労働分配率低下の“真犯人”

鶴 光太郎 プログラムディレクター・ファカルティフェロー

国内総生産(GDP)のうち労働へ配分される割合、すなわち労働分配率が近年、経済学研究の対象として注目を集めている。米国、日本、欧州といった先進国では労働分配率が傾向的に低下してきている(図参照)。一方、こうした労働分配率の低下の理由や背景については、百家争鳴の状況である。本稿では、最近の研究を中心に議論を紹介してみたい。

図:先進諸国の労働分配率
図:先進諸国の労働分配率
(出所)OECD

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労働分配率を議論する場合、どのような定義、指標を用いるかでその動向が異なることに注意が必要だ。自営業主・家族従業者の帰属労働所得の扱いが一例である。近年盛んに分析されている米国などの労働分配率の低下についても、資本減耗、自営業の所得、無形資本の扱いなど計測の仕方に着目する研究結果が出てきているが、こうした問題だけで労働分配率の低下を説明することは難しい。

一方、労働分配率低下の経済的要因については、米国を中心にこれまで主に以下の3点が指摘されてきた。

第1の要因は、米ミネソタ大学のローカス・カラバルブニス准教授らの論文が強調する、情報通信技術(ICT)関係の機器の急速な価格低下(品質調整済み)を背景にした資本コストの相対的低下である。この場合、こうした要素価格の変化に対し、資本が労働を代替する程度が大きければ(代替率が1よりも大きければ)、労働分配率は低下することになる。

第2の要因は、英エジンバラ大学のマイケル・エルズビー教授らの論文が強調する貿易やアウトソーシング(外部委託)の影響である。エルズビー教授らは米国について、中国などからの輸入の増大の影響を強く受けた産業ほど労働分配率が低下していることを示した。第3は、労働組合の組織率や最低賃金の実質的水準の低下など、社会規範や労働市場制度の要因を強調する立場である。

こうした中で最近、新たな要因を提唱しているのが、米マサチューセッツ工科大学のデイビッド・オーター教授らの論文である。彼らは、米フェイスブックやアマゾン・ドット・コムなど「スーパースター企業」の興隆が世界的な労働分配率低下の最も重要な要因であると説く。スーパースター企業は仮に高収益で、労働分配率が低いとすると、市場を支配するようになれば市場集中度も高まると同時に、経済全体でみた労働分配率も低下することになる。

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オーター教授らはまず、前記の有力仮説に対しては以下のような反論をしている。

まず、第1の要因に対しては、米国の企業レベルのデータを使った彼らの分析では、全体の労働分配率の低下は、多くの企業の労働分配率が幅広く低下しているからではなく、労働分配率の低いとみられる一部の企業の市場に占めるシェアが大きくなることで生じていると見いだした。もし、資本コストの低下が労働分配率の主要な要因であれば、そのメリットはすべての企業で享受できるわけであり、多くの企業で労働分配率は低下するはずである。

第2の要因に対しては、米国の製造業の中でも外生的な貿易ショックによりさらされる産業が、他の産業よりも労働分配率の低下が大きいという事実は見いだせなかったとした。また、非貿易セクターである卸、小売り、公益などの産業でも、同様な労働分配率の低下傾向を示しており、貿易の要因を強調することも難しいとしている。

第3の要因については、例えば、労働組合の組織率の水準やトレンドは国によって異なるにもかかわらず、多くの国で一様に労働分配率が低下していることをその反証として挙げている。

一方、「スーパースター企業仮説」を裏付ける以下の4つの実証的根拠を示した。(1)米国の産業分類(4桁)でみて、産業ごとの集中度の上昇が広範にみられる(2)市場集中度が高まった産業ほど、産業レベルの労働分配率の低下は大きい(3)産業別の労働分配率の低下は、既存企業の労働分配率の低下よりも特定企業の市場シェアが高まることを主因としている(4)実際、労働分配率低下の最も大きかった産業は市場集中度が最も高まった産業であった――。

このような実証的根拠に対しては、スーパースター企業仮説は米国のみ説明できる仮説ではないかと考える向きも多いかもしれない。オーター教授らは、欧州諸国でも労働分配率の低下は同種の産業で起こっており、産業別に市場集中度の変化と労働分配率の変化との間には14力国中12力国で負の相関があること、つまり市場集中度の上昇の大きな産業ほど労働分配率の低下は大きいことを示した。

さらに、企業レベルのデータがある6力国では、全体の労働分配率の低下が米国と同様、個々の企業よりも労働分配率の相対的に低い企業の市場シェアが高まることによる影響が大きいと見いだし、欧州諸国でもスーパースター企業仮説が成り立つことを示した。米ピッツバーグ大学のダニエル・ベルコビッツ教授らの論文では、中国の労働分配率の低下についてもスーパースター企業仮説が当てはまることを報告している。

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それでは、広範囲な産業で市場集中度が高まっている理由は何か。オーター教授らは、非競争的な圧力が働いているというよりも、市場集中度が高まっている産業は特許取得率や(技術進歩などを反映した)全要素生産性の伸びも高く、技術革新が旺盛という意味でダイナミックな産業であると確認している。

経済協力開発機構(OECD)のダン・アンドリュース氏らの論文は、2000年代以降のOECD24力国のデータを使い、トップ5%の企業とその他の企業との生産性の格差が拡大していることを示した。先端企業から他の企業への技術の伝搬が弱まり、先端企業が自分たちに有利な地位を守りやすくなっているためとしている。まさに「勝者総取り」に近い状況が生まれてきているのだ。

オーター教授らも産業内での特許の引用スピードを技術伝搬の代理変数ととらえると、技術伝搬のスピードが鈍った産業ほど市場集中度の高まりや労働分配率の低下は大きいことを示した。

スーパースター企業では、なぜ労働分配率が低くなるのか。それは今後更に深めていくべき研究課題であるが、米ハーバード大学のローレンス・カッツ教授らの指摘の通り、米企業では自企業の従業員を減らし、請負企業、派遣会社、個人請負、フリーランサーヘのアウトソーシングを拡大している。こうした「職場の分断化」は大企業の賃金プレミアム(上乗せ)を低下させるとともに、従業員の交渉力も低下させるため、労働分配率を低下させるように働くことは想像に難くない。

スーパースター企業による市場集中度の上昇の経済全体への影響は思わぬ所にも広がっている。米ニューヨーク大学のトーマス・フィリポン教授らの分析では00年代初頭以降、米国の設備投資が過小であるのはこうした市場集中度の高まりが影響しており、多くの投資減退は市場で後れをとっている企業よりも、むしろ市場をリードする企業に原因があることを示した。

スーパースター企業の興隆は世界的にも普遍的な経済現象である。その経済全体への影響および政府の対応のあり方を新たな政策課題として検討していくことが重要だ。

2017年9月14日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年9月29日掲載

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