女性のキャリア断絶防げ

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

「女性は日本を救えるか?」。これは昨年、国際通貨基金(IMF)が発表した論文のタイトルだが、女性の活躍が日本経済活性化の決め手として注目を集めている。安倍晋三政権が策定した成長戦略でも、管理職・役員への登用拡大に向けた働きかけなどが明記された。安倍首相が上場企業に女性役員を少なくとも1人置くべきだと主張したことも記憶に新しい。

男女共同参画白書によれば、上場企業の女性役員比率は1.2%。国際女性経営幹部協会の調査によれば(図参照)、先進国はほぼ10%以上で、日本が韓国と並んで際立って低いことが分かる。

図:女性役員の比率
図:女性役員の比率
(出所)国際女性経営幹部協会

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女性役員比率が高い国でも、強制的な手段でさらに引き上げる動きがある。ノルウェーでは2003年に上場企業と一定の要件を満たした非上場企業を対象に割当制を導入し、当初6%だった比率も08年に40%まで引き上げた。

割当制が提案される理由の1つは、女性に対する偏見や統計的差別の克服である。例えば多くの研究で、平均的にみて女性は男性よりリスク回避的なことが明らかにされている。こうした特徴が経営には不向きであるとする見方も少なくない。しかし豪ニューサウスウェールズ大学のレネー・アダムズ教授とスペイン・ポンペウ・ファブラ大学のパトリシア・ファンク助教は、役員レベルの男女差と一般国民レベルの男女差とは異なることを強調した。05年のスウェーデンでの調査を使い、女性役員は男性役員に比べ、むしろ伝統・安全志向は弱く、リスク愛好的であることを明らかにした。

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では、日本も割当制を積極的に導人すべきであろうか。最近相次いで有力学術専門誌に掲載されたノルウェーの割当制についての実証分析は示唆に富む。まず米南カリフォルニア大学のケネス・アハーン助教と米ミシガン大学のエイミー・ディットマー准教授は、01~09年の248社の上場企業のデータを用い、割当制の内容が公表された時、対象企業の株価は大幅に下落し、その後数年間、企業価値の指標である「トービンのq(時価総額÷資本再取得価額)」は、10%の女性役員比率増加で12.4%低下したことを明らかにした。実際、負債などは大きくなり、営業成績にも悪化がみられた。

過去には女性役員比率と企業業績に正の関係があることを示唆する分析例もあるが、逆の因果関係があり、結果の解釈には注意が必要である。ノルウェーのケースは女性役員比率の上昇が企業に与える影響を調べるのに格好の社会的実験であった。

こうした割当制導入が男女間格差の小さいノルウェーでも企業に重荷であったことは、企業が制度の対象となるのを避けた結果、上場企業は09年で01年の7割弱になり、割り当ての要件を満たさない非上場企業の数は30%増えたことからも明らかである。

米ノースウエスタン大学のデービッド・マーツァ准教授と米バージニア大学のアマリア・ミラー准教授はノルウェーで割当制の影響を受けた企業と受けなかった企業を比較。女性役員比率が高い企業は雇用削減を避ける傾向があり、相対的に労働コストや雇用水準は高まり、短期的な利益が低下。こうした効果は以前に女性役員がいなかった企業ほど顕著であった。

このようにみると、強制的な割当制の導入が企業の収益や価値を高めるとは限らない。女性役員比率の向上には、その阻害要因を丁寧に除去していく発想が重要である。

米シカゴ大学のマリアンヌ・バートランド教授、米ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授とローレンス・カッツ教授は、将来の役員の予備軍である米国の経営学修士号(MBA)卒業生(米シカゴ大学)を対象に男女の賃金格差を分析。就職直後はほとんど同じ賃金であるが10年後にはかなりの格差があることを明らかにした。(1)ビジネススクールでのコース選択・成績(2)キャリアの断絶(3)短い労働時間--が賃金格差の約8割を説明。特に、子育てによるキャリアの断絶と短い労働時間が大きな影響を与えていることを示した。

ハーバード大学の学部卒業生の追跡調査についても言及し、女性のMBA卒業生は、医師、博士号取得者、弁護士となった女性卒業生に比べて労働参加率、フルタイム勤務の割合は低く、キャリア断絶期間は長く、子供がいる場合その差は更に顕著となる。企業社会では昇進はトーナメント競争のように常に戦い続けることが必要であることが影響しているかもしれない。いずれにせよ、職場で切れ目なく働き続けるコミットメントこそが米企業社会のトップヘたどり着くための必須条件と著者の1人は強調している。

このようにみると、女性役員比率を高めていくには、女性のキャリア断絶を防ぐ、つまりフルタイムの労働参加率を高めていくことが王道であろう。アダムズ教授と英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのトム・キルヒマイアー客員研究員は13年の論文で、01~10年の22力国の1万社弱の上場企業のデータを使用し、フルタイム女性労働参加率の5.3%増加(平均27.7%)で女性の非業務執行取締役割合(平均9.0%)は2.6%上昇するなど、女性のフルタイム労働参加率が強い正の影響を与えることを示した。

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では女性のフルタイム労働参加率を高めるにはどのような政策が有効であろうか。経済協力開発機構(OECD)のエコノミスト、オリビエ・テヴノン氏は、1980年代初めからOECD18力国を分析した。3歳未満の子を持つ両親に対する育児サービスヘの公的支出は女性(25~54歳)のフルタイム労働参加率にプラスに寄与する一方、育休期間延長は影響しなかった。

テヴノン氏と仏国立人口研究所のアンネ・ソラーズ研究員は、育休の影響について更に詳しくみるため、より多くの国のより長い期間のデータを使い、育休は約2年を超えない限り女性の労働参加率に正の影響を与えるが、それ以上であれば逆に負の影響を与えることを示した。成長戦略で議論となった「育休3年」は女性の活躍促進、キャリア断絶の回避という視点からも矛盾をはらむ政策といえる。

女性の労働参加率を引き上げ、キャリア断絶を防ぐもう1つの視点は、オランダ型雇用形態の相互転換の仕組みである。オランダはかつて女性の労働参加率が日本よりも低かったが、今は上回って更に上昇を続けている。先に紹介したIMFの論文では、オランダでは同一企業においてフルタイムとパートタイムをライフサイクルに応じて従業員(1年以上の勤務)の希望で相互転換できる仕組み(00年労働時間調整法)があり、日本のモデルになり得ると提言している。

アダムズ教授とキルヒマイアー氏は、先にみたように、フルタイムの就業促進がトップヘ行く女性を生み出す「パイプライン」として重要であることを主張した。他方、男女の役割分担などの価値観を生む文化的要因の影響も労働参加率と同程度のインパクトを持つことを示している。実効性のある大胆な政策に加え我々の働き方、家族に関する価値観を大きく見直すことが女性活躍の促進の大きなカギを握っているのである。

2013年9月17日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2013年10月7日掲載

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