働き方改革 残された課題
時間あたり生産性向上を

山本 勲 ファカルティフェロー

働き方への規制は、強すぎると企業の競争力低下を招くが、弱すぎると労働者の健康や厚生の悪化を招くため、バランスをとることが重要だ。今回の働き方改革は、日本経済が直面する環境変化に合わせてバランスをとり直そうとするもので、総じて規制を強める方向性が示されている。

少子高齢化による人手不足やグローバル化、格差拡大、技術革新といった環境変化に対応するため、多様な人材が健康を保ちながら高い生産性を発揮し、それが適正に評価・処遇されるような働き方を目指しており、総論としては評価できる。一部の労働者や企業に頼るのではなく、潜在的な人的資源を広く活用しながら日本全体として経済基盤の底上げを図ろうとする今後の労働市場の方向性を示すビジョンも見いだせる。

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改革の中心は長時間労働の是正だ。これまで日本では労働時間の上限規制が緩かったため、健康を害するような長時間労働や希望しない長時間労働が横行していた。「過労死」「名ばかり管理職」「ブラック企業」などの社会問題が表面化することもあった。

円滑な労働移動がなされる労働市場では、悪い働き方をする企業からは労働者が流出するため、そうした社会問題は生じにくい。しかし日本では雇用の流動性が低く、市場によるチェック機能が弱いため、労働時間の上限規制や労働者の健康確保措置を義務づけるような政府の介入が必要となる。この点、今回の改革では罰則付きで労働時間の上限規制の強化が明確に示されており、大きな前進といえる。

改革案では残業の上限を繁忙期で月100時間と定めている。この上限を週労働時間に換算すると63時間程度になる。総務省「就業構造基本調査」(2012年)によると、年間200日以上就業する正規雇用者の7.3%が週に60〜64時間、6.7%が65時間以上働いている。この中には労働時間規制の対象とならない管理監督者などもいるが、単純計算では1割程度の正規雇用者が週労働時間の上限にかかるため、長時間労働の是正が進むことが想定される。

一方で改革案には課題も残されている。まず上限規制には繁忙期や臨時的な特別な事情がある場合の例外が設けられているが、そのときの上限を決めるルールが複雑だ。例えば上限に休日勤務の労働時間を含める場合と含めない場合があるため、労働者や第三者が上限を把握しにくく、法令順守のチェック機能が働きにくい。また健康確保措置は年や月だけでなく、日や週といった短い周期でも講じるべきだ。一定の休息時間を設ける「インターバル勤務制度」の普及についても踏み込んだ改革が望まれる。

さらに企業・職場での日々の働き方をどのように改善して生産性を高めていくかなどの点が企業や労働者に委ねられている。この点は残された最大の課題だと指摘できる。

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経済協力開発機構の統計によると、日本の国内総生産(GDP)を総労働時間で割った「時間当たりGDP」は主要7力国(G7)の中で最下位だ。筆者らの研究では、日本の長時間労働には付加価値につながらない非効率な部分があることも明らかになっている。企業の競争力を維持しながら、働く人が豊かさを実感できるようになるには、たとえ上限規制内であっても、非効率な長時間労働を是正して生産性を高めるべきだ。

ただし非効率な長時間労働には、職場や企業の特性に応じて様々なパターンがあるため、政府が法規制などで一律に是正できるものではない。このため企業や労働者による地道な働き方改革が重要になってくる。上限規制の強化をきっかけに、短い時間内で仕事が終わるように仕事の量や進め方、裁量、範囲、人材マネジメント、組織風土を丹念に見直す作業が必要だ。

働き方改革の本来の目的は企業・職場での取り組みを通じ生産性を高めることであり、長時間労働の是正はその結果に位置づけるべきだ。

働き方自体を変えないで労働時間の削減を強いると、労働時間規制の適用を受けない管理監督者などに仕事が集中したり、持ち帰り残業やサービス残業が増えたり、下請け企業や関連企業などへの仕事のしわよせが生じたりして、全体としては働き方も長時間労働も変わらない事態に陥ることが懸念される。

政府としては企業・職場の働き方改革や生産性向上の取り組みを継続的に促すため、時間当たり生産性向上の中長期的な数値目標を掲げたり、労働時間や働き方改革の状況などの情報開示を企業に求めたりする取り組みを進めることも必要だといえる。

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時間当たり生産性を向上させる方法として、労働市場の流動性を適正なレベルまで高めることが挙げられる。日本の労働市場の流動性は過剰に低くなっているとみられる。

企業内で時間をかけて人材を育成していく日本的雇用慣行には一定の経済合理性があるため、結果的に流動性が低くなるのは問題ない。しかし少子高齢化やグローバル化などの大きな環境変化の下で、従来通りの低い流動性が必ずしも企業にとって最適ではなくなっている可能性がある。

黒田祥子・早稲田大教授と筆者が経済産業研究所のプロジェクトで実施した約2000社のデータに基づく実証分析によると、日本企業の多くで雇用の流動性が低すぎる状況になっている。他の要因を統計的に一定としたうえで、企業での雇用の流動性を示す指標(離職率や中途採用超過率)と企業業績(利益率)の関係を推計した結果を概念図として示すと、両者の関係は逆U字型になる(図参照)。雇用の流動性が高まると企業業績は向上するが、流動性には最適な水準があり、それを超えると企業業績は悪化する。

われわれの分析では、多くの企業は逆U字のピークの左側に位置するため、流動性を高めれば企業業績の改善につながることが示唆された。さらに企業特性を基に類型化すると、日本的雇用慣行の強い企業群では雇用の流動性は最適な水準よりも低い一方、ブラック企業と解釈できるような企業群では最適な水準よりも高いことが分かった。

急激な雇用流動化は短期的には多数の失業者を生むリスクがあるため慎重に進めるべきだ。しかし環境変化の結果、企業や労働者が考えるよりも最適な雇用の流動性は高くなっている可能性がある。適度に雇用の流動性を高めることで、有能な人材が生産性の高い企業や成長企業ヘシフトする人材マッチングが進み、企業単位でみても産業・マクロ単位でみても時間当たり生産性の向上が期待できる。

特に人手不足の下で女性や高齢者を含めた多様な人材を労働市場で活用していく際には、一定の流動性の中でマッチングを進めることが有効な手段になりうる。さらに雇用の流動性を高めれば市場のチェック機能が強化されて、非効率な働き方をしている企業には人材が集まらなくなる結果、労働市場全体で働き方改革が進み時間当たり生産性が向上する効果も期待できる。

今回の働き方改革でも転職・再就職支援などの政府の取り組みが示されたが、企業としても働き方改革の一環として、中途採用人材の活用を見直すことが大事ではないだろうか。労働者としても自らの生産性を十分に発揮できる企業や健康で働きやすい企業への転職も視野に入れたキャリア展望を持つことが重要だ。

図:雇用の流動性と企業業績の関係
図:雇用の流動性と企業業績の関係
(注)雇用の流動性と利益率の関係を推定した結果を基にした概念図

2017年5月2日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年5月17日掲載

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