やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流

第1回 生産性の高い企業だけが輸出

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト

21世紀に入り、国際貿易論の分野は変貌を遂げました。まず、企業や事業所レベルのデータの利用が一般的になりました。以前は国や産業といった単位で集計された貿易データを分析するのが一般的でした。今では企業や事業所単位の大規模なデータを分析するのが普通です。さらに近年は労働者レベルや取引レベルのデータへと掘り下げた分析が競われています。その結果、産業や国レベルの貿易データでは分からなかった企業の輸出行動や企業内貿易、外国生産委託の実態が明らかになっています。

それらの実証研究の結果を解釈するには、産業や国レベルの貿易を対象にした既存の理論では不十分でした。そのため、新しい理論が数多く開発されました。

そうした新しい理論の中でも、米ハーバード大のメリッツ教授らが開発した「新々貿易理論」は企業の貿易を考える基本的な視点を提供しました。「新」の字を重ねるのは、1970年代後半にクルーグマンらによって「新貿易理論」が開発されているためです。この新貿易理論を発展させた新々貿易理論の論文(2003年公刊)は既に1万件近く引用され、メリッツはノーベル経済学賞の候補にも挙げられています。

貿易理論は、19世紀前半の比較生産費説(リカード・モデル)、20世紀前半の要素賦存理論(ヘクシャー=オーリン・モデル)、20世紀後半の新貿易理論と発展を遂げてきました。新々貿易理論は既存理論を否定するのではなく、既存理論とは異なる視点を提供するものとして登場しました。

新々貿易理論は、企業の生産性は様々という現実に根差し、生産性の高い企業のみが輸出できることを理論的に示しました。その基本的な発想は、外国市場に製品を供給するのは国内市場に供給するよりもはるかに大変だから、輸出できるのは十分に生産性の高い企業だけであるというものです。この発想は直感的には当たり前ですが、数学的に定式化するのは簡単ではありません。メリッツは統計学の概念を取り入れ、その定式化に成功したのです。

2017年2月2日 日本経済新聞「やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流」に掲載

2017年2月21日掲載