米欧銀への資本注入-日本の教訓から まず資産査定の厳格化を

清水谷 諭
RIETIコンサルティングフェロー

ヘザー・モンゴメリ
国際基督教大学准教授

今回の金融危機では、米国の金融安定化法で7000億ドルの公的資金枠が確保され、欧州主要国も公的資本注入のスキームが整い、日本でも金融機能強化法改正案が審議されつつある。これまでの対応策は、資産買い取り、流動性供給、預金保護限度額の引き上げ、銀行合併の促進など多岐にわたる。中でも重要と思われるのが銀行への公的資本注入だ。米でも当初は問題債権の買い取り策が中心だったが、資本注入に重心が移った。

金融危機への対応策については、今回の危機の震源は銀行の資本不足であり資本注入の方が直接的な効果を持つとの意見がある。一方で、金融機関の損失や資本不足の実態を明確にしないまま公費をつぎ込んでも一時しのぎにすぎないとの指摘もある。1990年代の日本での資本注入をめぐる政策論議も、肯定的な意見と、効果を疑問視し、公費による銀行救済を否定的にとらえる見方で二分された。

ところが、日本の資本注入の効果を定量的に評価したものは実は意外に少ない。そこで改めて90年代に日本で実施された金融機関に対する資本注入の効果を我々が定量的に分析した結果を紹介し、それが今の危機にどのように参考になるかを考えたい。

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日本の金融危機は97年後半から深刻化した。同11月に三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券が相次いで破綻。続く98年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が国有化された。「大きくてつぶせない」とみられてきた上位20行の3つが破綻、4大証券の一角が崩れたことで、海外の金融市場でも日本の金融機関の信用が低下。ジャパンプレミアムが発生した。

政府は、98年3月に金融機能安定化法に基づき、21行に総額約1兆8000億円の資本注入を行った。翌99年3月には、早期健全化法に基づき、主要15行に総額約7兆5000億円の資本を再注入。2001年以後は直接償却の促進、大手行の特別検査、金融再生プログラム(資産査定厳格化)などを積極的に推し進め、03年のりそなホールディングスの資本注入申請で、10年以上にわたる日本の金融危機は事実上終息した。

この間の資本注入は、その後日本で金融パニックが起こらなかった点では、金融機関への信認を支える一定の効果を持ったといってよいかもしれない。しかし資本注入が金融危機を食い止めたという明確な因果関係は特定できないし、それだけでは現在の金融危機への教訓とするわけにはいかないだろう。

そこでもう少し具体的な効果を特定するために、我々は資本注入を受けた金融機関が提出した「健全化計画」に着目した。健全化計画には、自己資本の増強、不良債権の償却の促進、中小企業向けを含めた貸し出しの増加、それにリストラの促進という4つの目標が掲げられている。これを利用して、第1回(98年3月)と第2回(99年3月)の公的資本注入の定量的な解析を行った(表参照、詳しくはJapan and the world Economy近刊に所収)。

銀行資産に占める資本注入の
割合が1%上昇した場合の効果


国際銀行国内銀行
第1回第2回第1回第2回
自己資本比率の上昇幅1.90%1.20%0.60%
不良債権償却率の上昇幅1.00%1.70%
貸し出しの伸び率全体4.40%5.50%2.20%
中小企業4.50%2.40%
※─は統計的に有意でないことを示す

まず自己資本への影響は明らかだ。資本注入を受けた国際銀行(国際業務も手掛ける銀行)は自己資本比率を高めた。その効果は第1回の方が第2回よりも大きく、国内銀行より大きい。次に不良債権の償却には、第2回は有意な効果があり、中でも国内銀行(国内業務に特化した銀行)の効果は国際銀行より大きかった。さらに貸し出しへの影響は、第2回の場合、国際・国内銀行ともに、全業種、中小企業向けの両方で、資本注入を受けた銀行は、貸し出しを増加させた。景気要因を調整した後でも、銀行資産に占める公的資本注入額の割合が1%増加すると、貸し出しは国内銀行で2%強、国際銀行で4%強増加した。これは同時期の全銀行平均の貸し出し増加率よりはるかに大きい。

このように第2回の方が第1回より効果が大きかったことは数字面で裏付けられる。第1回は国際決済銀行(BIS)自己資本比率規制の下で、もっぱら国際銀行が必要とする自己資本比率(8%)をクリアするのに役立っただけだった。一方、第2回は、国際・国内銀行の両方で、自己資本比率の向上や不良債権の償却促進、特に中小企業向け貸し出しにも効果を発揮した。これは第2回の後に、当時のジャパンプレミアムが解消したことを見いだした伊藤隆敏・東大教授らの研究結果とも一致する。

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ではこうした90年代の日本の経験から現在の金融危機が学べることは何か。

第1は、資本注入のタイミングと大きさだ。昨夏のサブプライム問題の表面化から考えても1年余りで資本注入に踏み切った。規模で見ると、米大手9行へ先行注入した額(1250億ドル)だけで、日本の第1回、第2回の合計に相当する。ただし、個別銀行の経営状態などは反映されているとはいいがたく、銀行資産に占める比率は2%程度に集中している。

また必要としていない銀行にまで資本注入した。さらに健全でない銀行への資本注入は結局破綻を避けられないという点も日本の貴重な経験だが、個別銀行の健全性の吟味が十分なのかは疑問が残る。日本の第2回の効果の方が大きかったのは、資本注入が第1回の4倍だったことに加え、銀行の財務状況に応じて差をつけたからだ。

資本注入と経営責任のバランスは悩ましい。資本注入で財務状況の脆弱性が露見するため、大きな経営責任を伴うと、銀行は消極的になり、対策が後手に回って、経済全体への悪影響が大きくなる。だが半ば強制的で横並びの資本注入では、大きな効果は期待しにくい。一方で経営責任が小さいと、安易に資本注入が行われ、経営規律が働かず、納税者の理解も得にくい。

第2は、資本注入の目的だ。欧米と異なり、日本では経営健全化計画で4つの共通目標が明確に掲げられた。日本で健全化計画提出が義務付けられたのは第2回以降で、それがより大きな効果をもたらした要因の1つだった。

同時に目標設定には議論の余地があろう。日本では政治的理由もあり、リスクの高い中小企業向け貸し出しが要請された。当時の企業・家計部門には資金需要があり、そのための貸し渋り解消が必要だったのはうなずけるが、それが銀行の健全化と相反する方向に作用した可能性もある。

現在の欧米では、少なくとも家計は大きな債務に苦しみ、資金需要が旺盛だとは考えられない。その点では貸し出しの増加にどの程度重点を置くかを含め、政策目標を明確にし、それに応じた必要な注入額を設定すべきだろう。

第3は、資本注入と他の政策との連携である。今回の危機では、資本注入を、不良資産買い取り、流動性供給、預金保険限度額の引き上げ、銀行合併の促進などと有機的に連携させようとしている(multi pronged approach)。日本ではこうした政策の連携が十分に取れず、しかもそれぞれの政策を小出しに行った。この点で今の危機対応策はより大きな効果を期待できる。

同時に、そうした政策発動の前提として、不良資産を徹底開示させ、当局の強い監視下に置く必要がある。日本での第2回の効果の方が大きかったのは、当時の金融監督庁が不良資産の開示規制を強化したことも影響している。この点で今の対応策では規制強化が徹底されていない。

確かに今回の金融危機は、投資銀行の過剰なレバレッジ(外部負債依存性)が、銀行部門にとどまらず、証券化されたことで、グローバルな市場にも悪影響を与えている。そのため全体の損失額がわからず、必要な資本注入額も確定しにくい。11月出された国際通貨基金(IMF)のリポートによると、今回の銀行部門の損失は90年代の日本に匹敵するが、銀行以外の金融機関はその倍だ。だがその中にあっても、本欄で竹中平蔵・慶大教授が指摘しているように、資本注入が効果を発揮するためには、資産査定の厳格化が不可欠で、各国が協調して、不良資産の開示・監視を強める必要がある。

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今回の世界金融危機の先行きは、不透明で全く予断を許さない。この世の中には全く同じ顔をした危機は存在しない。しかし少しでも過去の教訓を引き出せるように、できるだけ定量的な評価を積み重ねていくことが必要だろう。

2008年11月28日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年12月5日掲載

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