やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略

第1回 政府と外国企業

石川 城太
ファカルティフェロー

経済学では、ゲーム理論を用いて、経済主体の社会的行動の戦略的相互依存関係を分析している。

いま、航空機産業のように少数の企業が競争をしている市場(寡占市場)を考えてみよう。そうした市場では、ある企業の行動が他企業の行動に影響を与えることをすべての企業が認識している。したがって、ある企業がその行動を決める際にはライバル企業への影響や彼らの反応、すなわち相互依存関係を考慮しなければならなくなり、そこに「駆け引き」の余地、つまり戦略的環境が生じることになる。こうした状況を分析する際に役に立つのがゲーム理論である。

もちろん、戦略的環境が生じるのは、同じ市場で競争しているライバル企業間だけではない。川上企業(サプライヤー)と川下企業(バイヤー)の間でも生じる。企業間以外にも、たとえば企業と政府の間など、さまざまな経済主体の間で生じうる。そして、駆け引きの関係が外国の経済主体をも含む形で生じる場合は、政府がそこに戦略的に介入することで自国に有利な状況を生み出そうとする誘因が生じうる。その介入方法の1つに通商政策がある。

たとえば国内の市場が外国の独占企業に支配されている状況を考えよう。2度の石油危機は、産油国が石油輸出国機構(OPEC)を結成しあたかも独占企業のように振る舞い、石油価格をつり上げたことから起きた。石油生産の少ない日本はまさに外国に市場を独占される状態だった。

このときに、外国独占企業と自国政府の間に戦力的相互依存(駆け引き)の関係が生じ、政府が自国の利益になるように通商政策、たとえば関税を巧みに運用できる余地が生じる。関税と言うと、自国産業を保護するためだけに課されると思われがちだが、実はそれ以外にも戦略的に用いることができる。関税が自国の利益になる理由は、関税の実質的な負担が自国消費者だけでなく、外国独占企業にも及ぶことにある。つまり、独占企業の利潤の一部を関税収入の形で取り戻せるのである。この効果が関税による消費者価格の上昇という悪い効果を上回れば、結果として自国の経済厚生は改善する。

本稿では、通商政策や貿易交渉の戦略的側面を理論と現実の両方から見ていきたい。

2005年7月12日 日本経済新聞「やさしい経済学-ゲーム理論で解く 通商政策と戦略」に掲載

2005年8月16日掲載

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