「ジョブ型」の誤解を正す

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

にわかにジョブ型雇用が注目されるようになってきた。ジョブ型とは職務、勤務地、労働時間いずれかが限定された正社員の雇用形態を示す言葉だ。振り返るとジョブ型雇用が世間を騒がせたのは2013年にさかのぼる。当時、筆者は、規制改革会議委員・雇用ワーキンググループ座長を務め、雇用改革の「切り札」としてジョブ型雇用の普及を掲げ、その推進に関与した当事者でもあった。

再度、ジョブ型雇用が脚光を集めている理由・背景には、経団連がジョブ型雇用推進に積極的な発言をするようになったこともあるが、コロナ下において、強制的に在宅勤務が進む中でさまざまな雇用管理上の課題が指摘されるようになったことが大きい。在宅勤務においては、従業員間の意思疎通や部下に対する評価などが難しいという声はよく聞かれるところだ。

しかし、昨年来の第2次ブームの中では、ジョブ型雇用が必ずしも正しく理解されていないと感じる場面も多い。まず、多くの誤解は定義に起因している。具体的には、ジョブ型の対義語をメンバーシップ型として、メンバーシップ型を日本的雇用システムの同意語としてしまう誤りである。これでは、日本的雇用システムにはない特徴が全てジョブ型に含まれることになってしまう。解雇自由しかり、成果主義しかりだ。

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ジョブ型の概念を提示した労働政策研究・研修機構所長、濱口桂一郎氏の意図は、ジョブ型=就職、メンバーシップ型=就社という対比である。すなわち、日本では、特に大企業で職を得るというのは、特定の職務につくというよりも、特定の企業のメンバーになることに大きな意味を持つということだ。

2つの仕組みの本質的な差異は、採用・異動にある。日本の従来型の無限定正社員システムの特徴を単純化すると、職務内容が限定されていない採用、人事部主導の中央集権的な異動、義務的な受け入れを求められる異動・転勤、職務遂行能力にリンクした、結果的に年齢・勤続年数に依存する賃金制度、とまとめることができる。

一方、欧米に見られるジョブ型正社員システムは、職務内容を明記した採用、社内公募が主となる採用後の異動、従業員の同意が前提の異動・転勤、職務にリンクした賃金制度、といった特徴が指摘できる。つまり、ジョブ型は採用・異動も要は公募と考えれば理解しやすい。

こうみると、「職務記述書があるのがジョブ型雇用」は誤解であるとわかる。公募だから職務記述書があるわけで、その有無が本質的な差異ではない。また、「ジョブ型雇用は成果主義」というのも、ジョブ型においては基本、賃金が職務に結び付いているため、成果主義が内在しているわけではないことは容易に理解できるはずだ。

ただし、この誤解は意図的な面もある。ジョブ型を企業に売り込む側がジョブ型を成果主義の隠れみのにしたいという下心を感じるためだ。日本でも大企業を中心に、1990年代末~2000年代半ばに成果主義ブームが起こったが、企業と従業員との間の長期的な信頼関係にひびが入るなどの弊害がでてしまい、ブームがしぼんだ経緯がある。企業側でもジョブ型が「形を変えた成果主義」にとどまるなら、成功はおぼつかないであろう。

定義に起因するものではないが、「テレワークを推進するためにはジョブ型雇用にしなければならない」というのも誤解と考えている。確かに、ICT(情報通信技術)が発達していない時代においては、他者との調整が少なく、自己完結、成果が事後的に測りやすい仕事でなければテレワークは難しかったといえる。

しかし、利用可能な新たなテクノロジーを活用し、工夫をしていけば、現在の職場をデスクトップ上でほぼ「複製」することは可能である。ジョブ型雇用をテレワーク推進の要件とするのではなく、切り離してその普及に努めるべきだ。

それでは、テレワークのさらなる活用が叫ばれる中、2、3回目の緊急事態宣言下でテレワークの比率があまり高まっていないのはなぜだろうか。テレワークを阻害しているより本質的な要因を考えてみる必要がある。

そのカギは働き方というよりも、裏側を支える組織内における情報の生産・共有・伝達および意思決定を行う情報処理システムである。ここでは、情報の不確実性の下で情報処理システムの優劣を論じたスタンフォード大学名誉教授、故・青木昌彦氏の一連の研究などが参考になる。

青木氏は、経営管理的な仕事を行う上位部門とその下で現場での仕事を行う下位部門の2層に分かれ、下位部門は、異なる仕事を行う2つの小部門に分かれるような簡単な組織形態を考えた(図参照)。そして組織全体に、例えばマクロ経済の先行き予想のような処理の仕方で異なる組織形態のプロトタイプを示した。

図:情報処理に着目した組織形態の分類

古典的なヒエラルキーの組織形態は上位部門のみが情報処理を行い、下位部門へ命令として伝え、下位層の2つの部門は情報共有を行わない。これは、経営部門と現業部門が分離し、現業部門も徹底した分業を行うというかつての米国の製造業システムを特徴づけた科学的労務管理法に他ならず、ジョブ型雇用と補完的となっている。

一方、日本企業の情報処理システムについては、上位層、下位層との間、また、下位層の2つの部門の間においても情報共有を行いながら情報処理を行うような組織形態と特徴付け、「水平的ヒエラルキー」(垂直的・水平的情報同化)と名付けた。このような情報処理システムは部門間の調整が特に重要な「すり合わせ型製造業」(自動車、電機、機械など)の優位性などに貢献してきた。

青木氏は「水平的ヒエラルキー」の下での情報処理は、多くは形式化されておらず、「暗黙的」であり、他部門の認知や解釈も考慮に入れる必要があるという意味で「文脈志向的」であると強調している。

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このように考えると、メンバーシップ型雇用、「就職」ではなく「就社」が重要な場合、従業員は新卒一括採用で場所・時間を長く共にする、つまり「同じ釜の飯を食う」ことで、明示的なコミュニケーションをとらなくても「あうんの呼吸」「空気を読む」ことを身に着け、暗黙知を徹底活用してきたといえる。

その一方でメンバーシップ型雇用では、同じ場所で同じ時間を共有することの利点を説く「大部屋主義」「対面主義」があまりにも強調され、絶対視されてきたことも否めない。その傾向は経営を担う中高年世代ほど強いし、それがテレワークへの不信感につながっている。

テクノロジーを駆使し、創意工夫を行えば仮想空間の中でも「水平的ヒエラルキー」を作ることは十分可能だ。いま、発想の抜本的転換が求められている。

2021年5月7日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2021年9月29日掲載

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