TPP11の行方 離脱の不利益 米に説得を

浦田 秀次郎
ファカルティフェロー

ピーター・ペトリ
ブランダイス大学教授

5年半の年月をかけて交渉し、2016年2月に署名に至った環太平洋経済連携協定(TPP)は、17年1月に米国の大統領に就任したドナルド・トランプ氏が離脱のための大統領令に署名したことで発効が不可能になった。TPPの発効には国内総生産(GDP)の合計が参加12力国全体の85%以上を占める6力国以上による批准が必要であったが、60%を占める米国が批准しなかったことで、条件は満たされなくなった。

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TPPは日本、米国、オーストラリアなどアジア太平洋経済協力会議(APEC)に属する12力国で構成する自由貿易協定(FTA)である。世界のGDPと貿易で12力国の総計は36%、26%を占め、TPPは将来、世界の貿易ルールになる可能性が高いと考えられていた。

トランプ政権下で米国のTPP復帰は非現実的であり、日本と豪州が主導する形で米国抜きの「TPP11」の実現に向けた協議が5月に始まった。11月のAPEC首脳会議の機会を捉えて11力国の首脳による大筋合意を目標に協議を重ねている。米国の要求で各国が譲歩した項目について凍結を求めるケースが多く、医薬品データの保護期間など11力国が凍結を受け入れやすい項目もあれば、国有企業の優遇制限など意見が食い違う場合もあるようだ。

また、10月末に新たに発足したニュージーランドの連立政権は、投資政策について修正を要求する可能性もある。日本の交渉団は大筋合意に向けて積極的かつ建設的に行動しているようであり、豪州など同様の考えを持つ国々と効果的に協力することで、合意の実現が期待される。

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TPP11の協議が進展する状況において、筆者らはアジア太平洋で米国や他のTPP参加国の採るべきFTA政策を検討するため、一般均衡モデルを用いたシミュレーション分析を行い、結果を米ピーターソン国際経済研究所から発表した。本稿ではこの分析結果を基に、TPP11の米国にとっての含意を考察すると共に、日本の採るべきFTA政策を検討する。

表は、様々なFTAによる日本、米国、TPP11参加国および世界経済への影響を示している。30年における国民所得について、FTAが形成された場合とされない場合との違いを分析した。

表:アジア太平洋におけるFTAの国民所得への効果
表:アジア太平洋におけるFTAの国民所得への効果
(出所)筆者らによる分析

米国はTPPからの離脱とTPP11の設立により損失を被る。TPPは加盟国相互の貿易・投資の高水準の自由化と共に、電子商取引、国有企業、労働、環境など、他のFTAにはない分野のルールも含む包括的なFTA(21世紀型貿易協定)である。加盟国は各国間の貿易や投資の拡大を通して国民所得を増加させるが、離脱した米国はそうした利益を獲得できない。

TPP11が形成されると、加盟国は各国間の貿易を優遇して米国との貿易を縮小させるため、米国は国民所得の減少という形で被害を受ける。さらにTPP合意後に加盟への関心を表明した韓国、フィリピン、インドネシア、タイ、台湾が加わり「TPP16」が形成されれば、米国の被害は拡大する。米国が意欲を示す日米FTAは、TPPよりも利益が小さく、日本では農業分野などで強い反対があり実現は難しい。米国にとってはTPPへの復帰が望ましいことは明白である。

日本にとってTPP11を早期に発効させるべき理由は少なくとも4つある。第1は、TPP11はハイレベルかつ包括的な内容を含んだTPPを基本的に引き継ぐため、加盟国の経済成長に寄与することである。日本の成長の源泉としては、モノの貿易における関税削減や製品の規格・標準の調和などによる輸出の拡大、資源配分や生産性の向上、サービス貿易や投資の拡大などが挙げられる。

第2の理由は、TPP11は今後のFTAのモデルとなる可能性が高く、アジア太平洋のみならず他の地域において、自由かつ開放的で透明性が高く、安定的な貿易・投資環境の構築に貢献することだ。第3は、米国をはじめ多くの国々が保護主義的な措置を採用する傾向が強まる中、TPP11のようなメガFTAの実現は保護主義的な動きを抑制し、他のメガFTA交渉の刺激となることである。

第4の理由としては、TPP11は米国に輸出抑制を通じて被害をもたらすことから、米国が被害を回避するためにTPPに復帰するような状況を作り出すことが挙げられる。米国の復帰に備えて、TPP11を発効させておかなければならない。

TPP11の協議で合意にめどがついたならば、日本は他の加盟国と共に、参加に関心を示した国々を説得的に勧誘し、TPP11の拡大に向けて行動すべきである。TPP16が形成されたならば、加盟国の経済的利益を増大させるだけではなく、米国に対してTPP復帰への圧力を強化することもできる。

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TPP11の協議の進展は東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や、日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)など他のメガFTAの交渉を刺激する。米国を除外したこれらのメガFTAの設立は、米国に貿易上不利な状況を作り出し、TPP復帰を促す可能性を高める。

日本と共に中国、インド、豪州など16力国が参加するRCEP交渉は13年5月に開始されたが、発展段階の大きく異なる国々が参加していることもあり、交渉は進んでいない。だが貿易や投資に関し、透明性が高く自由で安定したルールを基盤とするビジネス環境が確立されれば、日本をはじめとした多国籍企業による地域レベルのサプライチェーン(供給網)の構築が活発化し、東アジア経済のさらなる成長が実現する。

日本は、RCEP交渉で重要な位置にある東南アジア諸国連合(ASEAN)各国に対して税関業務の迅速化に向けた技術協力などの経済的支援を実施し、交渉の推進に努力している。同様の考えを持つ豪州やシンガポールとの協力関係を強化すると共に、中国やインドなどの主要国とも共通の利益が期待できる分野で協力を進め、早期に合意させなければならない。

日欧EPAの交渉は、7月に大枠合意に至った。TPPと並ぶ高水準の貿易自由化および様々なルールを含んだ包括的なEPAであり、巨大市場の実現によって双方に大きな利益をもたらすだけでなく、世界の貿易ルールの構築に貢献する。今後、投資分野における紛争解決に関する取り決めなど積み残した論点を片付け、早期の発効を実現させなければならない。

日本がFTA交渉をけん引する際の足かせになるのが、国内農業の保護である。農業市場の開放や貿易自由化が難しく、交渉相手に市場開放を強く迫れない。日本政府の農業に対する政策は、構造改革を進めて競争力を強化してから貿易を自由化するというもので、長期間にわたって自由化が進まなかった。

貿易自由化により生産低下や失業などの被害が発生した場合のために、一時的な所得補償や教育・訓練の提供などのセーフティーネット(安全網)を準備し、構造改革と同時に貿易自由化を進める政策に転換しなければならない。これにより日本経済の再生が実現し、世界経済の成長に貢献することができる。

2017年11月6日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年11月17日掲載

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