やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流

第4回 賃金格差、貿易要因はごく一部

田中 鮎夢 リサーチアソシエイト

米国では1980年代、高卒労働者の賃金に対して大卒労働者の賃金が上昇し、賃金格差が拡大しました。大卒労働者の賃金は79年には高卒労働者の1.48倍でしたが、87年には1.63倍になりました。賃金格差が拡大した原因を突き止めようと数多くの研究がなされました。

原因の1つとしては、ストルパー=サミュエルソン定理が予想するように、貿易が挙げられます。米ダートマス大のバーナード教授は90年代末、事業所レベルのデータを分析し、貿易が賃金格差拡大に関係している間接的な証拠を見つけました。しかし、貿易以外にも数多くの原因が考えられます。賃金格差の拡大に貿易が果たした役割は20%程度だと指摘する研究もあります。貿易の役割は小さいというのが現在では学界の定説となっています。

80年代の賃金格差拡大の最大の原因は技術変化であるというのが多くの研究者の一致した意見です。この技術変化説は、技術の変化で大卒労働者が以前よりも必要となり、賃金が相対的に上昇したと考えます。当時、大卒労働者の供給は増えていましたが、それ以上に需要が増加したと労働経済学者は考えています。

最近の研究は、学歴などの労働者の属性だけでは説明がつかない賃金格差が存在することを明らかにしています。同じ能力にもかかわらず、高い賃金の人と低い賃金の人がいるというのです。労働者の属性だけでは説明がつかない賃金格差が、米国などの賃金格差のかなりの部分を占めると指摘する研究もあります。

こうした研究動向を踏まえ、国際貿易研究の権威であるハーバード大のヘルプマン教授らは、メリッツの新々貿易理論を拡張する形で、貿易が賃金格差拡大に寄与する新しい経路を理論的に明らかにしました。その理論は賃金格差要因の1つとして企業の輸出の有無を挙げています。輸出している企業の賃金は平均的に高い傾向にあるからです。

しかし、輸出によって賃金が高まる効果は、あっても小さいと指摘する研究もあります。ドイツではその効果は1〜2%にすぎません。賃金格差のごく一部しか貿易では説明できないと考えるべきでしょう。

2017年2月7日 日本経済新聞「やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流」に掲載

2017年2月21日掲載

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