減損会計は企業の投資行動に影響を及ぼさない

植杉 威一郎 ファカルティフェロー

「減損会計」という言葉を東芝の経営危機を伝える報道の中で何度も目にしたことだろう。東芝は米ウェスチングハウス買収の際に生じたのれんの減損計上で巨額赤字に陥り、半導体部門を切り売リする事態に追い込まれたという構図である(減損会計とのれんは、囲み)。

日本を代表する一流企業の転落を目のあたりにして減損計上が経営危機を招いたとの印象を深めたかもしれないが、実は、固定資産の減損計上が企業パフォーマンスや企業行動に何らかの負の影響を及ぼすという指摘は、2005年度に日本で減損会計基準が強制適用される前からあった。

当時の懸念の対象は、のれんではなく土地や建物など有形固定資産の減損であった。バブル崩壊後存在していた巨額の不動産の含み損が減損によって明らかになり、担保にできる有形固定資産が目減りしたり収益が減少したりするために、企業の資金調達が難しくなる可能性が指摘されていた。

このような過去の懸念が果たして現実のものとなったのか、減損計上がそれ以外にも企業行動に何らかの影響をもたらしていたかを知ることは、東芝が経営危機に陥るいま、減損会計が果たす役割を考える上でも重要である。ここでは、減損会計基準がこれまでに日本の上場企業の設備投資や土地購入・売却行動にどのように変化を及ぼしたかを報告する(詳細は、植杉威一郎・中島賢太郎・細野薫「減損会計は企業投資行動に影響を及ぼすか」RIETIディスカッション・ペーパー17-J-033)。

導入3年間で7兆円減損計上

バブル崩壊後、日本企業が保有する資産の価値が大幅に毀損しているにもかかわらず、それが財務諸表に明示されていないと指摘されていた。これを踏まえ、国際的にも固定資産が減損した際の会計基準が整備されてきた流れを受けて、02年8月に企業会計審議会が「固定資産の減損に係る会計基準」を公表、導入への道筋が示された。一部の政治家や企業は、会計基準の適用が企業の含み損を明らかにし、デフレ圧力を高めることを懸念していたが、当初の予定通り03年度の早々期適用を皮切りに導入された。

減損会計基準の導入に伴い、相当数の企業が有形固定資産の減損を計上した。我々の研究での分析対象となる上場企業について、減損計上した企業の比率を示したものが表1である。

表1:固定資産の減損を計上した企業の割合(%)
年度 減損計上 減損計上
(有形固定資産)
減損計上
(無形固定資産のみ)
2003 5.7 5.7 0.0
2004 14.5 14.5 0.0
2005 44.5 44.4 0.1
2006 31.7 31.5 0.2
2007 34.7 31.5 3.1
2008 40.3 35.6 5.0
2009 44.3 41.4 3.4
2010 41.4 38.3 3.2
2011 43.2 41.4 2.4
2012 44.1 40.9 3.3
2013 42.3 39.4 3.0
2014 39.1 35.4 3.7
(注)上場企業が対象。ある四半期で減損が計上された企業では、該当年度の全ての四半期で計上ありとしている。
(出所)筆者作成

減損会計の早々期、早期適用が始まった03、04年度には比率が低い一方で、強制適用が始まった05年度には大幅に高まっている。法人企業全体における母集団推計を行った財務総合政策研究所の調査では、3年間の合計での減損計上は約6兆9000億円に上る。06年度以降も減損計上が高水準で推移しており、バブル崩壊後の不動産価格の落ち込みによる減損だけでなく、会計基準適用後に新たに生じた要因による減損も多かったようだ。

表1では、有形固定資産に関する減損計上企業の比率(中央列)に加えて、無形固定資産を含めた固定資産全体に関する比率(左列)と、無形固定資産のみに関する比率(右列)を並べている。これをみると、大多数の場合において減損計上の対象となっているのは、土地や建物といった有形固定資産であり、東芝が計上したのれんなどの無形固定資産の減損計上は少ない。

このように、減損会計基準導入後に、相当数の上場企業が有形固定資産を中心に減損計上することで、企業行動にどのような影響が生じうるのか。この点については、3つの理論的な可能性がある。

第1の仮説は、冒頭に述べたように負の影響を予想するものである。企業が有形固定資産を担保に金融機関から資金を調達する場合、それらの固定資産が下落した時価で減損処理すると、担保に提供できる資産額が減少して借リ入れが制約され、その結果投資が減る。担保可能資産の毀損だけではない。減損処理で利益が減ることを通じても、借り入れが制約される程度が強まり、投資が減る。

第2の仮説は、反対に正の影響を見込むものである。企業が早期に減損計上すれば、公表される財務情報の信頼性・透明性を高める効果がある。この効果が強ければ、過小投資に陥っている企業で資金を借りやすくなり、投資は増える。実際、米国のデータを用いたガルシア・ララらの研究(2016)によると、損失を早期に会計上の利益に反映する傾向にある企業ほど、資金制約に直面していても過小投資を避けられることを示している。

マイナス・プラスと影響の方向は異なるものの、これらの2つの仮説に共通するのは、企業による減損計上には、資金を供給する金融機関や資本市場にとって新しい情報が含まれているという前提である。

これに対して第3の仮説では、金融機関や資本市場は企業の固定資産の含み損益を既に正しく知っており、減損に新たな情報は含まれていないと考える。この考え方に立てば、資金供給側は、公表された情報に基づいて企業の固定資産価値を常に把握しており、そこから予想できる範囲内の減損計上は織り込み済みである。このため、企業が減損を計上しても、それ自体は企業の資金調達や投資行動には有意に影響しない。

設備投資には影響なし

これら3つの異なる予想のいずれが正しいかを判断するためには、実際のデータを用いた検証が必要である。今回は、1980年度以降継続して「財務省法人企業統計」に回答している企業約850社を対象として統計データを分析した。

企業における固定資産の減損計上の有無に加え、土地の含み益(=保有している土地の時価-簿価)などが、減損計上した時期以降に、土地以外の設備投資、土地購入・土地売却といった企業行動にどのような影響を及ぼすかを調べた。土地の含み益は、統計データに記録されている各企業の土地購入履歴に基づいて計算することができる。

第1の仮説が正しければ、固定費産の減損を計上する企業では、設備投資や土地購入は減り、第2の仮説が正しければ、これらの投資は増えるはずである。また、第3の仮説が成り立っていれば、土地の含み益が大きい企業では設備投資や土地購入が増える一方で、減損計上の有無はこれらの変数に有意に影響しない。

調査の結果、減損計上は設備投資や土地購入には有意に影響しないことがわかった。設備投資率も土地購入率も大きく変化しなかったのである(表2)。

表2:企業投資と減損計上との関係

設備投資率

土地購入率

土地売却率
減損計上効果 変わらない 変わらない 平均値を3割強押し上げ
土地含み益が多い企業での減損計上効果 平均値を1割弱押し上げ 変わらない 平均値を2割弱押し下げ
営業利益率の増加幅が大きい企業での減損計上効果 平均値を1割弱押し上げ
(注1)「土地含み益が多い」「営業利益率の増加幅が大きい」は「標準偏差値換算で10高い(年率)」を意味する
(注2)推計期間は、2000年度第1四半期から14年度第4四半期
(注3)設備投資率、土地購入率、土地売却率の年平均値はそれぞれ、資本ストック残高の7.7%、土地ストック残高の2.4%、1.8%
(出所)植杉・中島・細野「減損会計は企業投資行動に影響を及ぼすか」に基づき筆者作成

なお、東芝が計上したのれんのような無形資産に限った推計も別途行ったが、投資を有意に増減させるという結果は得られなかった。

次に特徴的な結果は、減損計上以降に発生した土地の含み益増加は、設備投資率を統計的に有意に増やす点である。①列の推計をみると、平均的な企業では、資本ストックの残高に対して年7.7%の設備投資を行うところ、土地の含み益が多い企業ではその設備投資率が0.7%ポイント高まる、つまり、平均的な設備投資を1割弱押し上げる効果がある。

今回得られた結果は、減損により担保資産価値が減り投資環境が悪化するという仮説、減損によって財務情報の透明性や信頼性が高まり資金を調達しやすくなるという仮説のいずれかを支持するものではない。ただし、解釈に際しては、資金制約に直面しやすい新興上場企業や中小企業を対象に含めておらず、対象を全体に広げて検証する場合には減損計上の負の効果が表れる可能性がある点に留意する必要がある。

一方で、今回の結果は、減損計上には資金供給側の行動を変えて企業の投資を増減させるだけの情報が含まれていない、という仮説が成り立つ可能性を示唆している。件数が少ないためかもしれないが、のれんを含む無形資産の減損計上に限った場合でも、この仮説は成り立っている可能性がある。

減損計上の効果が設備投資や土地購入に明確に表れていない一方で、表2の③列をみると、減損計上企業では当年度の土地売却率が高くなる。平均的な企業では、土地ストックの残高に対して年1.8%の土地売却を行うところ、減損計上企業ではその土地売却率が0.6%ポイント高まる。つまり、これは平均的な土地売却を3割強押し上げる効果がある。

土地売却を促進する

更に③列をみると、減損計上した企業の中でも、利益率が増加して経営が好調なところが、より多くの土地を売却する傾向にある。ここからは、減損計上した企業が、資金制約に直面して流動性を得るためではなく、何らか他の動機に基づいて土地を売却していることがわかる。

減損を計上する企業が土地を売却する要因として考えられるのは、会計上の利益と税務上の所得の定義の違いを埋めようとする企業行動である。現在の日本の税務処理では、企業が減損会計基準に基づき固定資産の価値や会計上の利益を減額したとしても、その減損は、原則として税務上の損金には算入されず、所得額や支払う法人税額も変わらない。このため、所得が多くて法人税を多く支払う可能性の高い企業では、会計上の固定資産の減損を損金算入するために、減損した固定資産を同時に売却する可能性がある。③列の結果は、利益率が増加傾向にある企業ほど税務上の損金を増やす動機を強く持つために、減損計上時に土地を売却していることを示唆している。

今回は、企業による固定資産の減損計上が投資行動に及ぼす影響を検証した。会計基準の導入時に一部で懸念されていたこと、すなわち、担保に用いる固定資産の減損に伴い、企業の資金調達に支障が生じて投資が減少するといった負の効果は、少なくとも今回の分析対象となった上場企業では観察されなかった。その理由を1つに絞ることはできないが、資金を供給する側の資本市場や金融機関にとって、通常の減損計上は必ずしも新しい情報ではなかった可能性がある。

むしろ統計的に明らかになったのは、減損計上した企業が土地を売却する行動であった。これは、減損による会計上の利益減少を税務上の所得に反映させるために、企業が土地を保有し続けずに売却した結果であると考えられる。会計と税務における利益定義の差異により企業が減損後に土地を保有せずに売却したことは、失われた20年を経験した日本の不動産市場や企業間の資源配分に、大きな影響をもたらした可能性がある。影響が正負いずれのものだったのかという点は、今後の検証課題である。

減損会計とのれん

減損会計とは、企業が行った投資額の回収が見込めなくなった時に、その損失見積もりを財務諸表に計上する会計処理。
のれんは、企業買収の際、ブランド力や技術力など目にみえない価値を評価して純資産を上回る価格で買った時の買収額と純資産の差額。

『週刊エコノミスト』2017年7月25日号に掲載

2017年7月31日掲載