やさしい経済学―ミクロデータから見た社会保障

第2回 「世界標準」の特徴

清水谷 諭
コンサルティングフェロー

社会保障論議に不可欠な多様性と動機づけを明示的に取り込むには、一見遠回りにみえるが、なるべく偏りなく多くのサンプルを地道に収集し解析するしかない。海外では国際プロジェクトとして中高年を対象とした「世界標準」のデータ構築が進んでいる。その条件として、十分なサンプル数の確保と高い回収率だけでなく、次の3点も不可欠である。

第1は、経済、健康、就労、家族、社会参加といった生活のあらゆる側面をとらえる学際的側面である。これまで経済学関連の調査では、健康や家族、社会参加などの面が十分にとらえられていなかった。世界標準のデータ構築では質問数が全体で数百問に及び、中には握カテストなどの実測も含まれる。

第2は、調査対象を固定し、継続的に追跡し続ける縦断的側面である。これはパネル調査といわれ、その最大のメリットは、調査対象の差を除いた変化を直接観察できる点にある。特に政策効果を計測する場合、政策の実施前後での比較が必要だが、調査対象自体の差の影響が入ると、測定しにくくなる。

例えば年齢による引退率の変化(ここでは5年後)を知るため、同じ調査の中で65歳男性の引退率と70歳男性の引退率を比べたとする。しかしこれでは別人同士を比較するので、データに表れない個人間の特徴の違いも交じり、目にみえる引退率の差が年齢によるものか、個人の間の差が原因かはっきりしない。また世代によって引退行動が異なる可能性がある。現在65歳の人たちは戦後生まれ、70歳の人たちは戦中生まれで育った環境も異なるが、こうした世代効果を分離できない。

ある時点の65歳男性と、5年後の同じ調査の70歳男性を比較する方法はどうか。これは同じ特徴を持ったグループの異時点間の比較をするため「疑似パネル」と呼ばれるが、観察される変化はあくまでグループ単位で、個人単位の変化としてみればバイアスがかかる。例えば長生きする人は生涯所得も高いので、疑似パネルでは資産が増え続けているようにみえてしまう。

第3は、国際的側面である。各国の調査は諸外国と比較可能なよう設計されている。現在米ランド研究所を中心に、各国の質問を対照させ、比較可能性を子細に検討した上で、各国を横断的に把握するデータを簡単に人手できるデータベースの作成プロジェクトが進んでいる。各国の実情に応じて独自の質問も追加され、その国の政策評価や新しい科学的知見の発見に貢献することを目指している。

2011年9月13日 日本経済新聞「やさしい経済学―ミクロデータから見た社会保障」に掲載

2011年11月2日掲載

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