経済を見る眼 財政再建に奇策はあるか

佐藤 主光 ファカルティフェロー

2020年度までに国・地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)を黒字化させるという財政再建目標の雲行きが怪しくなってきた。内閣府はアベノミクスが成功する経済再生ケースでも8.3兆円の赤字が残ると試算しているが、財政再建の努力自体が不要だという主張がある。歳出削減や増税など、痛みを伴う改革なしでも財政はおのずと健全化するというのだ。

その1つは成長へ期待を掛ける積極財政論だ。「ドーマー条件」というが、対GDP比の公債残高を安定的に抑えるのに必要なPBは成長率と金利との差に依存する。これは分子(公債残高)が金利水準とPB赤字に応じて増える一方、分母(GDP)は成長率でもって増加することによる。金利と比べて成長率が高ければ、仮にPBが赤字のままでも対GDP比公債残高は発散しない。つまり、借金が経済の身の丈を超えて拡大し続けることはないという意味で財政の持続性は確保される。よって積極財政論者は異次元金融緩和で金利が低いうちに大規模な財政出動で成長率を上げれば、赤字が残っても財政は持続可能と言う。

しかし、そう都合よくはいかない。景気がよくなれば企業も設備投資を拡大するだろう。国・企業の資金需要が増えれば、金利は上昇に転じることになる。実際、内閣府の試算でも足元では金利(約ゼロ%)が成長率(2.5%)を下回るが、中長期的には金利(4.4%)が成長率(3.8%)を上回る。金融政策で低金利を続けようにも、市場原理(金利の上昇圧力)にいつまでを抗することはできない。ドーマー条件によれば、このときPBを黒字化しないと財政は持続しないことになる。

一方、成長の代わりにインフレでもって財政再現が実現可能というのが最近はやりの「シムズ理論」(物価水準の財政理論)である。仮に財政が破綻しないとして、政府の長期の財政収支は現在の公債残高の実質価値(=名目金額÷物価水準)と実質ベースで見た現在から将来にわたるPB黒字の現在価値に等しくなる。

家計に例えると、生涯消費がおおむね生涯所得に等しくなることに相当する。このとき政府があえてPBを改善しないなら、インフレで公債残高の実質価値が減じられなければ帳尻は合わない。よって脱デフレと借金の圧縮が同時に実現する。こちらも随分と都合がよい話だが、カギとなるのは期待だ。当面、財政再建がない、つまり将来にわたって増税がないことを家計が期待すれば、消費も拡大する。マクロ需要の増加は物価の引き上げ要因になる。

しかし、家計は違う期待をするかもしれない。財政悪化は将来不安を増すことを考えうる。公債への信認が低下すれば、デフォルトリスクを織り込んで金利は高騰するだろう。利払い費が増加して財政悪化が加速する。これらをシムズ理論は結果としてではなく、仮定でもって排除しているにすぎない。

積極財政論は金利を上回る成長の継続を、シムズ理論は家計の楽観的な期待を前提にしている。しかし、成長も期待も市場メカニズムの中で形成されるもので、政府が直接操作できるわけではない。堅実に財政を持続可能にしようと思えば、攻府にとって操作可能なのは予算、つまりPBしかない。財政再建にマジックはないのである。

『週刊東洋経済』2017年4月1日号に掲載

2017年4月25日掲載

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