やさしい経済学―ミクロデータから見た社会保障

第8回 幼少期の環境

清水谷 諭
コンサルティングフェロー

経済(所得、資産)、健康、認知の状態は、中高年になると個人間の格差が大きくなる。最近の研究では、幼少期の環境がこうした後の人生に影響を与えていることが統計的に明らかになってきている。

例えば欧州の大陸諸国のパネル調査「SHARE」では、個人が歩んできた歴史(ライフヒストリー)を簡単に聞き取る方法を開発。幼少時の環境や大きな出来事に関する情報を集める工夫をしている。具体的には10歳時点での家族1人当たりの部屋の数、本の数(新聞・雑誌・教科書以外)、主な稼得者の職業といった生活環境、同級生の平均と比べた国語や算数の成績、さらに長期入院や空腹の経験、疾病数などの健康に関する情報である。

最近の多くの研究で、こうした子ども期の環境が、中高年になってからの経済、健康、認知の状態に結びついているだけでなく、影響の度合いが国ごとに差があることが明らかになっている。さらに幼少期の環境は親によって左右されるため格差は世代を超えて持続する可能性があることが指摘されている。

幼少期の環境や経験が中高年以後の生活全般に与える影響を国際比較可能なデータで積極的に進めているのは、世界各国で実施されている中高年パネル調査である。日本の「くらしと健康の調査」(JSTAR)でも親の属性や15歳時点の状況が中高年以後の生活に与える影響を解析することが可能である。

幼児期の環境が成人してからも影響を与えるという事実はうすうす自覚されているが、いくつかの留意点が必要である。第1は、因果関係の特定である。確かに幼少期の環境や健康状態と中高年以後の状況には統計的に有意な相関関係があるといっても、どういった経路をたどってどの程度の影響を与えるのか因果関係の特定は非常に難しい。

第2は、政策的インプリケーション(含意)である。もし幼少期の影響が大きい場合には、中高年になってからの政策介入の余地は大きくないことになる。最近では、妊娠中の母親の状況が生涯所得に影響するという研究も見られる。そもそも幼少期の環境に政府が介入できるのかという問題もあるが、介入してもその成果が表れるのは遠い先である。

第3は、幼少期の環境や健康状況の測り方だ。後の人生で恵まれた人は、幼少期から恵まれていた(あるいはその逆)と言いたいかもしれない。この点で、出生時の身長・体重などが記録されている母子手帳を活用すれば、日本初の知見を世界に発信できる。

2011年9月21日 日本経済新聞「やさしい経済学―ミクロデータから見た社会保障」に掲載

2011年11月2日掲載

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