実証-中小企業金融の実態(上)
望まれる企業と金融機関のリレーションシップの深化

植杉 威一郎
コンサルティングフェロー

はじめに

バブル後の失われた15年を経て、中小企業金融の枠組みが大きく変化しつつある。今回は、民間金融機関と中小企業の関係はどこまで深まっているか、公的部門が中小企業金融に貢献できる点は何かといった点を、3回に分けて、データに基づき実証的に明らかにする。

近年の中小企業金融においては、いくつかの大きな変化が進行中である。第1に、バブル期までの不動産担保に依存した貸し付け手法からの脱却が試みられている。金融庁は、リレーションシップバンキングアクションプログラムや、地域密着型金融アクションプログラムを通じて、企業と金融機関の関係がより密接なものとなり、不動産担保や保証人に過度に頼らない貸し付け手法が浸透することを目指している。

第2に、中小企業金融における公的な関与についても見直しが進んでいる。日本では、政府系金融機関による直接貸し付け、民間金融機関が行う貸し付けへの信用保証協会による保証が、中小企業金融に関する公的支援の2本柱である。これらの公的支援については、政府系金融機関の民営化・統合をはじめとする様々な改革が進行中である。しかし、「民業を圧迫している」、「非効率な企業の延命を支援しているだけではないか」などの批判も多い。

中小企業金融の枠組みが大きく変化する中で、なおざりにされがちなのが、データに基づいた現状認識である。実務家、政策担当者による「現場感覚」に基づいた知見は多いが、本当にそれが一般に通用するかが検証されていない場合も多いと思われる。

例えば、以下の問いかけに対して、どの程度の有識者が自信を持ってyesかnoかを答えられるだろうか。

「金融機関と企業のリレーションシップは、バブル期以降深まっているのだろうか」

「過度の担保主義への反省からリレーションシップバンキングが推進されているが、担保の提供をやめれば、金融機関と企業のリレーションシップが進むのだろうか」

「中小企業への公的な関与は効果が薄いといわれるが、本当だろうか」

本稿では、筆者がこれまでに行ってきた実証分析や、執筆に携わった07年版中小企業白書に基づき、これらの疑問に答えるとともに今後の方向を議論したい。

実は深まっていない金融機関と企業のリレーションシップ

まず、金融機関と中小企業のリレーションシップが進展しているかを検証する。金融庁が行っている「中小・地域金融機関に対する利用者等の評価に関するアンケート調査」を見ると、半数以上の金融機関の利用者や中小企業診断士は、金融機関によるリレーションシップバンキングや地域密着金融の取り組みが進んでいると答えている。

しかし、この調査は最近3~4年の動向であり、金融機関が不動産担保に偏った貸し付けを反省し、バブル期以降企業とのリレーションシップを充実させたかどうかは分からない。07年版の中小企業白書では、約7500社の企業において、金融機関の融資担当者と企業の接触頻度が、10年前に比してどう変化しているかを明らかにしている。

接触が頻繁であるほど、外見だけでは分からない企業に関する情報が金融機関に伝わり、リレーションシップが深まると言える。図1を見ると、金融機関と企業のリレーションシップが希薄化している。「現在よりも10年前の方が金融機関と接触する頻度が多い」と答える企業は約3割に上り、「現在の方が頻度が多いとする」企業の比率が1割強であるのを上回っている。こうした接触頻度の高低は、金融機関との取引満足度に影響している。小規模企業では、他の規模の企業よりも接触頻度の低下を指摘する声が多いが、取引満足度も、規模の大きな企業に比して低い。

なぜ、リレーションシップが希薄になるのだろうか。中小企業が取引する金融機関の数の変化が手がかりを与えてくれる。資金需要が伸び悩む時期においても、企業の取引金融機関数は増加を続けているのである。図2は、中小企業約1500社について、1社当たりの取引金融機関数の推移を示している。01年時点では取引金融機関数の平均は4.8行である。借入額が小さくて複数の金融機関から借り入れの必要がない小規模企業でも、2行以上と取引を行うのが普通である点は興味深い。この取引金融機関数は、06年時点では平均6.3行に増加する。

図2 取引金融機関数の推移

この時期は、資金需要が伸び悩むだけでなく、合併などにより金融機関の数が減少していた。にもかかわらず、取引金融機関数が増えるということは、様々な金融機関と取引を行うことで、できるだけ有利な条件で借り入れを行おうとする企業側の意図の表れである。しかし、企業にとって取引先の金融機関の増加は、個々の金融機関と企業との関係が薄くなることを意味する。折しも、金融機関は、厳しい収益状況の中で、人員削減や支店統廃合などのリストラを行ってきた。こうした中では、個別企業との接触頻度を増やし、リレーションシップを深めるのは困難だったと推測される。

リレーションシップ希薄化の問題点

取引金融機関数が増えて企業と金融機関とのリレーションシップが薄くなると、中小企業の資金調達には何が起きるのだろうか。複数の金融機関を競わせることで、企業側がより借り入れをしやすくなるメリットはある。一応景気が回復基調にあり、貸し渋りがそれほど見られない現状では、こうしたメリットの方が強く感じられるかもしれない。

一方で、景気が悪化すると、金融機関とのリレーションシップが深まっていない企業では、困ったときの資金繰り支援を受けることができなくなるデメリットがある。中でも、過去10年間で金融機関との接触頻度が大きく低下した小規模企業では、デメリットがより強くなると予想される。90年代以降、日本の企業数は523万社(91年)から434万社(04年)へと大幅に減少しており、小規模企業の減少(82万社減)がその大半を占める。将来性のある中小企業が不況期に資金繰りが困難という理由だけで廃業しないよう、景気がまだ回復している今のうちに、リレーションシップを深める努力が求められる。

2007年10月1日 日刊工業新聞に掲載

2007年11月6日掲載

この著者の記事