農協の解体的改革を

山下 一仁
上席研究員

兼業農家と一体となって事業を肥大化させてきたJA農協の存在が農業の構造改革を阻んでいる。農業の再生のためには、JAから信用・共済事業を分離して農業事業に特化させたり、JA傘下外で主業農家による専門農協を設立するなど、企業的農家の育成を支援する必要がある。

米兼業農家は好都合な存在

「全農に解体的出直しを求めたい」JA全農(全国農業協同組合連合会)秋田県本部によるコメの不正売却事件発覚後の農林水産省事務次官の発言である。この事件では農家のコメを横流して補助金を不正に受け取ったほか、公的な入札制度を利用し、架空取引によって米価を高く操作した。

また、農協の反対により、本年から5年間の農政の基本方向を定めた計画の中に、「農業の構造改革を進めるため政策対象を主業農家に限定する」と明確に書き込めなかった。農協が不正な手段を使ってまで米価を維持したり、自らの基盤であるはずの農業の再生・構造改革に反対するのはなぜだろうか。

農協は本来自由に加入・脱退できる農業者の自発的な組織である。しかし、政府は、戦時中の国策協力機関として全農家を加入させ、農産物販売、貯金の受け入れなど幅広い事業を行なった農業会を、1948年に衣替えさせ農協とした。食糧難に対処するため、政府へのコメなどの供出機関として利用したのだ。

こうしてJA農協は、行政の下請け機関となるとともに、行政と同じく全国、都道府県、市町村の段階で構成される上意下達の組織となった。また、欧州諸国の農協が、酪農、青果などの作物ごと、生産資材購入、農産物販売などの機能ごとに設立されたのに対し、作物を問わず全農家が半強制的に参加し、かつ多様な事業を行なう総合農協となった(日本にも酪農など一部にJAではない専門農協がある)。

農家の多くはコメ作だったので、米価引き上げがJA農政活動の中心となった。食糧管理制度廃止後も、政府は生産調整によって米価維持に努めている。

米価引き上げの結果、コストの高い零細な兼業農家もコメ作を継続した。週末しか農業をしない兼業農家は、コストを下げるため安い供給先から生産資材を買うとか、収入を上げるため販路を開拓するとかを考える時間的余裕はない。生産資材をまとめて供給し、生産物も一括販売してくれるJAは好都合だった。JAも、高米価のおかげで、農家に肥料、農薬、機械などの生産資材を高く多く売れた。

一方、兼業農家が滞留し、農地が宅地などへの転用で減少した結果、農業で生計を立てる主業農家が、農地を借りたりして規模を拡大し、コストを下げて所得を増やすことは困難となった。

組織面でも、農協法の組合員一人一票制のもとでは、少数の主業農家より圧倒的多数の兼業農家の声がJA運営に反映されやすい。JAにとっても、兼業農家を維持し農家戸数を確保した方が政治力を発揮できる。

農業は衰退し農協は肥大化

農業が衰退する一方、経済成長による兼業機会の増加と農地転用売却益により兼業農家は豊かになった。JAも、農産物販売などの業務が赤字に転じる一方、信用(金融)、共済(保険)などの黒字拡大によって高成長が続いた。農協法には組合員である農家以外でも自由に組合を利用できる准組合員という独特の制度があり、現在組合員500万人に対し准組合員は400万人もいる。

JAは、農業縮小の見返りとしての兼業収入や農地転売代金を、ムラ社会の機能を活用して低コストで預金として調達し、准組合員や農薬・肥料会社への融資などによって、国内でも有数の金融機関となった。JA共済の総資産も国内トップの生命保険会社に並ぶ。農家もJAも、脱農・兼業化で豊かになった。

こうしてJAと兼業農家は、コメ、米価、政治、脱農化を介して強く結びついた。JAは、主業農家を育成し農業の規模拡大・コストダウンを図るという農業基本法以来の農政の考えに一貫して反対した。JAが売りたい農薬・化学肥料を使わない有機農業やJAを通さない産直を行う先進的農業者をJA事業の利用から排除したりもした。

しかし、国内総生産(GDP)に占める農業の割合が1%まで減少し、65歳以上の高齢農業者の比率が6割近くなるなど、農業の衰退は著しい。農業の再生を図り、食料供給力を向上させるには、非効率な零細兼業農家を温存するのではなく、食料供給の担い手として企業的農家を育てる必要がある。

すべての農家を平等に扱う一人一票という協同組合の組織原理は、農家の規模が均一で同質的であった農地改革直後には合理性があったが、農家が主業と兼業に大きく分化した今日、機能不全を起こし、企業的農家の育成を阻んでいる。

JAに主業農家の声をより反映させるためには、農協連合会には農協の組合員数に応じた議決権を認めているように、農協利用度に応じて一人一票制を見直す、信用事業・共済事業を分離して農業関連事業に純化させる、などが考えられる。過去にも信用・共済事業の分離が提案されたが、制度改正が必要となるので政治過程でJAに反対され実現できなかった。

それならば、現行制度で対応できる方法として、コメ主業農家による専門農協設立を支援してはどうか。その農協の定款で一定の規模以上の主業農家に組合員資格を限定することは可能だ。カバーする区域は県単位でも全国でもよい。上意下達のJAとは違う、意欲と元気のある農家による自発的なボトムアップの意思決定に基づく組織を草の根的に作り、「農家のための農協」が「農業のための農協」となるようにするのだ。

購入単位が大きい大規模農家は、低コストで資材を購入できる。規模が大きいので農産物の価格競争力もある。さらに、兼業農家と違って週末以外にも農業に専念できるので、農薬や化学肥料の投入を減らし、環境にやさしく品質の良いものを販売できる。専門農協が本来農協に期待される中間マージン抜きの共同購入・共同販売を行なえば、主業農家の生産・販売・経営面での力はさらに高まる。

またIT(情報技術)を活用すれば、専門農協は少ない職員で資材メーカーや小売店に対応できる。専門農協がJAと対立する必要はない。専門農協の組合員がJAへの加入を継続すれば、JAの信用事業、既存農業施設を利用できる。専門農協はJAのような多様な事業を行なわなくてもよいのだ。

似たような事例として、個々の法人の人材、情報、資金に限界を感じた全国約40の農業法人が、ブランド・経営力の向上を図るため、2003年に「事業協同組合」を設立し、農産物の共同認証・販売を行っている。これは農協法によらずに中小企業等協同組合法に基づいて設立した農業の協同組合である。

現在の肥大化・多角化したJAに対し、組合員である兼業農家は本業で忙しく役職員を監視できない。また、経営が破綻しても、自治体が救済したりJA内部で救済合併をしてきたため、組合員は監視の意欲を持たなくなる。このため、JAには横領など不祥事が絶えない。これに対して専門農協では、職員数・業務量も限定され、農業に専念する組合員は十分な監視ができるので、役職員の不正行為は防止できる。

主業農家に政策を集中

農政も、フランスのように主業農家や専門農協に財政資金を集中的に投下するとともに、生産調整を廃止して米価を下げ、兼業農家が主業農家に農地を貸し出すよう支援すれば、農業改革は進む。コメ兼業農家の所得約800万円うち農業所得はわずか10万円であり、兼業農家も農地を貸して地代(平均農家規模の1ヘクタールなら20万円)を得たほうが所得は増える。

主業農家が脱落すれば、零細・非効率な兼業農家のためだけのJA農業関連事業はさらに赤字が拡大し縮小せざるを得なくなる。JAにとっても不採算部門を切り捨て信用・共済事業に特化したほうが有利であり、農業関連の事業は専門農協によって実施されるようになる。そのときこそ、1900年の産業組合法(農業協同組合法の前身)の施行と同時に農商務省に入ってその実施に深くかかわった柳田國男など、数多くの農政の先人達が描いた「真の農業者のための農政」が実現するだろう。

2005年6月7日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2005年6月17日掲載

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