やさしい経済学 財政の規律とルール

第4回 リカーディアン

渡辺 努
ファカルティフェロー

財政規律に欠ける政府とは、政府の税収が債務返済に十分でないときに、物価上昇により国債の実質価値を低下させ、実質の償還負担を軽減させようとする政府である。

例えば、歴史を振り返ると、大きな戦争を経験した後の政府は膨大な額の国債を抱えることが多く、一方で戦争によって疲弊した民間経済に対して重税を課すことも難しい。このような場合に、物価上昇→国債の実質価値の低下という手段が選択され、それによって前回みた政府の予算制約式が満たされるということが繰り返されてきた。

反対に、しっかりした財政規律をもつ政府も同様な視点から定義できる。すなわち、政府の税収が債務返済に十分でないという事態に立ち至ったときに、何らかの方法で税収を増加させる、あるいは歳出を削ることにより純税収(税収から歳出を差し引いた金額)を増やし、それによって債務返済に十分な財源を確保するのが財政規律をもった政府の対応である。このような政府は、財政などについて研究を深めた経済学者リカードの名をとって「リカーディアン」型の政府とよばれる。

リカーディアン型の政府の特徴をみるために、国債の発行でファイナンスされた減税の効果について考えてみよう。政府がリカーディアンであるとすれば、増発された国債の償還資金を将来の増税によって賄おうとするはずである。家計は、政府が将来そのように行動することを正しく認識しているので、現時点での減税で純資産が増えたと見なすことはなく、消費支出を増やすこともない。これが有名なリカードの「等価定理(中立命題)」である。

これに対して、政府がリカーディアンでないとすれば、政府は増発分の国債の償還資金を将来の増税によって賄おうとしない。したがって家計は減税分だけ純資産が増えたと認識し、その分、消費支出を増やす。これは「富効果」とよばれるもので、1990年代後半の日本での「恒久減税」論議もこれにあたる。非リカーディアン政府の下では、この効果を通じて財に対する需要が増加し、それが物価上昇を招く。

リカーディアン型政府の行動原理を表す財政政策ルールとして、単一通貨圏を形成する欧州の経済通貨同盟(EMU)の参加要件を定めたマーストリヒト条約における財政基準が挙げられる。この基準のひとつは、財政赤字の対名目国内総生産(GDP)比率を3%以内に抑えるというものである。

2005年9月1日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政の規律とルール」に掲載

2005年9月28日掲載

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