日本の農産物――海外の市場開拓に努めよ

山下 一仁
上席研究員

1960年から最近年まで、GDPに占める農業生産は9.0%から1.0%へ、農業就業人口は1196万人から252万人へ、農地面積は609万ha(1961年)から461万haへ、食料自給率は79%から41%へ、いずれも減少した。65歳以上の高齢農業者の比率は1割から6割へ上昇し、農外所得(兼業所得)の比重の多い第2種兼業農家の割合も32.1%から61.7%へと増加した。

2006年の農業の生産額は8.5兆円、農業のGDP(国内総生産)はこれから農業中間投入額を差し引いた4.7兆円である。

しかも、関税や価格支持等の農業保護によって守られたところが大きく、OECDが計測した日本の農業保護額は4.5兆円で、農業のGDPとほぼ等しい。農業保護がなければ、農業のGDPはなくなってしまう。

高齢化が進んで人手不足だからという理由で、農業が雇用の受け皿として注目を浴びている。

しかし、2007年の農業の生産額8兆2000億円はパナソニック一社の売上げ9兆1000億円にも及ばない。そのパナソニックの従業員は30万人弱なのに農業就業人口は252万人もいる。

農業のGDPを就業人口で割れば、農業者1人あたりの平均所得は年間187万円、一月当たりでは15万5000円に過ぎない。

人手不足というより、過剰就労している人たちが収益が低いので後継者もなく高齢化しているのが実態である。さらに高齢化・人口減少が追い打ちをかける。米を例にとろう。

米の1人当たりの消費量は過去40年間で半減した。今後は、高齢化し1人が食べる量がさらに減少する一方、これまで増えてきた総人口も減少する。

今後40年で1人当たりの消費量が現在の半分になれば、2050年頃には米の総消費量は今の850万トンから350万トンになる。250万haの水田のうち減反は200万haに拡大し、米作は50万ha程度で済んでしまう。

国内市場の縮小は米に限らない。これまでの農業保護は、高い関税を維持して国内市場を守ろうとするものだった。しかし、国内市場に頼る限り、日本農業はさらに衰退する。

日本農業は国際競争力がないというのが定説となっている。

しかし、日本農業が衰退する中で、農産物販売額が1億円を超える農家は2500戸もあり、また、グローバル化をうまく利用して成功した例もある。

需要の違いをとらえたものとして、長いほど滋養強壮剤として好ましいと考えられている台湾で、日本では長すぎて評価されない長いもが高値で取引きされている例、日本では評価の高い大玉をイギリス輸出しても評価されず、苦し紛れに日本では評価の低い小玉を送ったところ、やればできるではないかといわれたというあるリンゴ生産者の話がある。

国際分業の点でも、多くの労働が必要な苗までは労賃の安い海外で生産し、それを輸入して日本で花まで仕上げるという経営方法で成功した農家、南北半球の違いを利用して、ニュージーランドがキウイを供給できない季節に、ニュージーランド・ゼスプリ社と栽培契約を結び、同社が開発した果肉が黄色のゴールド・キウイを日本国内で生産・販売している例もある。

外国の事情を見よう。中国の内政上最大の問題は、都市部と内陸農村部の1人当たり所得格差が3.5倍に拡大しているという「三農問題」である。

これを我が国から見ると、上海などわが国に近い臨海部に品質の高い米を需要する富裕層がいることは、日本からの輸出に好条件である。

他方、中国の農家規模は日本の3分の1に過ぎず、中国農業の競争力は安い農村部の労働に支えられている。三農問題が解決されていけば、農村部の労働費は上昇し、中国産農産物価格も上がる。そうなれば日本農業の競争力が高まる。

既に、国産米の値段は10年間で25%も低下し1万4000円程度になっているのに対し、中国から輸入している米の値段(60kg当たり)は10年前の3000円から1万500円程度に上昇し、価格差は大幅に接近している。

日本農業についてはどうか。傾斜地が多く条件が不利と思われてきた中山間地域農業にも可能性がある。

農業は季節によって農作業の多いときと少ないとき(農繁期と農閑期)の差が大きいため、労働力の通年平準化が困難だという問題がある。米作でいえば、田植えと稲刈りの時期に労働は集中する。農繁期に合わせて雇用すれば、他の時期には労働力を遊ばせてしまい、コスト負担が大きくなる。

しかし、中山間地域の標高差等を利用すれば田植えと稲刈りにそれぞれ2~3カ月かけられる。これを活用して、日本の稲作の平均的な規模は1ヘクタール程度であるのに対し、中国地方や新潟県の典型的な中山間地域において、夫婦2人で10~30ヘクタールの耕作を実現している例がある。

また、南北に長いという日本の特性を活かし、日本各地に点在する複数の農場間で機械と労働力を移動させることで、作業の平準化を実現している経営もある。

所得は、価格に生産量をかけた売上額からコストを引いたものであるから、所得を上げようとすれば、価格または生産量を上げるかコストを下げればよい。

農産物のコストを下げる方法としては規模拡大と単位面積当たりの収量(単収)向上の2つがある。

我が国農政は、農家所得向上のためコストを下げるのではなく米価を上げた。米価をあげたので零細農家が滞留し、専業農家に農地は集積せず、規模拡大は進まなかった。また消費は減り生産は増えたので、米は過剰になり40年も減反している。

総消費量が一定の下で単収が増えれば、米生産に必要な水田面積は縮小するので、減反面積を拡大せざるをえなくなり、農家への減反補助金が増えてしまう。このため、単収向上のための品種改良は、タブーとなった。

高米価、減反政策が米のコスト競争力を奪ったのである。

減反を廃止して米価を60kgあたり9500円程度に下げれば、輸出が可能な状況になっている。減反を段階的に廃止して米価を下げれば、コストの高い兼業農家は耕作を中止し、農地をさらに貸し出すようになる。

そこで、5618億円の戸別所得補償政策をスクラップし、一定規模以上の主業農家に面積に応じた直接支払い(4000億円)を交付し、地代支払能力を補強すれば、農地は主業農家に集まり、規模は拡大しコストは下がる。減反がなくなるので単収向上への制約もなくなる。

日本が最も得意とする農産物は米である。国際的にも、タイ米のような長粒種から日本米のような短粒種へ需要はシフトしている。中でも日本米の品質は高く評価されている。

将来的に中国産米の価格が仮に1万3000円に上昇すると、商社は日本市場で9500円で米を買い付けて1万3000円で輸出するので、国内での供給が減少し、輸出価格の水準まで国内価格も上昇する。これによって国内米生産は拡大するし、直接支払いも減額できる。

国際価格との差が接近しているのは、米に限らない。

麦、いも、牛肉や乳製品等他の重要品目についても、2500億円程度の直接支払いで関税を撤廃できる。アメリカもEUも直接支払いで競争しているのであって、徒手空拳で競争しているのではない。

政府も国内市場堅持一辺倒ではなく海外市場の開拓に努めるべきである。特に、関税が引き下げられる中で、動植物の検疫措置が農業保護のために使われるようになっている。

中国からは大量の農産物が輸入されているが、わが国から中国に輸出できる未加工の農産物は、米、リンゴ、ナシ、茶に限られている。米についても2007年4月に輸出解禁となったばかりであり、依然として厳しい検疫条件が要求されている。

農政は発想を大胆に転換し、組織・人員をこれまでとは別の対象に使うべきである。

週刊『世界と日本』2010年7月26日号に掲載

2010年8月11日掲載

この著者の記事