緊密化する企業の取引ネットワーク
「つながる」リスクを最小に

渡辺 努
ファカルティフェロー

3年前の秋、ウォール街の一角で起きた出来事が全世界を震感させた。米リーマン・ブラザーズの破綻などショック自体の深刻さはもちろんのこと、多くの人々を驚かせたのはその波及の様子である。被害は破綻した金融機関と直接取引のある先のみならず、およそ無関係にみえる先にも飛び火し、全世界の金融機関を巻き込む大騒動となった。

密接につながっているのは金融機関だけではない。今年3月の大地震と津波で被災企業の生産が停止した際には、その影響は被災地外の取引企業に波及し、海外にも及んだ。ここでもやはり、被災企業と直接取引がなく、およそ無関係と思われる企業にまで影響が及んだのが特徴的である。

金融機関や企業は取引を通じて密接につながっており、ネットワークを形成している。その一部に綻びが生じるとネットワークの他の構成員に伝わる。これは、つながることの危うさを示している。

しかし、つながることは決して悪い面ばかりではない。サッカーでは、プレーヤー間のつながりの良しあしが勝負の分かれ目になる。経済の世界でも、つながることは生産性の源泉だ。実際、大恐慌期の米国では、企業が相互不信に陥り、平常時の安定した取引関係が破壊されたために、生産性が大幅に落ち込んだ。

「つながる」ことのメリットを生かしつつ、そのリスクを最小限に抑えるにはどうすればよいか。筆者が2008年夏、当時在籍した一橋大学内に産業・金融ネットワーク研究センターを立ち上げたのはこうした問題意識からだった。経済学の教科書などでは企業がつながっていることを考慮に入れた議論は少ない。

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ビジネスの世界でさえ、つながることが十分理解されているとは言いがたい。企業は自分がどの企業から仕入れているかは当然知っているし、仕入れ先が材料をどの企業から仕入れているかも知っているかもしれない。しかし、さらにその先の仕入れ先がどこなのか、さらにその先がどうなっているのかまで把握している企業は多くない。

震災で供給網が分断された際に、被災地から遠く離れた企業の経営者が被災企業とつながっていることを初めて認識したというエピソードはこのことを裏付ける。

筆者は、筑波大学の水野貴之氏、日本大学の相馬亘氏と共同で、企業同士がどの程度密につながっているかを計測した。使用したのは一橋大学と帝国データバンクの共同プロジェクトのデータベースで、日本企業50万社について、各企業の取引先数および主要な取引相手企業の名称が記載されている。経済学でつながりを扱う研究といえばレオンチェフの産業連関表があるが、われわれのデータはいわば(産業レベルではなく)企業レベルの連関表である。

図は50万社中のある企業(企業A)を無作為に抽出し、その企業の販売先数を示したものだ。横軸に1リンク先とあるのは企業Aが直接販売している先で、200社弱である。企業Aは中堅規模だが、直接取引先のその先の2リンク先をみると販売先数は大幅に増え、1万社を超える。さらに3リンク先をみると販売先数は23万社と全企業の約半数に達する。3リンク先がどこかを経営者が知らないのは無理もない。4リンク先ではほぼ全社とつながる。

図:A社の販売先数
図:A社の販売先数

50万社のうち任意の2社を取り出したときに何リンクでつながるかを調べると約4リンクであり、企業Aが特殊な事例でないことがわかる。

任意の2社がわずか4リンクでつながるというのは大方の企業関係者の想像を超えている。ネットワーク科学の分野では、構成員がこのように近い距離でつながっている状況を称して「スモールワールド」という。有名な例は人間の知り合い関係であり、見ず知らずの人とも驚くほど近い距離にあることが知られている。われわれの分析結果は、人間社会と同様に企業社会もスモールワールドであることを示している。

企業は仕入れ先数を少なくすることで費用を節約しようとする。われわれのデータでも各社の仕入れ先数は平均で50社にすぎない。つまり50万社の企業間に隙間なくリンクが張り巡らされているわけではなく、むしろスカスカだ。それにもかかわらず4リンクでつながるのはなぜか。それは膨大な数の販売先を抱える企業が存在するからだ。

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われわれの研究によれば、各企業の販売先数はジップの法則と呼ばれる規則性を満たしている。販売先数が100社以上の企業は全体の約30%を占めるのに対して、1000社以上は3%、1万社以上も0.3%存在する。直接取引先の少ない中小企業であったとしても、こうした「ハブ(拠点)企業」といったんつながれば、一挙に多数の企業と間接的な関係を持つことになる。

ハブ企業はなぜ存在するのか。各企業は売り上げを増やすために顧客(販売先)をいかに多く獲得するか競争を繰り広げている。もちろん売り上げを伸ばすには、既存の販売先への販売量を増やすことも考えられる。しかしわれわれの研究によれば、既存のリンクを太くすることで売り上げを伸ばすのは限界があり、新規先の開拓が売り上げ増のカギを握る。顧客獲得競争の結果、多くの販売先を得た企業がネットワーク上のハブ企業へと成長する。一方、敗者は販売先を失う。こうして勝者と敗者で販売先数に著しい格差が生じることがスモールワールドの原因である。

企業が密接につながっているという事実は、景気など経済全体の変動を引き起こす仕組みについて重要な含意を持つ。従来の議論では、多くの企業に共通するショックが起きることが経済変動の原因とされてきた。一方、共通でないショック、つまり特定の企業に固有のショックが起きたとしても、そうした個別ショックの影響は当該企業の周辺にとどまり、経済全体に波及しないとされてきた。取引先数の企業間格差が過小評価されていたためだ。

ダロン・アセモグル教授ら米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームによれば、企業間の取引ネットワークがある条件を満たせば、個別ショックが経済全体に波及することが起こり得る。その条件とは、非常に多くの取引先を持つ企業が存在し、企業間で取引先数に関して顕著な格差が存在することだ。先に紹介した筆者らの結果は、この条件が確かに満たされていることを示している。

景気変動が各企業に共通するショックに起因するのであれば、各企業に平等に対応する政策が有効だ。しかし個別ショックが波及することで経済変動が生じるのであれば、そうした政策は有効でない。ショックの源泉の企業あるいはその周辺の企業に焦点を絞った政策が効果的である。

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リーマン・ショック直後の信用緩和期に、米連邦準備理事会(FRB)は特定の産業や市場、金融機関に焦点を絞って流動性を供給する政策を採用した。これには個別性が強すぎる、産業政策的だとの批判が相次いだ。金融政策の伝統的な議論では、政策の効果がすべての企業にあまねく均等に及ぶことが望ましいと考えられており、それに反したからだ。しかし経済変動の源泉が特定企業の固有ショックにあるとすれば、政策運営に個別的な色彩が強まるのは当然であり、むしろ望ましい。

また、個別ショックが原因で景気変動が生じるのであれば、多くの取引先を持つハブ企業がショックの波及のカギを握るのだから、そこを支えることで連鎖を断つことが重要になる。ハブ企業を支える政策は金融機関に対しては既に適用されており、「ツー・ビッグ・ツー・フェイル」をもじって「ツー・インターコネクテッド(interconnected)・ツー・フェイル」と呼ばれる。連鎖被害が甚大になる前に、取引先数の多い金融機関を救済するという発想である。

個別性の強い政策はモラルハザード(倫理の欠如)を伴う。健全な取引先を注意深く選択するなど、企業や金融機関が取引ネットワークを通じて襲ってくるショックに適切に備える努力を続けることは大事だ。しかしネットワークの全貌が経営者にみえていない以上、そうした対応には限界がある。取引ネットワークを通じたショックの連鎖を断つという発想をマクロ政策運営に取り入れる必要がある。対策のインフラとして、金融機関や企業の取引ネットワークの実態を監視するための情報・統計整備も急ぐべきだ。

2011年10月7日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2011年10月17日掲載

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