やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流

第3回 貿易は国内賃金格差に影響

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト

貿易は国内の賃金格差にも影響を与える可能性があります。1970年代以降、多くの国々で国内の賃金格差が拡大する傾向が見られました。この時期、貿易や投資が拡大し、グローバル化が進みました。そのためグローバル化が格差拡大の主因と考えてしまいがちです。しかし、これまでの研究はそうした見解をおおむね否定しています。

1940年代にストルパーとサミュエルソンは、貿易によって国内の格差が拡大するか縮小するかを分析する基本的理論を開発しました。彼らの理論はストルパー=サミュエルソン定理として知られています。

同定理は、貿易自由化の進展により、先進国では賃金格差が拡大することを予測します。先進国では発展途上国よりも大卒労働者が非大卒労働者に対して相対的に多くいます。先進国は途上国との貿易で、自国に相対的に多い大卒者を生かした知識集約的な財に比較優位を有します。先進国では知識集約的な財の輸出が拡大して大卒者への需要が高まり、大卒者の賃金は上昇します。もともと大卒者の賃金は非大卒者の賃金よりも高い傾向があるので、貿易によって賃金格差は拡大することになります。

逆に途上国では賃金格差が縮小することを予測します。途上国では先進国よりも非大卒労働者が大卒労働者に対して相対的に多くいます。そのため途上国は、相対的に多い非大卒者を生かした労働集約的な財に比較優位を有します。途上国では労働集約的な財の輸出が拡大する中で、非大卒者への需要が高まり、非大卒者の賃金が上昇します。その結果、大卒者と非大卒者の賃金格差は縮小します。

ストルパー=サミュエルソン定理は貿易と賃金格差の関係について基本的視座を提供しますが、現実にそのまま当てはまる訳ではありません。賃金格差は貿易以外の多くの要因によって決まるからです。実際、多くの実証研究が、同定理に反し、メキシコやインドなどの途上国でも賃金格差が拡大していることを明らかにしています。同定理とは異なる仕組みが働いていることが示唆されます。貿易は賃金格差に影響する様々な要因の1つにすぎないと考えるべきでしょう。

2017年2月6日 日本経済新聞「やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流」に掲載

2017年2月21日掲載