働き方改革と生産性向上の両立

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

政府が推進してきた働き方改革は、関連法案(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」)の国会での可決・成立(2018年6月29日)、公布(同7月6日)を受けて、「働き方改革2.0」ともいうべき新たなステージに入った。このステージでは、政府主導ではなく民主導で労使がウィン・ウィンの関係になるような働き方改革の息の長い取り組みがポイントになる。そのカギを握るのが働き方改革と生産性向上の両立である。

本稿では、働き方改革と生産性向上の両立を達成するための条件について、日本経済新聞グループが推進している「日経スマートワーク」プロジェクトの一環として設立され、筆者が座長を務めた日経「スマートワーク経営研究会」の中間報告、「働き方改革と生産性、両立の条件」(2018年6月公表)に基づいて論じてみたい。

同報告は、「日経スマートワーク」の目玉である「スマートワーク経営調査」(以下、同調査)の結果を使い、同調査に参加した上場企業等(602社)の多岐にわたる特徴、取り組みと企業のパフォーマンスとの関係を分析、まとめたものである。本稿では、特に、滝澤美帆東洋大学教授と筆者が担当した第1章の概要について紹介したい。

生産性向上を目指した働き方改革のあり方

企業にとって従業員の生産性(労働生産性)を高める手法としては何があるだろうか。オーソドックスな労働生産性向上のアプローチは、①資本装備の増大、②イノベーションの実現、③人的資本の向上、④従業員のやる気・モチベーションの向上、などである。しかし、働き方改革を行いながら個々の従業員の生産性を向上させていくには上記のアプローチを追求していくだけでなく、従来とは異なった視点も重要だ。

第1は、働き方改革により長時間労働を抑制するなかで企業として成長を続けるために一人ひとりの従業員の時間あたりの生産性を引き上げていくことである。ICT(情報通信技術)により、ホワイトカラー労働者のインプット(労働時間)、アウトプットの計測が容易になる。その結果、アウトプットをインプットで除した時間あたり生産性の把握がしやすくなり、こうしたホワイトカラーの働き方の「見える化」が時間あたり生産性を意識した働き方を可能にする。

第2は、イノベーション、新たなアイデアの発現といった創造性を高めることを通じた生産性向上である。職場からの干渉を最小限に、場所、時間にとらわれない働き方を導入することで集中力を高めることが可能になる。また、休息・休憩の確保により心身ともにリフレッシュすることも創造性・生産性を高める視点からは重要だ。

第3は従業員の多様性を高めることによる生産性向上である。人材の多様性がアイデアの多様性を生み、それらが新たに結び付くことでイノベーションが生まれる可能性が高まる。

「スマートワーク経営調査」と企業のパフォーマンスの関係

上記の仮説を検証するため同調査で得られた602社の企業データを使い、この調査で得られた企業の特徴や取り組みと企業パフォーマンスとの関係を分析し、次のことが明らかとなった。

第1に、スマートワーク企業を特徴づける3つの力である、人材活用力、イノベーション力、市場開拓力を示す指標のそれぞれの組み合わせの相関係数は高く、相互関係、相乗効果は高いと考えられることである。

第2に、3つの力を合わせた総合力、人材活用力は労働生産性やROA(総資産経常利益率)で見た企業パフォーマンスとの相関が正で(弱いながらも)有意であり、こうした指標と企業パフォーマンスの正の関係は明確である。特に、高収益企業グループではこうした力を示す指標と労働生産性との連関がより強い一方、低収益企業ではこうした力を示す指標とROAとの連関がより強いことが明らかになった。

高生産性企業の人材活用力

第3に、人材活用に関するいくつかの設問・回答において、高生産性企業と低生産性企業で明確に異なる特徴、取り組みが見られたことである。高生産性企業では次の特徴が見られた。

①正社員のなかで女性の割合が高く、ダイバーシティが進んでいる。一方、ダイバーシティの推進のための具体的な施策については高生産性企業と低生産性企業との間には必ずしも有意な違いが見られなかった。
②短時間正社員やフレックスタイム利用者の比率が高く、副業兼業を柔軟に認めるなど多様で柔軟な働き方をしている。
③人事考課の開示が高く、従業員もアンケート調査により積極的に応えるなど密接なコミュニケーション、信頼関係を高めることでエンゲージメント(仕事への熱意)やモチベーションを向上させている。一方、管理職の基本給における業績・成果部分の割合はむしろ低く、成果主義的な賃金体系の色彩は弱い。
④新入社員の定着率が高い一方で、中途入社の比率も高く、雇用の定着と流動性のバランスを取っている。
⑤上記の高生産性企業のなかでもさらに生産性の高い企業グループに着目すると、年間総労働時間が短く、年間有給休暇取得率が高い。休息・休暇を十分確保することで創造性をより発揮できる環境にある、また、無駄な業務、プロセスを見直し、時間あたり生産性を意識、高める取り組みが行われている可能性と矛盾しない結果となっている。その一方で、人材活用に関するテクノロジー(ICT、RPA(Robotic Process Automation)、AIなど)の導入・活用、具体的なダイバーシティ推進策、テレワークについては、高生産性企業と低生産性企業で有意な差は見られなかった。新たなテクノロジーや施策は導入してから現実に企業のパフォーマンスに影響を与えるまでには時間がかかることが影響しているかもしれない。

図表:高生産性企業の特徴
図表:高生産性企業の特徴

また、上記の分析は、一時点(2016年度)における企業の特徴・取り組みとパフォーマンスの関係を検討しているため、ある特徴・取り組みが原因となって生産性を高めているかどうかという両者の因果関係までは特定できていないことに留意が必要だ。今後、同調査への参加企業がさらに増加し、因果関係の分析が可能になるパネル・データの構築が期待される。

月刊経団連 66巻11号(2018年11月1日)に掲載

2018年12月27日掲載

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