)を簡単に素早く獲得できます。したがって、社会が民主化されているほど「メタ認知の大衆化」が起きやすくなります。

クラウド型の社会反射鏡の出現、そこで生まれるメタ認知の大衆化、経験の相互活用を介した地球規模での社会実験・学習による経済便益の増大……。このフィードバック効果が組み込まれている社会と、それができにくい社会が互角に競争できるでしょうか。

2017年5月17日 日本経済新聞「やさしい経済学―デジタル化の衝撃と人的資本」に掲載

2017年6月6日掲載

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